第25話
「おらぁっ!」
夜明けと共に、アパートの扉は蹴破られた。
DCBが装填された銃を構え、数人の執行官が雪崩のように室内に入り込む。
台所と小さな和室が一つ。
畳の部屋には、一人の女性が立っていた。
「…………」
女性――夏菜子は無言で、来訪者を睨みつける。
「おうおう。可愛い顔して、怖いねぇ……。化物なら化物らしく、見にくい見た目をしていてくれよな」
男の執行官はそう言うと、銃口を夏菜子に向けて構えた。
夏菜子は逃亡することなく、男の背後にあった襖を一瞥して、口を開く。
「朝から、物騒な物を抱えて……何のようですか? 一人暮らしの女性の部屋だと知って、強姦でもしに来ましたか?」
「威勢がいいね。嫌いじゃないぜ、お前みたいな女。……人間だったら、な」
「あら怖い。私が……人間ではないと?」
そこで、台所を物色していた他の執行官から声が届く。
「ありました! 冷凍庫に複数、密閉保存された肉……十中八九、人間のものです!」
「よぉし、よくやった。……で? お前さんはどう言い逃れする?」
「……あはは。それ、鹿の肉ですよ? 最近、親戚で猟師をしているおじさんからもらったんです。食べきれなくて、小分けに冷凍していただけで――」
「親戚、ねぇ……こんな、大家が死んでからどの不動産も管理していないアパートに、勝手に暮らす女に、家族がいんのか?」
「……偏見ですよ。確かに、無断で部屋を借りていたのは悪いと思いますけど――」
銃声が轟く。
夏菜子は、仰向けになって倒れていた。
「元々調べは付いてんだよ。お前は、すでに喰った後。防除対象ってわけだ」
「あ、……」
倒れた夏菜子に銃口を向けたまま、男は立ち尽くす。
それからしばらくして――。
「"持ってない"みてぇだな。ちっ、つまんねぇ。反撃くらいしてくれよ」
「わ、た、……し、は」
「あ?」
「……ひと、を……ころさ、ない。……あなた、たち、みたいに……」
「死ねよ」
更に数回、銃声が、夜明けの街に響き渡る。
物言わぬ躯になった擬態種に、男は唾を吐きかけた。
「エース様が負傷したとはいえ、なんでこんな雑魚の相手を俺がしなきゃなんねぇんだ」
「……灰音捜査官が眷属の少年を尾行し、発見した擬態種の住処です。本来なら、防除率に含まれるところを、我々に譲って頂いたのですから、」
「ちっ。そういうところも、気に食わねぇんだよ。……行くぞ。ここに、もう用はねぇ」
「はっ」
冷蔵庫から証拠である人肉、それと夏菜子の遺体をセレモバッグに詰め、執行官たちは部屋を後にした。
人の気配がなくなって、しばらく。
部屋の襖がゆっくりと開き――中から、二人の子どもが顔を覗かせた。
「……っ、くそっ」
握りこぶしを作り、怒りに打ち震える龍。
深く帽子を被り、ぼろぼろと、涙を流す翔。
近い内に、現場を片付けに執行官はやって来る。
それまでに、立ち去る必要がある。
これから先、どこへ行けばよいのかも分からない。
そして、この家は――二人にとって、かけがえのない場所だった。
でも、今はもう――そうではなくなった。
「……龍」
「……どうした」
翔はぎゅっと、龍の手を強く握りしめた。
爪が龍の皮膚を突き破り、ぽたぽたと、血液が滴る。
「…………」
それでも、龍は何も言わなかった。
無言で、続く翔の言葉を待った。
「――てやる」
いつも、太陽のように眩しい顔で笑っていた翔は、歯を食いしばり、眼光鋭くして……まるで、鬼のような形相を作って、言った。
「――殺してやる。一人残らず」
「……ああ」
龍はその手を、優しく、握り返した。
***
「ゆういち」
「…………」
「ねえ、ゆういち。ねえ……」
「…………」
美翅の寝室で腰を降ろして、かれこれ、何時間と経過している。
悠一は、家に戻ってきてからずっとそのままだった。
汚れた服。
怪我した身体。
足元には、開封される機会が訪れなかった、プレゼントの箱。
身体を揺するカイリになど目もくれず、瞳は生気が抜け落ちてしまったかのように暗い。
「……ねえ、ゆういち」
カイリは何も聞かなかった。ただ、名前を呼んだ。
悠一がぼろぼろであることも。美翅が帰ってこないことも。
疑問に思うことは数あれど、黙って、名前を呼んだ。
そうしていれば、いつか――また、優しく頭を撫でてくれるのだと信じて。
――リン。
家の外で、何か音が鳴った。その音を聞いた瞬間、カイリは背筋を立たせ、身体が硬直する。
