3、華麗なる没入
あまりにも物騒すぎる。
日常生活において、あまり人を殺すことはない。しかも「また」とはどういうことだ。
扉を開けて室内へ入ってきたのは、ひょろりと細長い印象の男子生徒だった。細長男は急いでやってきた方で、呼吸も荒く黒根クローネ○○部部長を睨みつけていた。体力はあまりなさそうだ。
黒根はそんな細長男には興味もないようで、「VRというのはあくまで仮想空間での体験のことで、私達が生身の肉体を用いるようで用いていない。いやVRchatが現実ではないと言いたいわけではなく」などと何かわからない演説を続けている。
その黒根の様子が細長男の怒りをさらに大きくしたらしく、つかつかと部屋の真ん中まで歩いてくると、バンッと大きな音を立てて安物の長机に拳をぶつけた。痛そうだ。
「おや、雪城くんじゃないか。どうしたんだい、そんな血相を変えて。新しい密室講義でも思いついたのかい」
「それはお前だろう黒根! うちの部員を密室で殺したのは、お前しか考えられない」
どんどんはなしが物騒に、いや物騒だがフィクションになっている。
居心地悪く肩身が狭そうな顔でほよほよしていると、いつの間にか百々野紗翠副部長が私の隣にきており、耳打ちをした。
「今入ってきたのは雪城青人くんって言って、現ミステリ研の部長よ」
先程話に上がった黒根の元所属部だ。なるほど、だから2人は面識があるのか。
「あの、殺したとか密室とか、そういうのは一体……」
「ふふ、きっとすぐにわかるわよ」
百々野は妖艶という言葉がピッタリ似合う笑顔を浮かべた。私相手に妖艶な表情を見せる必要はないので、更に居心地の悪さを感じた。そして、別にわかりたくない。
「なんだかお忙しそうだし、私帰っていいですかね」
「さあ、では実地体験だアコくん!」
大切なバッグを持ち直し、帰る態勢を取ろうとしたときにお声がかかった。てっきりあの雪城とかいう細長とはなしていて、私のことなんか忘れたと思っていたのに。
「いや、私もう帰ります」
「ミステリ研の部室に行こう。そうすれば私達○○部の理解に一歩近づくだろう」
聞いていない。
困りきった表情で念のため百々野を見てみるが、まだ妖艶な笑みのままだ。表情筋どうなっているのだろう。
「……わかりました」
ミステリ研の部活は、○○部が使っている旧国語科準備室から目と鼻の先の旧社会科準備室だった。しかし○○部とは違い、「ミステリー研究会」というプレートが扉にぶら下げられている。ちゃんとしているな。
しかし、ちゃんとしているという印象はプレートだけだった。
「何ですか、これは……」
ミステリ研の部室のドアは開かれていた。しかし、その入口には黄色と黒のストライプの、いわゆるトラテープが張られていた。立ち入り禁止、ということだろう。部屋の中を除いてみれば、そこは一見○○部の部室と変わらない本棚に長机、椅子……いや、長机はなんだか乱雑に窓際に寄せられており、空いたスペースの床には白いロープが設置されている。人の形、だろうか。そしてその人形の周りに数字の書かれた黒い三角が置かれていて、これはまるで……。
「事件現場だ」
雪城青人ミステリ研部長が、苦々しい表情で吐き捨てるようにそういった。そしてどこからともなくA4のコピー用紙の束を取り出し、読み上げる。
「被害者は田所ムサシ、ミステリ研所属で1年F組の生徒だ。第一発見者は部活動のために部室を訪れたミステリ研部長雪城青人となっている」
「……???」
「雪城が部室に到着した時点で部室の扉の鍵はかかっており、その扉の鍵はミステリ研の顧問である江戸山先生が持っており――」
意外と朗読がうまい。じゃない。
被害者?殺人事件?いや、殺人事件なんて一般的な日常の学校で起きるわけがない。これは……。
「何の遊びですか? これは」
「そうさ、これはリアル推理ゲームだ!」
ハーッハッハ!と楽しそうに黒根が高笑いを上げる。
「また黒根、お前が仕込んだんだろう! お前しかこんなことをする人はいないんだよ!」
「フン、そんな証拠があるのかね。そして証拠が合ったとしても、偸安のホームズはこの謎をみすみす放置するのかい?」
「ぐっ……」
「???」
また何か分けのわからないことが始まった。すがるような視線を百々野に向けると、やはり解説を入れてくれた。
「偸安のホームズというのは雪城くんのことよ。ミステリ研では、よく自作の推理小説を読み合って、その犯人当てをしているらしいのだけれど、雪城くんはまさに名探偵のごとく犯人を当ててしまうの」
「はあ……」
「そうだ、我々ミステリ研が行っているのはあくまでも推理小説の犯人当てだ。なのに、こいつは……」
黒根をにらみつける雪城。黒根は得意げな顔のままだ。
「ミステリ好きを極めれば、現実世界でも難事件に出くわしてみたいと思うのが当然ではないのかね」
「ちがう! いや、そうだけどそうじゃない!」
つまり、黒根クローネ○○部部長が、勝手にミステリ研の中に侵入をしていたずらをしたということだろう。それは雪城が怒るのも当然だろう。というか、もっと怒っていい気がする。さっさと教師を呼んできて、こんな女停学にでもするべきだろう。それにしては、なぜこんな悔しそうな顔をしているのだ?
「あの〜〜〜……すみません……。僕そろそろ生き返ってもいいですか?」
わちゃわちゃしているところに、のっそりと小柄でぽっちゃりした男の子が現れた。
「ああ、田所くん。すまない。すぐ事件解決するので、それまで天国部屋にいてくれ」
「僕そろそろ帰りたいので、部長早くしてくださいねぇ……」
田所と言われた少年は、のそのそとミステリ研部室の隣の部屋に戻っていく。
「つまり……」
「黒根はね、時々ミステリ研の部員の人たちにこっそり協力してもらって、リアルな人間とリアルな学校を使った『偸安高校殺人事件』ゲームをしているのよ。被害者役の子たちに謝礼を払ってね、死体としてしばらくいてもらって、そのあとは事件解決まで隔離をしているの」
「はあ……」
悪趣味すぎん?
「雪城くんはじめ、ミステリ研や他の文化部の子も一緒に推理をしてね、正しくこの事件解決をできるかどうかっていうゲームなの」
何が楽しいんだそれ。
内心の言葉を飲み下しながら、首を傾げて見せる。
「雪城さんは、このゲームが嫌いなんじゃないんですか?」
「それが没入の魔力よ」
雪城と黒根の方を見れば、ふたりはぎゃあぎゃあ喧嘩をしている――ように見えたが、いつのまにか会話の内容は「そこの窓の埃は拭われた形跡がある」「江戸山先生以外に鍵は」「用務員が持っているんじゃないか」と、なんだか変わっていっていた。
「自分の目で、自分の足で、自分の体で体験するのってね、麻薬みたいに楽しいの」
ふたりのぎゃあぎゃあした声に誘われてか、少しずつ他の生徒も集まってきた。雪城は持っていたA4の用紙を集まってきた生徒たちに配っている。そこに事件の概要が書いてあるのだろう。
「そしてね、それを仕掛けるのは、それよりも気持ちいいのよ」
そう言う百々野の表情は、たしかにうっとりしていた。私に見せた妖艶が作り物めいていたのに対して、このうっとりは心底蕩けているような気がした。
「だから、あなたも暗号を作ったんでしょう」
それは違う。だが、どう違うのか自分でも分からず、私は返事をすることが出来なかった。
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