第6話 花は桜木 人は武士

 大学は福祉学を専攻した。児童福祉関係、保育士の資格を取るための単位も取るつもりだ。


 飲みの席でその話をすると、高校時代からの友達に

「保育士とかアンタ、また男ウケしそうやからって選んだんちゃうやろな。ちゃんとやりたい事考えたん?」

と睨まれた。


 保育士になろうと思っているわけではない。どちらかと言えば子供は苦手だ。うるさいし、しつこいし、空気を読まない。理解不能な行動をする。

 でもそこが面白い。子供はチョロくない。なかなかに手強い。

 普通の会社に入って普通のOLになって、同僚や上司の男に良い顔をして気に入られ、周りの女達に妬まれまた戦場に立ち続ける。

 そんな未来は容易に想像出来た。そしてもうそんな闘いにはウンザリしていた。

 戦場に立つのなら別の闘いをしたい。子供と闘うのはどうだろう。より手強い相手を求めていた。自分の武器が通用しづらい相手それに打ち勝てばまた新しい武器が手に入るかも知れない。


「保育士なるんやったら別に短大でも良かってん。それだけじゃなくて子供ともうちょっと別の関わり方が出来る仕事ないかなって思って。もちろん保育士の資格は取るつもりやけど……」

私が言うと友達は安心した様に

「ちゃんと考えたんやったら良いねん。良かった」と笑った。

大学の知り合いの女の子なら

「あー桃ちゃん保育士さんとか似合いそう〜子供に大人気やろ〜な〜」とか言いそうだ。

「子供に携わる仕事って何があるんやろ?」

と携帯電話で検索している友を見ながら飲む酒はとても美味だった。


 次の日。

 講義に向かう途中お茶を買おうと自動販売機に向かって歩いていると、目の前の中庭に大きな男が立っているのが見えた。


 ゴツい……


 第一印象はその一言に尽きた。後ろ姿だったが彼の背中の筋肉がTシャツ越しにでもハッキリとわかる。花壇の横に立ち何か持っているのか上腕二頭筋が盛り上がっている。指を丸めて上向きに何が握っているようだった。

 何となく気になって角度を変えて観察した。輪になった親指と人差し指の間から小動物らしき頭の様なものが見える。鳥?


 一瞬脳裏に鳥の頭を引きちぎってムシャムシャと頬張る野獣の様な男の姿が浮かぶ。まさか…?!


 野獣は右手をゆっくり開いた。

 スズメよりは少し大きい鳥。初めは男の手の平の上で周りをキョロキョロと眺めていたが、突然羽ばたくとその鳥は飛び去って行った。

 しばらく鳥が飛んで行った方向を眺めていたが、視線を感じてそちらに目を向けると、野獣がこっちを見ていた。

あ ヤバ……


「鳥 捕まえたんですか?」

逃げてったけど……

 取り敢えず気まずさを誤魔化すため声を掛けた。

「ガラスに……」

低い声でそう言うと野獣は自動販売機の後ろにあるガラス張りの壁を見つめた。鳥はどうやらそこにぶつかって気絶していたようだ。

「あー それで保護したっていう…?」

「踏まれるから…」

野獣はまた言葉少なに答える。

「わ〜 優しいんや〜」

微笑んで言ってみる。

「………」

沈黙の艦隊。


 ともかく鳥を貪ろうとしていたわけではないらしい。勘違いしてちょっと申し訳なかったが、やりかねない見た目だったのだ。ドカベンタイプの気は優しくて力持ちな人なのかも知れない。言葉数は少な過ぎるけど。


「なんて言う鳥やろー」

立ち去るタイミングが掴めず適当な話題を振る。

「わからん」

「そっか…スズメよりは大きかったよね」

うむ うなづくだけ。

「ムクドリとかかな?」

さあ? 首を傾げるだけ。

「………」

沈黙の艦隊 再び。


「あ!講義始まる!それじゃー」

言い捨てて背を向けた。言葉のキャッチボールは得意なほうだと思っていたが人による。


 そのまま講義室へ急いだ。

 あまり大きくない教室は結構一杯で、取り敢えず空いている前の方の席に着く。ドアからさっきの沈黙の艦隊が入って来た。席を探してしばらく教室を見渡した視線は私の隣にロックオンした。軽く頭を下げて隣に座ってくる。圧がスゴい……


「あの〜 これ保育原理の講義ですよ…?」

間違えているのかと思い小声で伝えると、沈黙の艦隊はこちらを見て、うむ とうなづいた。

「保育士の資格用の講義やけど」 うむ。

「保育士の資格……取んの?」 うむ。

すべてうなづくだけの会話は先生の登場で終了した。


 出席者が名前に◯をつける名簿が先生から手渡され、自分の名前に◯をつけてから隣に回した。沈黙の艦隊が◯をつける名前をこっそり確認する。

【桜木 武士】

 名は体を表すとはこのことか。「ぶし」とは読まんやろう。「たけし」かな?


 用紙を後ろに回す時、桜木武士と目が合った。ニッコリ笑ってみる。桜木武士は軽く頭を下げてそのまま前を向いた。


 その態度に何となく闘志が湧いた。

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