――ピンポン。
続いて、ドアベルの鳴る音。すぐに、鍵が開く。
「鍵は開けましたが……」
「ああ、助かった」
現れたのは、スーツを着込んだ五人の男と、気弱そうな初郎の男。
それと――黒いロングコートを着込んだ、絆創膏だらけの女性。
その顔を視界に収めるや否や、カイリは視線を逸らして背中を向けた。
そんなカイリに、男の一人が近づいた。
「よかった。無事だったみたいだね」
「え、っと……」
「ああ、我々はキミを保護しに来たんだ。テロリストから、うまく逃げてくれたみたいでなによりだ」
男は少しだけ視線を放心したままの悠一に向けて、すぐにカイリへ戻した。
「安心が出来る場所を用意している。さあ、行こう」
カイリの腕を掴み、立ち上がらせ、半ば強引に引っ張る。
カイリはその場で踏ん張って、手を振りほどいた。
「いかない」
「……悪いが、選択権はないんだ」
「…………」
カイリは無言で、ぶんぶんと首を振る。
そして、小さく言った。
「ゆういちがひとりになっちゃう」
「彼のことも、我々に任せてくれ。彼は被害者なんだ。スワロウテイルに魅入られた、哀れな……ね」
男はもう一度強くカイリの腕を握りしめ、今度こそ無理やり外へ連れ出した。
幼いカイリがどれだけ抵抗しても、ついぞ、振りほどくことはできなかった。
「だめっ! だめっ! まだ、ゆういちがっ!」
「…………」
声が遠くなり、車の走る音が聞こえて、それでも悠一は無言のままだった。
「辛気臭せぇ顔だな、おい」
一人残っていた灰音夏樹は、悠一の正面にまで回って、その首根っこを捕まえて言った。
「……お前が足繁く通っていたアパートを根城にしていた擬態種を防除した」
「……あ?」
悠一はそこで初めて夏樹の言葉に反応し、顔を持ち上げる。
目を見開き、眉間に皺を寄せて、夏樹を射殺さんばかりの目で睨みつける。
「やっと起きたか」
「お前――美翅だけじゃ、足りなかったのかよっ!」
夏樹のコートをひっ捕まえ、馬乗りになって、服の首元を両手で握りしめ、持ち上げる。
「わけわかんねぇよっ! どうして僕らがっ! 彼女たちがっ! どうしてっ? 誰も、殺してなんかないじゃないかよっ!」
「そういう問題じゃねぇんだ」
「ぐ、ふぅ」
夏樹は悠一の腹部を思い切り蹴り上げ、服を直し、立ち上がった。
「わけがわかんねぇのはこっちだ。スワロウテイルだけならまだしも、お前、他の擬態種の眷属でもあったのか? そんなの、聞いたことねぇぞ」
「なんでっ……なんでだよっ、僕らはっ、……僕らは、ただっ」
「奴らは人間じゃなかった。そして人間を喰った。それだけの理由だよ」
夏樹は再び殴りかかってきた悠一を簡単にいなし、蹴り飛ばして地に伏せさせる。
悠一は涙に溺れた嗚咽をひたすらに流していた。
そんな悠一に、夏樹は顔を近づけ――顎を持ち上げた。
「お前、家に来な」
***
九州地区全域に渡り、擬態種事件被害者の遺体が一部持ち去られる事件が起こった。
容疑者は、谷村悠一(1X歳)。
容疑者は北九州市、宮崎市での捕食事件において、執行官の現場到着よりも早く事件現場を訪れ、残された遺体の一部を持ち去った。
容疑者にはそれ以前にも、過去数年同様の事件を起こしていた疑いがある。
同時期、九州県内で連続襲撃事件を起こしていたアリエスが、容疑者の住む県内に現れた。休暇中、偶然現場に居合わせた執行官の手技により、アリエスは防除(別紙参照)。
その後、被害者遺体一部を持ち去る容疑者の姿が、担当捜査官によって確認された。
容疑者を追跡した所、真相が判明。
容疑者は、スワロウテイルによって眷属とされ、遺体収集を強制されていた模様。
また、スワロウテイル以外の擬態種に、餌を提供していた疑いが濃厚。
即座に担当捜査官手技により、スワロウテイルの防除が行われ、完遂。具現化に至る事なく、防除は完了した。
容疑者には度重なる聴取を行ったものの、具象化によって操られていた兆候はなく、また、担当捜査官により報告のあった能力で、スワロウテイルが精神操作を行うことなど不可能であったと断定。
依然として主人と眷属の関係については判明していない点が多い。
研究成果により今後、真相究明が行われることを願う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます