4、ラビットホール

 百々野紗翠はじっと私を見つめている。

 ミステリ研の部室を勝手に使って繰り広げられている「リアル推理ゲーム」は、どんどんと参加者を広げており、旧校舎の狭い廊下がわいわいと騒がしい。その騒がしさの中で、百々野紗翠は異質なものめいてただじっと静かに佇んでいた。

「つまり、○○部というのはリアル推理ゲームを作る部活ということ、ですか?」

 視線に耐えきれずに、喘ぐようになんとか声を絞り出した。

 百々野は私からようやく視線を外し、ミステリ研の部室へ視線を向けた。

「いいえ、違うわ」

「違うんですか」

 ミステリ研の前では、黒根クローネが「解答〜、解答用紙は私が受け付けますよ〜!」と声を張り上げていた。

「けっこう楽しそうですけど」

 百々野さんは行かないんですか、と続けようとして口を閉じた。

「楽しいわよ。でもね、楽しいだけじゃだめなのよ」

「はあ」

「しんどいことがね、したいのよ」

「マゾなんですか」

「違うわ」

 百々野の言っていることはまったくわからない。わからないながら、並んでそんな事を話していると、黒根が戻ってきた。大量のコピー用紙を抱えている。

「大量大量だ!今回もなかなかの参加者数だな。さて、うちの部室に戻って解答チェックするぞ。紗翠も手伝うのだ」

「ふふ、よかったわねクローネ。もちろんよ。さあ、アコさんも部室に戻りましょう」


 黒根が持っていたのは、「解答用紙」だそうだ。

 ミステリ研の部室が「事件現場」であり、事件の説明や必要な情報をまとめたものが、さきほど黒根が生徒たちに配っていた用紙らしい。つまり、生徒たちはその事件概要を読み、現場を実際に見て、集めた情報をもとに事件の真相を推理するらしい。そして事件の推理を解答用紙に書き込んで、答え合わせするらしい。

「なんか、試験みたいですね」

「試験みたいなものよ。国語の長文読解みたいなものよ。必須な部分が当たっていたかどうかを部分点で採点していくの」

「そうなんすね。なんか、こういうの、『名探偵、関係者を集めてさてと言い』というのが楽しいと思っていたんですけど、違うんすね」

「そうなのだよ、そこだよアコくん!」

 しずしずと解答用紙に赤ペンを走らせていたクローネが、バタンと机をたたき立ち上がった。またか、さっきも見たぞ。

「どこですか」

「『名探偵、関係者を集めてさてと言い』だ!」

 黒根はパイプ椅子の上に立ち上がり(危ないし、お行儀が悪い。やめなさい)、びしっと少年よ大志を抱けポーズを決めた。

「ミステリの醍醐味は解決編だ!快刀乱麻の推理を関係者たちの前で披露する気持ちよさ、これこそがミステリの最も楽しいポイントだ!」

「はあ」

「私はホームズよりワトソン派だから、解決編に憧れはないけど」

「黒幕ヅラした紗翠は黙っているのだ」

「あらあら」

 黒幕ヅラと言われた百々野は、まんざらでもなさそうにニコニコしている。やっぱりマゾなんじゃないだろうか。

「でも、こんなに沢山の参加者がいると、全員が解決編をするのも現実的じゃないですよね。ひとりひとりの『さて』を聞いていたら何十時間もかかっちゃうでしょう」

「アコくんは賢い!」

 黒根はまたパイプ椅子に座り、採点を再開する。

「これは体験型エンターテインメントの宿命のひとつだ」

「はあ」

「ちょっと前に、幼稚園や小学校のおゆうぎ会で、全員が主役をやるっていうのがニュースになっていただろう」

「ありましたね」

「物語には主役がいる。でも、現実では主役はいない。そして客は複数いる。複数の客に等しく主役をやらせた場合、主役の楽しさが等分で割られてしまうのだ」

「すご〜くカッコいい男の子の恋人になれたとしても、彼に恋人が二人も三人も、十人もいたとしたら、なんかちょっと嬉しさが違うでしょ?ってはなしよ」

「二股クソ男は即ぶっ潰しますけど」

「紗翠!アコくん!ちょっとズレてる!いやあってるか?」

 なんとなく部室に馴染んできた気がする。いやだな。

「コンシュマーゲームでは主人公はプレイヤー1人だが、プレイヤーがたくさんいるということだ」

「ああ、なるほど。でも今は多人数プレイのゲームのほうが主流じゃないですか?」

「その時もストーリーモードでは主人公は一人、ないしは一グループがほとんどだろう」

「ああ、なるほど……」

 対人戦をしているときは多人数で同時にプレイしていても何の違和感もない。だが、メインシナリオは自分が主観で物語を読んでいる。

「じゃあ、客を一人にすればいいじゃないですか。さっきだったらあのミステリ研の細長い人」

「雪城くん」

「雪城とか言う人一人に出題すればよかったじゃないですか。そうしたら主役は雪城さん一人になり、解決編も楽しく演じられるんじゃないですか」

「……」

 私の言葉を聞くと、黒根はぐっと黙り込んでしまった。

 なにか頓珍漢なことを言っただろうか?

 助けを求めるように百々野の方を見る。百々野はくすっと小さく笑う。

「ちがうのよ。クローネはね、クローネが主役になりたいのよ」

「じゃあ制作者になっちゃだめでしょ!?」

 作者は読者になれない。

 あまりにも当たり前なことだ。

「うるさいうるさいうるさい!! 世界に私が求めるエンターテインメントが存在しないのだ、だから私が作るしかないのだよ!!」

「あー……」

「リアル推理ゲームはただの手慣らしだ。

 私たち○○部の目的は、私が参加したいハチャメチャに面白い新しいエンターテインメント体験を作ることだ」

「……」

 会話が止まった。

 黒根は真剣に赤ペンを動かしている。百々野も楽しそうに採点をしながら黒根の方を時折見ている。

 私は……。

「わかりました。では、このあたりで帰りますね。黒根さん、百々野さん、頑張ってください」

 ガタリと音を立てて立ち上がる。しかし、止められない。二人は動じない。

「止めないん、ですか?」

「止めないさ。エンターテインメントは無理強いするものではない」

 用紙の最後に点数を書き入れ、赤ペンの蓋を閉じる。

「私達は、エンターテインメントを求めて体験することができる。しかし、それは求めて体験したことに過ぎない。一番興奮するのは、たまたま出会うことだ」

「たまたま出会う、こと……」

「不思議の国のアリスのなかで、白ウサギが飛び込んだ穴。不思議の国へと続く穴。アリスは白ウサギとたまたま出会うことで不思議の国へとたどり着いた。私達は本当は『ラビットホール』にたまたま落ちることを望んでいる。アコくん、君の遺書との出会いは、そして君との出会いは、『ラビットホール』だ。だから、私から無理強いをすることはない」

 黒根クローネ。彼女があそこに現れたことがラビットホールだというのなら。

 ならば、○○部は不思議の国ではないか。

 気が狂った帽子屋と、発情したうさぎのお茶会のように、偽物の殺人事件の推理を飲みつづけている。

「では明日、またここで」

 

 私は答えずに、○○部の部室をあとにした。

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放課後○○ゲームクラブ ―正しく世界変革を変革する方法― ポメ子 @po_me_ko

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