1、○○クラブへようこそ!

「君には今日から私のクラブで、暗号作成担当として働いてもらうことにする」


 私の遺書を解読したの少女は、不遜な態度でそう言った。

 身長150cmもないだろう小柄な体躯に、瞳だけがやけに爛々と輝いていて、朝だというのにキマっているのかと思うほどだ。艶々とした黒髪は前髪ぱっつん、きれいなボブヘアに切り揃えられ、驚くべきことに私と同じ高校の制服を着ていた。校章の色が緑だったので、3年生らしい。

 小さいのに先輩なのか。

 町外れの公園で、私は遺書を解読したのではなく書いた人間なのだと告げると、彼女はただでさえ丸いをさらに真ん丸に見開いた。そこで冒頭のセリフだ。

「クラブ……?」

「うむ。詳しいことは学校で話そう。君も今日は登校するのだろう、安達アコさん」

 差も当然の顔をしているが、私はまだ名乗っていない。もちろん、インターネットにアップし対処は匿名だ。言葉を失っていると、丸い目を今度は糸のように細くした。

「私は学校の全生徒の顔と名前を覚えているのだよ」

 嘘だろう。そんな人間いるわけない。

 うちの学校は一学年7クラス、クラス平均32人。700人弱が在籍している。どうでもいい人間の顔と名前を覚えるより、1つでも多く英単語なり歴史用語なり数学の公式なりを覚えたほうがいいだろう。

「そんな顔をするな。冗談だ、ちょっとした誇張表現だよ。私のクラブに勧誘すべく、下級生の有望な生徒とクラブ活動に所属していない生徒を覚えているだけだ。そして病気でもないのに一週間学校に来ていない生徒がいると、君の担任の数見ちゃんが嘆いているのを職員室で耳にしたのだ」

 どっちにしろ気持ち悪い。そして「私のクラブ」と言うとき、やけに優越感を感じる。よほどそのクラブとやらが自慢なのだろう。

「私としても、ネットで見かけた『謎』の制作者がうちの学校の生徒で驚いている」

「驚いているようには見えませんが」

「そうだろう、そうだろう」

 彼女は満足げにうなずいてみせた。

「で、そのクラブというのは何のクラブなんですか? 部活なんですか?」

 私の問には答えもせずに、少女はひらりとスカートを翻し指を立てる。

「それに安心するがいい、うちの部活には髪を切るのがやけにうまい副部長が在籍している。君が前髪を切りすぎることは金輪際なくなるだろう」

「いや、だから何のクラブなのかって」


 3年C組の黒根クローネ。遺書を解読した少女はそう名乗ると、放課後に会おうと勝手に約束をして去っていった。というか、登校していった。百葉箱の中に用意した遺品たちには目をくれもしなかった。

 仕方がないので、遺品は自ら回収して家に帰った。

 頭のおかしそうな先輩の言う事など無視してもいいのだが、あの遺書を解読した人間に興味があった。パズルでも暗号でも、単なる隠喩でもない、それらを組み合わせ自然な文章として整え、いかにも単純な女子高生が書きそうだけれど、だからこその儚さを携えた、あの作品の感想を聞いてみたかった。

 授業に出る気にはまだならなかったので、昼過ぎまでダラダラと過ごしてから制服に着替え、学校に向かった。カバンはいつものスクールバッグではなく、先程回収したパズルトート(黒)だ。制服には全く似合っていないが、可愛いのでいいだろう。

 筆箱と、スマートフォン。それからネットからは消されてしまった遺書のバックアップをプリントアウトしてカバンに詰める。いいバッグ(遺書入り)を持ち、かっちりと制服を着こなした女子高生。気分が上がってきた。


 学校までは電車で三駅。乗り換えはない。

 通学時間でも下校時間でもない、平日の郊外の電車はめっきり空いている。学校の最寄り駅で降りれば、同じ制服を着た生徒たちとすれ違い出す。放課後、部活をしていない生徒たちだろう。

「あれ、アコじゃん。久しぶり、どしたん」

 すれ違う制服の中から声をかけられる。クラスメイトの沙子だ。

「やほ。なんか知らない先輩に目つけられて、放課後学校に来いって脅されてんの」

「それで授業はサボったのに学校来たの?ウケる」

 沙子は本当におかしそうに、アハハと笑った。彼女は本当に笑うとき「アハハ」と言うのだ。私はこの笑い方が大好きだ。

「いいじゃん別に。明日からは普通に授業出るよ。沙子、3―Cの黒根先輩って知ってる?」

「黒根?」

 あの小さな先輩の名前を告げると、笑いを止めて一気に沙子は真剣な顔になった。

「知ってるの?」

「知ってるも何も、有名人だよ。逆にアコはなんで知らないの?」

 なんでって言われても、学校内の人間関係に全く興味がないのだ。そもそも入学してまだ半年も経っていない、同じクラスの生徒でさえ、全員の名前と顔が一致しないだろう。

 返答に困っていると、沙子はぽんと私の方に手を置く。

「そういうとこがアコのいいとこだよ。大丈夫、ちょっと取って食われるくらいだとおもう。明日はなし聞くから、がんばって。じゃ、あたしこれから彼氏とデートだから!」

「ちょっと沙子……!」

 そのまま沙子は駅の方へパタパタと駆け出していった。


 うちの学校には、大きく分けて3つの建物がある。教室やほとんどの特殊教室がある本校舎と、一部の特殊教室や図書室がある旧校舎、そして部活棟だ。部活棟は運動部に選挙されており、文化部の多くは旧校舎に追いやられている、らしい。

 私は部活動には全く興味がなく、委員会ものらりくらりと回避したため、放課後に学校に残っていたことがほとんどない。放課後の学校のことを何も知らないのだ。

 黒根クローネに呼び出されたのは、旧校舎の2階の奥、図書室のひとつ隣の「国語科準備室」の札がかけられた小さな部屋だった。

 旧校舎といっても、そこまで古ぼけているわけではない。掃除も行き届いており、建物自体の古さはあれど、なんだか古い映画やドラマの中の学校のようだ。

 本当に国語科準備室として使われているわけではなく、いま現在の国語科準備室は本校舎にある。旧校舎の文化部たちは、昔特殊教室として使われていた部屋を部室代わりにしているようだ。

 覗き窓があるわけでもない、端の木が剥がれてしまっているドアに手をかける。


「こんにちは。黒根先輩に呼ばれて来たんですが……」


「やあやあ、ようこそ○○クラブへ!

 ところで君は京極夏彦の作品の中では、どれが一番好きかね!?」

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