第27話

「おらぁっ」


 正面突破は夏樹の専売特許だ。圧倒的な実力を自負しているからこそ出来る芸当。

 正面の扉を蹴破り、大声を上げながら中へ。

 悠一は扉の脇に隠れ、有事に備える。


 そういう作戦だった。


「んだ? 誰も居ねぇじゃねぇか――」


 倉庫の中央……標的にされたとすれば、隠れる場所など何もないその位置まで、緩慢な動作で歩いた夏樹は、首を左右に振り回した。

 夏樹の言う通り、倉庫内には人影がない。


 おろか、人の居た気配すらもない。


「どういうことだ……?」


 管制からの情報によれば、具象化を有している可能性が高い。

 その力が隠密行動に優れたものであるとすれば、一筋縄で行かない相手だ。

 夏樹はインカムを手早く装着し、小声で弟子に話しかけた。


「悠一、何やらきな臭い。お前はまだ隠れたまま、周囲の様子を――」

『その必要はありません』


 刹那――。


 夏樹は背後から襲いかかる何かを察した。

 振り返って背後に飛びながら、刀を横に向ける。


 ――高い金属音。


 正確には、刃と刃がぶつかる音と……夏樹の腕を襲った衝撃が、襲撃者の存在を顕にした。


「……何のつもりだ?」


 十二分な距離をとった夏樹は、襲撃者――谷村悠一に向けてそう言った。


「…………」


 悠一は無言だ。

 無言のまま、おもむろに取り出した銃を構え――発砲する。


「ちぃ!」


 銃口が向いた先と、弟子の癖。

 それらを総合し、参照し、思い切り右に向かって飛んだ夏樹。銃弾は彼女が予想した通りの方向へ向かって飛び、発砲音と着弾音が同時に倉庫内に鳴り響いた。


「おいおい……まさか、そういうことか?」

「…………」


 無言で敵対行動をする弟子を見て、夏樹は周囲の様子を伺うように視線を巡らせる。


「精神操作系か、あるいは幻覚か……悪ぃが、相手が悠一だからって、オレは手加減しないぜ」

「…………」


 再び、距離を詰めた悠一。

 夏樹は刀を構え、振り抜かれる刃の挙動に合わせて振り返す。


 ――何度かの剣戟が繰り広げられ、どちらの身体にも傷が出来ないまま、二人はまた距離を取った。


「残念だが、悠一を使っても、オレには勝てねぇ。こいつがオレに勝てたことなんて、まだ、一度だって無いんだ」


 そこで、倉庫内で初めて悠一が口を開いた。


「ええ。この一年、僕は、何度も貴方に殺されかけましたから」

「ああ。本物の殺意を感じなきゃ、訓練にならねぇからな」

「……貴方は何故、僕を殺さなかった?」

「……ああ?」


「殺すチャンスは、幾らだってあった。聡明な貴方のことだ。『こうなる未来』が少しも予測できなかったなんて事、絶対にありえない」


 悠一は構えていた武器をおろして、息を吐き出した。


「答え合わせをしましょう」

「……何がどうなってやがる。辺りに、別の気配はない……。おい管制! 悠一のインカム越しに聞こえてんだろ! そいつを止めろ! それから、状況を説明しやがれ!」

「五年前。貴方は突然有給休暇を大量消費し、僕らの街へやって来た。その休暇中に偶然、捕食中のアリエスを発見し、防除した。これらは、貴方の勤務表と事件記録を振り返ってみれば、簡単に知ることの出来る情報だ」


 解きほぐすように、紐解くように、悠一の頭の中で当時の記憶がフラッシュバックする。


 突然の出会い、衝撃、そして別れ。


 悠一は目を見開き、師匠の顔を見据えた。


「でも――おかしいんだ」

「おかしい……?」

「だって貴方は、初めからアリエスを倒すつもりで僕に誘いをかけてきた」

「……有給休暇扱いで働いてただけだろ。そう書かなきゃ、厚生労働省から何を言われるか分かんねぇ。捏造ってやつだ」


 悠一は首を一度左右に振った。

 夏樹の口から、これみよがしな舌打ちが聞こえた。


「アリエス防除前にも、貴方は僕の街で持っていない奴を一人、葬っている」

「お前が襲われていたんだろ。現場判断だ」

「擬態種アリエス、そして……スワロウテイル――。偶然が、本当に三回も続くのでしょうか。僕にはそう思えない。……全ては、裏で繋がっていた。そう考えた方がしっくりとくる」

