第12話

「ねえ、またあったんだって?」

「本当に、その……なんとかっていう化物の仕業なのかな?」

「まさか。ただの模倣犯だろ。あいつらは人を食べるんだぜ? こんな人が少ない所には来るわけがないって」

「でも、じゃあ、人間の犯人がいるってこと?」


 悠々自適に社長出勤をかました悠一は、二次元目が終了した段階で教室に入った。

 クラスメイトたちの話題は、もっぱら、襲撃事件でもちきりだ。

 怯えている生徒もいないわけではなないが……少なくとも、話を聞く限りでは、ただ話の種として事件を取り扱っているに過ぎない。


 悠一はクラスメイトを掻き分け席につくと、頬杖をついて呆けた。


「おっす」

「ああ。卓也か。おはよ」

「なんだなんだ朝から暗い顔してよ」


 そんな悠一にクラスメイトが声をかけてきた。

 悠一は愛想笑いで返しつつ、首をかしげる。


 ――そこまで親しい間柄でもない。

 こういう時、必ず相手には"打算"がある。


 要は、何かしら用事があるということだ。


「お前さ、確か……詳しかったよな? ほら、あれだよ」

「あれって……?」

「ほら。――擬態種」


 どくん、と悠一の心臓が強く脈を打った。

 すぐに頬が凍ばっていたことに気付き、無理して笑顔をつくる。


「えっと、まあ、詳しいことには詳しい、かも」

「どうなん? 専門家様的には、界隈を賑わせているあの事件の犯人は、そいつの仕業なのか?」

「……え、っと……はは。どうだろ。僕も、そんな博士みたいなあれじゃないから。……わかんないよ」


 悠一は適当に答えて、時計を見やる。


 ――早く、授業が始まらないかと、そんなことばかりを思う。

 だけどそんな時に限って、秒針はいつもよりも遅く動いているのではないかという錯覚に陥ってしまう。


 このクラスメイトとはそこまで親密ではないが、決して仲が悪いわけではない。

 邪見に扱いたくはないし、もめ事なんてもってのほか。


「そっか。じゃ、なんかわかったら教えてくれよ! 友だちのよしみでさ。いや、最近オレそういうあれ? オカルト的な都市伝説みたいな、結構ハマってんだ」


 彼は悠一のことを「友だち」と言う。

 喜ばしいことだ。嬉しいことで間違いない。


 しかしそれは、悠一が夏菜子たちに感じる想いとは別種のそれだ。


 ――彼は、仲間ではない。


「ま、いいや。そういやお前、ほらなんだっけ」

「え?」

「あれだよ。彼女の――」

「……美翅のこと?」

「そうそうあの可愛い子! 前に、夏場が誕生日だとか言ってなかったけ」

「あー……そんなことも言った気がするけど」


 他愛のない世間話の延長で、そのような話をしたこともあったと思い出す。

 そう言えばこの卓也という男は、一度風邪で学校を休んだ時、家に尋ねてきたことがあった。


 その時、料理をしていた美翅に出会った。

 誕生日の話――もしたかもしれない。

 とかく、この卓也という男はコミュ強で、話題をあちらこちらへ広げたがる奴だ。


 しかし――。


 悠一は卓也の言葉の意図が読めずに首を傾げた。

 卓也は「何か買ってやれよ」と優しく言う。


「何かって」

「どれだけ想いがあっても、何か形に残るものとして送り合うのって、けっこう大事だぜ」

「なにを見たんだ?」

「昨日、恋愛映画を少々」


 卓也はこれ見よがしに、指輪のついた腕を見せた。

 恐らく、仲睦まじい彼女とおそろいで買ったのだろう。


 そしてこの会話は、そんな幸せのお裾分け。


「ほら、チャイムなったから席に戻れ」

「ちぇっ! 幸せ布教しに来たのによ!」 


 そこで二人はくすくすと笑い合った。


 ――仲間ではない。


 悠一は心の中で、何度もそう言って卓也のことを定義付けする。


 ――仲間ではあって、いけないんだ。


   ***


「…………」


 悠一が自宅に戻ると、美翅は布団について眠っていた。

 寝巻きから着替えているので、おそらく一度は起きたのだろう。

 その隣では、カイリが美翅の手を握って横になっていた。

 悠一は隣のあぐらをかいて座る。


「カイリ。お前も風邪、ひくぞ」

「ん……」


 美翅を起こしてしまわない程度に軽く、カイリの身体を揺すった。

 カイリは半身を起こして、キョロキョロと辺りを見回し、悠一の顔を見つけて呟いた。


「のど……かわいた……」

「水飲んでこい」

