放課後○○ゲームクラブ ―正しく世界変革を変革する方法―

ポメ子

プロローグ

 前髪を切りすぎたので死ぬことにした。


 さっそくパソコンを立ち上げ、メモ帳を開いて遺書を書き出す。しかし、「前髪を切りすぎたので死にます」だけでは格好がつかない。どうしたものかと思案していると、先週伯父さんに買ってもらったLOEWEのパズルトートのことを思い出した。遅すぎる高校入学祝いだ。なんて言ったって名前がいい、パズルトートだ。しかしながら女子高生たる私が持つには、値段といいデザインといい不適切極まりない。買ってもらったはいいが、ショップバッグから出しもせずに、クローゼットにしまい込んである。

 せっかくのプレゼントを使わないまま死ぬのは不本意だ。しかし、この切りすぎた前髪を晒して東京まで出て表参道を練り歩くなんて出来ない。最寄り駅まですら行きたくない。誰かに遺品として残すにしても、捧げる相手が思いつかない。深い友人関係を避けてきた結果がこれである。

 ならば、誰でもない誰かに遺品として残そう。

 アメリカかどこかの大富豪が、自らの財産を宝物として隠し、隠し場所を暗号で残したという記事をネットで読んだことがある。その暗号は難しすぎるうえに隠し場所も物理的にハードな場所過ぎて、大富豪の死後何年も見つからなかったらしい。

 ちょうど私は遺書を書こうとしている。この遺書に暗号を含めよう。それくらい大した手間でもないだろう。

 腕まくりをすると、手元に使い込んだノートを引き寄せた。


 そんなこんなで、何日かかけて遺書を書き上げた。

 書き上げた遺書を読み返せば、はてさて、なかなかの出来の良さ。

 儚さと切なさ、そしてなにより人を引き付けるミステリアスな謎。

 私は愛しのパズルトートの入ったショップバッグをクローゼットから引っ張り出し、ついでに他にも価値がありそうなもの――使っていないデパコスとか、転売でいい値段になっているプライズぬいぐるみとか――を突っ込んで家を出た。

 目をつけていた隠し場所に遺品一式を突っ込んで、家にとんぼ返りする。そして何度も読み返した完璧な遺書を新しく作ったnoteのアカウントでネットアップする。

 タイトルは「女子高生だけど死ぬことにしたので遺品を隠したので誰か見つけてほしい」だ。端的にわかりやすく、女子高生というフックもしっかりと使っている。

 大バズりしてしまうのではないかと、しばらくパソコンを眺めていたが、まったく話題になることもない。TwitterにYahooリアルタイム検索、TikTokにInstagramとエゴなサーチを繰り返すが、どこでも話題にならない。

 そうこうしている間に、不謹慎だと通報でもされたのか、記事は運営からアカウントごと削除されてしまっていた。

 呆気ない終わりだった。

 

 その日はひたすら寝て過ごし、翌日の朝一番に大事な遺品たちを回収すべく外へ出た。夏でも朝は過ごしやすいというのは昭和生まれの幻想だ、暑い。蝉がうるさい。

 住宅街を抜けて、その少し先。何処かからのクレームにより遊具という遊具が撤去され、人気のない公園の隅にひっそりと立つ百葉箱、だったもの。隠し場所はそこだ。

 百葉箱(だったもの)に手をかけ戸を開けようした、まさにその時、声をかけられた。


「やあ、君も遺書の暗号を解読したのかい?」


 これが、わたしの青春の始まりだった。

 気がつけば前髪はすっかり伸びてしまっていた。

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