第10話 思考伝達

 その後、授業が終わると大学を出て桜木武士とカラオケに行った。部屋に入ると取り敢えずL字型の椅子に座る。


「まず歌とかピアノ以前に、子供とコミュニケーションとらんと話になれへんで」


 いつも男の子(いや桜木武士は男の子ではなく男の人むしろ漢という感じだが)に話す様な甘ったれた喋り方ではなく女友達に対する感覚で話しかける。

「私とですら五文字以上喋れへんのに、子供相手にそんなんやったら絶対仲良くなんかなられへんで」

 桜木武士はムムムと眉を顰めた。かなりの迫力で怖気付きそうになったが更に言い募る。

「見た目が厳ついねんから。せめて笑って喋ってあげんと子供泣くで」

 桜木武士はうーむと腕を組んだ。

「あんまり 喋るのは……」 

続きを待つ。

「余計な事言うかも知れんから……」

 そう言って困り顔でこちらを見た。

「余計かどうかどうやってわかんの?」

「………」

「相手が決める事やろ?喋ってもないのにそれが余計な事かどうか自分ではわからんやん」

「………」

「ましてや大人は子供に余計な事言うもんやで。言うたらなアカンと思う。余計やと思われても余計なこと言うんが大人の仕事やろ?」

 桜木武士はしばらく考え込んでいる様だったが、

「努力してみる」

とまた辛うじて五文字以上で答えた。

「余計な事どころか必要な事も喋らへんやん、桜木君」

 桜木武士はますます困った顔で眉を顰める。

「何で保育士になりたいんか聞いて良い?」

 桜木武士はまたしばらく考え込んだ。

「保育士になりたいって言うより資格を取りたい」

 続きがあるかも知れないのでそのまま黙って待った。

「資格取れんでも、子供との接し方とか楽しませ方とか教わりたかったから……」

「保育士になるためと言うより、それを生かした仕事をしたいとかそう言う事?」

 うむ と力強くうなづいた。

「そっかー私もそんな感じやねん。大勢の子供に触れあう機会って普段あんまりないし、実際あっても今はどうすれば良いのか全然わからへんもんな」

 うんうんと桜木武士もうなづいている。

「桜木君は社会福祉士も取んの?」 

 うむ。

「私は精神保健福祉士と養護教諭取りたいねん」

 そうか、と言う様に桜木武士がうなづく。

「福祉士系の仕事はコミュニケーション能力が一番大事やと思う。話を聞くのが一番の仕事やろ?」

 桜木武士の目がちょっと泳いだ。

「桜木君、話聞くのは出来るけどそれに対してちゃんと返してあげんと相手喋られへんで」

 桜木武士が目を逸らした。

「保育士もそうやけど、福祉士の仕事も他人と如何にコミュニケーション取るかが重要なんちゃうの」

 桜木武士の大きな身体がどんどん縮んでいく様に見える。

「頑張るんやったらそこ頑張る方が良いと思う」

 桜木武士はしばらく下を向いていた。言い過ぎていることはわかっていた。

 特に親しくもない、話した言葉は数えるほどの赤の他人にこんな偉そうに言われて怒らない方がおかしい。でも何故か勝手に熱くなってしまった。

 余計な事というならこれほど余計な事はないだろう。桜木武士が気を付けていた「余計な事を言わない」と思い切り正反対の事だ。


 桜木武士が顔を上げた。

「……頑張ってみる」

 こちらを真っ直ぐ見て言う

「良かったら協力して欲しい。嫌じゃなかったらお願いします」

 そう言ってまた頭を下げた。


「余計な事言うてごめんな」

 そう謝ると、

「余計な事かは相手が決める。俺には余計な事じゃなかった。ありがとう」

 そう言うと桜木武士は出会って初めて薄っすらだが微笑んだ。

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