第12話 試行錯誤 (だいふくもち)

 絵本は何にしようかと悩んだ。

 最初は登場人物が少ない方が良い。声色を分けて使うのに子どもや女性が出て来る物語は、桜木武士にはツラいのではないかと思った。

 定番の「三匹の子豚」はどうだろう。

 子豚三匹に狼、三匹の演じ分けは必要だがこれなら行けそうな気もする。

 三匹…あ、もう一つ定番があった。

「三匹のやぎのがらがらどん」

 これも三匹のやぎとトロルと言う魔物が出て来るだけだ。魔物なら桜木武士にもってこいかも知れない。幼い頃に読んで以来絵本自体は持っていないがきっと大学に行けばあるはずだ。


 手元にある絵本の中で一番思い入れのある絵本も桜木武士との練習に持っていくことにした。

「だいふくもち」というその絵本は小さい頃図書館に行くたびに必ず借りた。姉たちが呆れるほど毎回毎回この絵本ばかり読んでいた。

 二十歳の誕生日に姉の桜が「小さい頃めっちゃ好きやったやろ?」とプレゼントしてくれたが、大きくなってから読むと何故そんなに気に入っていたのか自分でも不思議に思った。


 絵は暗い色調でどちらかと言えばちょっと怖い。文章も昔の高知弁で書かれていて、

「おまん おきつねさまじゃろ」「いんげ」「むじなかよ うみぼうずかよ」「いんげ いんげ」

「いんげ わしゃあ だいふくもちじゃあ」という感じだ。ストーリーも可愛くない。


 怠け者の[ごさく]がある日自分の家の床下で白い[だいふくもち]を見つける。

「あずき おおせ あずき おおせ」

とうるさい[だいふくもち]にあずきを食べさせると[だいふくもち]は小さい大福餅を生んだ。

「くうてええかよ」と「ごさく]が聞くと「くうてや」と答える[だいふくもち]

 こんまい大福餅は食べたことがないほどうまかった。あずきがあれば餅米も臼もいらない。

[ごさく]は[だいふくもち]が生み出すこんまい大福餅で商売を始め大金持ちになる。欲を出した[ごさく]は[だいふくもち]にあずきを「むりむっちゃく くわせた」

[だいふくもち]はだんだんしなびて最後には消えてしまう。

「ごさく]もだんだんしなびて ある日「かねぐらのなかに ごさくの きものと たびが しょぼんと おちておったそうな」

というエンディングで、千両箱と人が抜け落ちた様な着物と足袋が小豆色の蔵の中に描かれている。


 子どもが好きになりそうな絵本には思えないのに私は暗記するほど読んだ。あの頃の気持ちはもう覚えていない。

 でも子どもは楽しくて可愛い甘い物ばかりが好きなわけではない。きっと大人が思う子どもの好きなものと、実際に子どもが好きだと思うものは違うのだろう。

 やっぱり子どもはチョロくない。強敵だ。


 この絵本を桜木武士に読み聞かせてもらったらどんな感じだろう、と子どもの様にワクワクしながらカバンに入れた。

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