「ん……」


 カイリは言われるがまま部屋を出て、台所に向かった。

 そこで、目を薄く開いていた美翅と目が合う。


「悪い。起こしちまったか」


 美翅は首をゆっくりと振った。


「大丈夫。ごめんね? ご飯、作れなくて」

「体調が悪いのに、無理をさせることはできないよ。お腹、空いてないか?」

「おかゆたくさん食べたから。ありがとう。美味しかった」

「どういたしまして。なら、まだ寝とくといい。また、食べやすいのを作っとくから」

「うん……そうする……」


 不意に、美翅の手が悠一の手が布団の外に伸びて、手のひらを開く。

 意図を汲み取って、悠一は「やれやれ」なんて言いながら……その手に軽く触れた。


 握り返される指先。

 微笑みながら……小さく瞼を押し上げながら、美翅が言った。


「ありがと」

「これくらい、なんでもないよ」


 それからしばらくして――。


 寝息が聞こえてきた頃に、悠一は美翅の手を離し……枕元に、そっと包装された箱を置いた。

 振り返ると、部屋の扉から中を覗くように立っていたカイリと目が合う。


「ごめんな。お腹すいたろ? すぐに作るから」

「うん」


 冷蔵庫を空けて、余った材料をかき集める。


「炒飯でいいか?」

「うん」


 適当に食材を刻んで、パックごはんと合わせて炒め、調味料で味を整える。

 十分ほどの作業工程を経て、二食分の炒飯が完成した。


「できたぞ」


 テーブルにお皿を並べると、美翅の部屋に居たカイリがのそのそと出てきて、食卓についた。

 テーブルには、一人分の食事しか用意されていない。


「ゆういちのは?」

「僕は後で食べるよ。ちょっと出てくる。帰り、遅くなるかもしれないから、先に寝てて」


 すでに悠一は動きやすいジャージに着替え、竹刀袋を引っさげていた。

 リビングを出ようとする悠一の服を、引っ張る力。


「ん? どうした?」

「…………」


 カイリは俯いたまま……少しだけ顔を持ち上げて言う。


「かえってくる?」

「…………」

「……こわい……」


 悠一はいつものように、カイリの頭に優しく触れた。

 カイリは目を細め、心地よさそうにしつつも……その顔に浮かんだ雲は晴れない。


「帰ってくるよ。――約束だ」


 そう言い残し、カイリの返事を聞くこともせず――悠一は、夜の世界へ飛び出した。


***


 すっかりと夜の闇に染まった公園。

 街灯はずっと前に蛍光灯が切れたまま、点灯していない。

 指定されたベンチに近づくと、そこに腰を降ろしていた夏樹が気がついて、手を上げた。


「よお。待ってたぜ」

「…………」


 夏樹は立ち上がり、「ほら」と言って缶コーヒーを手渡してくる。


「さっき買ったばかりだ。捜査協力の代金ってわけじゃねぇから、安心しな」


 夏樹は自分用にと買った同じものを開けて、ぐいっと呷った。

 悠一は缶コーヒーを開けることなく、口を開く。


「灰音さんは……」

「うん?」

「連続刺殺事件が今夜、この街で行われると……そう、見ているんですか?」

「ああ。――お前と同じようにな」

「…………」


 悠一はぎゅっと、ポケットに忍ばせたメモ帳を握りしめた。


 ――それは、単純な犯行現場の推移による予測でしかなかった。


 第一の事件が起こった三日前から、点々と現場を変える犯人は、地図に起こしてみれば南東に向かって下ってきていると分かる。であれば、直線状にあったこの街が次の餌場になる可能性が零ではなく、少なくとも直線外にある場所より高いことは簡単に推理できる。


 それでも確率はずっと低いと、悠一は思っていた。


 しかし、夏樹が事件協力の要請を行い、待ち合わせ場所が終電を過ぎた時間のこの場所に指定された段階で、予測は確信に近づいた。


 ――あとは、どうやって晦ますか。


「何処へ行きますか?」


 受け取った缶コーヒーを飲み干した悠一は、近場にあったゴミ箱に向かって缶を投げた。

 缶は放物線を描き、ゴミ箱の奥の縁に当たって跳ねる。


 小さな舌打ちを悠一がしたその直後――。


「高い所だ」


 突如飛来したもう一つの空き缶が、虚空を舞う缶に当たり、二本は同時にゴミ箱に納まった。

 悠一が驚いて夏樹を見やると、それは得意げに笑っていた。

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