「その妄想と、お前がオレにこうしていることと、何の関係が――」


 悠一はズボンのポケットから、一枚の紙切れを取り出した。

 それを広げて、夏樹に見せつける。


「これは令状です。灰音夏樹……いや、危険度赤級擬態種――カノルス。僕は、解剖学的現生人類擬態種保尊委員会"執行官"として……貴方を防除する」


 ――刹那。


 悠一の視界から、夏樹の姿が消え失せた。

 慌てて振り返ると、そこには刀を振りかぶった夏樹がいる。

 慌てて刀を持ち上げて、振り抜かれた刃を受け止める。


「ちっ」

「くっ」


 悠一は脚を踏ん張り、両手で刀を構えた。

 鍔迫り合いの中、悠一は夏樹を睨みつけ、口を動かす。


「驚異的な身体能力による、背後からの奇襲。貴方の得意技ですが――よもや、"具象化"に頼ったものだったなんてね」

「てめぇ――」


 悠一は強く夏樹を押し返し、間合いを測った。

 対して夏樹は、神妙な顔つきで刀の峰を肩に乗せる。


 ――リン。


 鈴の音が、倉庫内に、やけに響いた。


「……聞こえる。この音だ。あの日も、聞こえた」

「ちっ。ばれてんのかよ」

「鈴の音に隠れた、意識しなければ聞き漏らしてしまいそうなくらいの、小さな反響音。これこそが、貴方の具象化の正体」

「ああ、そうさ。もう気付いてんなら、隠す必要もない、か」


 瞬間。

 悠一の眼の前に、夏樹はもう迫っていた。


「っ、」

「はっ、ぼけっとしてんじゃねぇぞ!」


 振り払われる斬撃を、身を翻し、なんとかいなす。


 ――戦いの基本は、適切な距離の維持。


 つまり、間合い。

 悠一がこれまで、頑なに守ってきた戦いのセオリー。


 しかし、この相手――悠一の師匠であり、エースの灰音夏樹には、それが通用しない。


 気づけば、間合いを詰められる。

 その挙動は、全くといって良いほど、見えない。

 身体能力の高さではない。


 それはカノルスが持つ"具象化"によるものだ。


「貴方はいつも、その動きを……突然消えたかのように見える動きを、「抜き足」と「踏み足」の応用だって、言ってましたね」

「ああそうだ。確か――。人が歩く時、動くのは脚だけではない。つま先で地面を蹴るから始まり、重心がブレる事によって身体のあちこちが同時に動く……だったか? 適当にでっちあげた嘘だから、違うこと言ってるかもしれないがな」


 くつくつと、夏樹は笑った。

 悠一は小さく息を吐いて、目を逸らさぬように、気配を消さぬように、全身で夏樹の動きを感じ取る。


「……人の目は優秀じゃない。人の動きを予測するにあたって、僕らは知らずの間に身体の動き全てを捉えて「こう動くだろう」って予測する。その予測が大きく外れた時、人の反射は極限にまで低下する」

「身体の動かし方を変える、つまりは動くべくはずの部位を動かさないように動く。こうして相手に悟られない独特の攻撃を物にした。くくっ……言い得て妙な語り口だな。現実問題、どれだけ古武術に優れようと――動かすべく所を動かさずに動く、なんて芸当が可能な訳がないのにな」


 再び、距離を詰められていた悠一。

 やはり、その動きは視線で追えていない。


 灰音夏樹――コードネームカノルスが持つ具象化


 それは、音を使った刷り込み。


 人間の行動、生命の営みは意識と無意識によってコントロールされているが、実のところ、意識が締める割合は三パーセントも無いと言われている。残りの九割を超える全ては無意識が賄っている。


 そして灰音夏樹が使用する具象化は、身体から発せられる「音」を媒介にして、その割合を少しだけ弄り、意識が占める割合をさらに少なくするという力だ。


 人がなにかに集中する時、その他のことが疎かになる。マルチタスク、という言葉については不可能であるという結論がついて久しい現代。聞こえるか聞こえないか曖昧な、連続する音を発し続け、相対する敵の意識をその音に集中させる。


 これこそが――灰音夏樹の持つ、無敗の力。

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