第15話
振り下ろしたはずの手刀が突然現れた夏樹によって受け止められた擬態種は、大きく後退して距離を取った。
間際、涼やかな音が響く。
――リン。
それは、夏樹が刀の柄頭に括り付けた、鈴の音。
夏樹は刀を右手に持ち替え、左手には腰のホルスターから抜き去った拳銃を構えた。
刀の峰を肩に乗せて、にやりと笑う。
――リン。
また、鈴の音が鳴った。
「……聞いた事があるわ。執行官の中に、鈴を持って歩く酔狂な餌が一人いるってね」
「ほう?」
「そいつに見つかって、生き残った擬態種はいない。殺した足音の代わりのように鳴る鈴の音は、巷で"死神の足音"……なんて呼ばれているの」
「へぇ……オレも、有名人になったもんだな」
夏樹は笑みを崩すと、眼光鋭くし、擬態種を睨みつけた。
「かかってきな――危険度赤級擬態種……"アリエス"さんよ」
「うおおおおおっっっ!」
女性は五本ある指をひとつなぎに金属化させ、一枚の剣を作り出した。
続いて全身に鉄の鱗を纏い、夏樹に向かって突進する。
「舐めるなよ」
夏樹は刀の「腹」で剣を受け止めると、そのまま脱力して剣先を地面に向け、擬態種――アリエスの腕を滑らせた。
「な――っ」
「おらぁ!」
刀を振り上げ、体勢を崩したアリエスに、右袈裟から斬り下ろした。
瞬時――甲高い金属音と、夏樹の腕に走る衝撃。
「ちっ」
即座に拳銃を構え、引き金を絞ろうとして、
「――違う」
夏樹は地面を蹴ってアリエスと距離を取り、再び刀の峰を肩に乗せた。
「固ぇな。さすがに、鉄は斬り落とせねぇ」
「その御大層な武器を使えばよかったんじゃないの?」
擬態種が夏樹の拳銃を指して言うが、夏樹はくつくつと笑う。
「跳弾の危険も加味しねぇとな」
「…………」
金属化した身体に、抗体が塗布された銃弾を撃ち込んだとして、打ち抜けなければ意味がない。そして、もし貫けなかった場合に跳ね返るのは道理だ。どれだけの反応速度を持っていたとして、銃弾の軌道を目で追える生物などいない。
咄嗟の判断で攻撃を止めるというのは、言葉で表すよりもずっと難しい。
「これで分かったでしょ? どうやっても、私の身体に抗体を打ち込むことは不可能よ」
「そうか? やってみなきゃ、わかんねぇぜ?」
言い終わるよりも早く、夏樹は体勢を低くすると、横に剣を振りかぶって突進した。
「っ、」
思考が追いつかなかったのか、アリエスと夏樹の間にはもう距離がない。
しかし、アリエスは残された僅かな時間で全身を金属化。
合わせて、鉄の鱗を厚く重ねた。
迫る刃はアリエスの左肩を捉えたが……固い鱗に阻まれて、動きが止まる。
アリエスはにやりと、血に濡れた白い歯を見せつけた。
「なめんじゃ、ねぇぞおらっ」
「えっ――」
夏樹はアリエスの脚をひっかけて浮かし、力を込めて刀の刃を首に当て、振りぬいた。
アリエスの身体は横方向に回転し、そのまま、背中ごと床に打ち付けられた。
「ぐっ」
夏樹はアリエスに馬乗りになって、拳銃を構える。
「無駄なことをっ」
「へへ、いっちばん近いところから撃ちゃどうなるかなってな――」
銃口を身体に押し付けて、完全に楔入状態を作ると――夏樹は刀を放し、両手で銃を構えた。
「まっ」
「またねぇよ」
三度鳴り響いた銃声。
銃は、対象との距離が近いほど命中率が高く、威力を増す武器だ。
されど、銃が持ち主に与える衝撃とは計り知れない。
少なくとも、そんな打ち方をすれば鍛え上げた肉体を持つ成人男性であったとしても、反動でのけ反るか手を放す。
しかし夏樹は一切の妥協を許さず、楔入を維持したまま三回、銃を撃ったのだ。
「ててぇつ、しびれたな……」
銃口をアリエスの身体から離すと、開いた風穴から土色の煙が立ち昇る。
「あがぁぁぁぁぁぁああああああっっっっっっっ!」
肉体をびくびくと震わせ、エビぞりを何度も行い、アリエスは痛みと苦しさに喘ぐ。
「あがっ、あががあがががが、うぐうううううう」
あまりの苦しさに我を忘れたのか、それとも、苦しさからの解放を求めたのか。
アリエスは両手以外から金属化を外し、おもむろに、自身の両目に指先を突き立てた。
「まずっ」
反応した夏樹であるが、遅かった。
アリエスは、自らの頭蓋を破壊した。
事切れて、動かなくなった身体。
脳が破壊されて、命をつなぐ事が可能な生物はいない。
「死んだ、んですか?」
起き上がった悠一が夏樹に近づいて言うが、夏樹は片手を広げて静止させた。
「まだ『終わらなかった』だけだ」
「え?」
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