episode.Final 最終戦
第31話
擬態種にはなぜ"持っている"個体と"持っていない"個体が存在するのか。
かつてその全貌が不明だった研究はここ数年で飛躍的に進み、殆ど"こうだろう"という推測が成り立った。
一説によると、政府直轄の機関が秘密裏に行った極めて非人道的な実験により発見されたとも言われるが、真偽は不明である。
――擬態種を喰らった擬態種こそ、具象化を有する個体となる。
***
そこにいたのは、かつて、悠一と同じ家で過ごしたヒトガタの少女。
長すぎるくらいにあった髪の毛は切りそろえられ、後頭部でひとつ結びにして結っている。
――対擬態種用ヒトガタ兵器二番。
自称、カイリと呼ぶ少女だった。
「はじめまして、じゃねぇよな? オレのこと、覚えているか?」
「…………」
「擬態種に対抗しうる為に生まれた、人工擬態種。その血は、抗体とは別の薬効を持つ、擬態種に仇なす力を持った生命体」
「…………」
「てめぇらを撒き餌として擬態種を掃討する作戦だったらしいが……生憎、三番以降は生まれてないらしい……てめぇが勝手に逃げるから、色々と面倒な事態が起きたんだぜ?」
「…………」
「しかし、お前の武勇伝にはオレもびっくりしたぜ。本来の"撒き餌"として投入された実戦で、まさか襲い掛かった擬態種を返り討ちにするなんて荒業。……どこかの誰かを思い出すやり口だ。センスあるぜ、お前」
「…………」
「だんまりか。ま、そりゃあそうだよな。なんせ、オレは――」
そこで夏樹が刀を振るった。
それは、彼女が具象化を発動する前の、一つの予兆。
「お前の大事な人間を奪った相手なんだからさ」
鈴の音に隠れた、得も言われぬ独特な音色。
その音が支配する世界の中で、カイリは刀を強く構えた。
「やっぱり」
「あ?」
「貴方だったんですね。あの日――あの人の、背後にいたのは」
カイリにその名前をくれた人。
いつも無表情ながら、他のどの研究員とも違う態度でカイリに接してくれた女性。
テロが起こり、研究施設からカイリが拉致されたその日――カイリの瞳に残っていた、女性を斬り伏せた存在。
灰音夏樹という執行官はあまりにも有名だ。
カイリも、写真でならばその顔を何度も見たことがあった。
それでも、実際に相対して拝み、確信に変わる。
それは――燃え盛る炎の中、確かに見えた顔なのだと。
「委員会内部に、テロ集団へ情報を流す存在がいる。それはずっと示唆されてきました。見つかるはずもありませんよね。なぜならその謀反者は、他のどの執行官よりも多くの擬態種を屠ってきた実績を持つ……エースだったのだから」
夏樹はにやりと笑い、「だからどうした」と言わんばかりの態度をした。
「貴方は、わたしにとって大事な人を二人、奪いました。三度目はありません。なぜなら、今日、この場には――わたしがいる」
「調子に乗るなよ、ガキが」
不意に迫る夏樹の影。
具象化を発現させた夏樹の動きを捉えることは不可能に等しい。
事実、諦観する悠一は、カイリに迫る夏樹の影が追えない。
しかし――。
背後に周り振り下ろされた夏樹の刃は、カイリの動きによって制される。
「――なに?」
「…………」
刀を受け止めたまま、カイリは大きく払い除け、中距離を維持したまま突きを主体とした攻撃に転化する。
「てめっ」
自らの血で刀を濡らしたカイリの攻撃は、抗体を使った物と等しい。
カイリの身体を使って行われた試験において、カイリの血液は抗体と非劣勢である事が認められた。つまりは、劣らない程度には強い効果を持つ。
一度でも、その攻撃で身体を刻まれたら終わり。夏樹にしてみれば、慎重になって動きが鈍るのも致し方ない。
しかし――夏樹には不思議でたまらないことがあった。
もちろんそれは、具象化が全く通じていないという点だ。
これまで、どんな相手と相対しても――具現化にまで至った擬態種であっても、夏樹の具象化は通用した。
聴覚神経が生きている限り、逃れる術などない。
もし、あるとすればそれは――。
「てめぇ……」
カイリは、自らの耳元を見つめる夏樹の視線に気が付き、「やっとですか?」と、小馬鹿にしたような態度で笑った。
見れば――カイリの両耳からは、血液が流れていた。そこまで判明すれば、からくりを解きほぐすのは難しくない。
「破ったのよ、鼓膜を」
脳に音を伝える為の器官として、鼓膜とはあまりにも有名だ。されど、鼓膜をただ破っただけで外界の音全てをシャットアウトすることは出来ない。
鼓膜を震わせた振動は、耳小骨を通って内耳にまで伝える。内耳にまで至った音が、聴神経を刺激して脳に「音」を教える。
カイリは現場に到着するまでの間に付けていたイヤホンから、カノルスの具象化について多くを知った。そこで、音さえ聞こえなければ立ち向かえるという予測を立て、突入の直前に自らの耳に落ちていた釘を突き立て、鼓膜及び耳小骨を折り、内耳を傷つけた。今のカイリに聞こえるのは、止む気配のない耳鳴りだけだ。
擬態種は自らの身体を意識的に再生出来る。
つまりは、意識しなければ再生しないままでいることも可能である。
おしくらむは、音が聞こえなくなり、突入のタイミングを見失ってしまい、悠一が死に貧した瀬戸際まで登場できなかったくらいだろう。
されど、悠一は生きている。
カイリにとってみれば、それで十分だった。
「この――っ」
向けられた銃口をいち早く察したカイリは、身を低くして夏樹の懐に潜り込む。
こうしてしまえば、跳弾して、万が一被弾するリスクを考えて夏樹は銃を撃てない。
加えて、夏樹は「近接戦闘における決定打」を持っていない。
自らの血液という武器を抱えるカイリとの、決定的な違いだ。
大きく振り下ろされたカイリの刀を受け止めた夏樹。
首筋にまで迫った鋭い刃に、夏樹の瞳から初めて恐怖の感情が想起された。
「知ってる。貴方が抗体を普段持ち歩かないのは、自らが触れる危険を減らす為」
「くっ、だからっ、どうしたっ!」
「――っ」
夏樹は一歩、これまでよりも深く踏み込んで、カイリの懐に飛び込んだ。
よもや、相手側からここまで接近してこないだろうと思ったカイリは、反応が遅れる。
耳が聞こえていないことも、原因だったかもしれない。
カイリの刀は、普通のものよりもずっと全長が長い。
超近接にまで迫られることが、最も許してはならない行為だった。
「これだけ距離を詰めれば、決して外さねぇ!」
夏樹は刀を捨て、カイリの手首を強く握りしめて拘束。
もう片方の手でP220の銃口をカイリに押し付けた。
「死ねっ!」
ここで夏樹が引き金を絞れば、発砲音が聞こえれば……それで終わりだ。
カイリは人工的に造られた存在といえ、擬態種であることに変わりない。
抗体がその身を穿けば、その時点で意識と肉体が離れ離れになる。
「――っ、」
絶体絶命の危機。
一寸先の死。
地面を転がった鈴が鳴る音。
男の、声。
「いや――僕たちの勝ちだ」
轟いた轟音。
カイリの身体は、拳銃によって貫かれた。
「っ、なぅ――」
薬剤が塗布されていない"ただの"銃弾。
しかしそれは、カイリという少女の身体を貫通し、飛ぶことで――。
立ち向かう悪鬼を払う、強大な力を得た。
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