第22話 豪運野郎の真価
「何だここ」
そこから更に四つほど
その部屋の床と天井にはびっしりと奇怪な模様が描かれており、部屋の中央には同じような模様が描かれた三つの棺桶が安置されている。
「霊安室……じゃねぇな。空気が
冷静に分析するエリックは視線を足下に移す。
そこには、病的なまでに肌が白い女性が横たわっていた。
この部屋に入った際に何やら作業していたのだが、嫌な予感がしたため奇襲気味に手刀を叩き込み気絶させたのだ。
「んじゃ、失礼して……」
女性が持っていた黒い鞄を拾い上げ、
そこには、かなりの数の羊皮紙が入っていた。
「……読めねぇ。何語だ?」
パラパラと目を通していくが、何一つ読むことができない。
規則性があるため何処かの言語ではあるのだろうが……
「お?これは……」
諦めかけていたその時、一封の封筒を見つけた。
他の資料よりも上質な紙で作られているそれを開けると、中には古ぼけた紙片が一枚だけ入っている。
「……やっぱ読めねぇか」
そこに書かれていたのは四行の小さな文字列。
他と同じく謎の言語が使われており、内容を読み解くことはできない。
まあ後でサトルに見りゃあいいか、と紙片をポケットに突っ込んだエリックは、本題に移った。
「さーて、中身は何だろうな?」
三つの棺桶。その内の一つに近づき、剣先でチョンチョンとつついて特に異常がない事を確認すると、蓋に手をかける。
そして力を込めると、バチンッと何かが壊れたような音と共に蓋が跳ね上がった。
「……何でお前がここに居んだ?」
中から白い冷気がゆっくりと流れ出し、最後の抵抗のように中身を隠そうとする。
それを手で仰いで吹き飛ばしたエリックは、中を覗き込み盛大に首を傾げたのだった。
◇◇◇
「……いや、そんなわけないよね?あの脳筋が策謀とかやるわけないでしょ」
一瞬でシリアスな空気をかき消し、演技じみた様子で
「もちろんです。じゃあ何で誘拐されたのかなぁって考えたんですけど……最初のエリックさんは操られていたんじゃないかなと」
「まあそれが妥当だろうね。ただそうなると……」
「何で
敵が最初の偽エリックを操っていたというのなら、敵は全ての偽物を操ることができると考えるべきだ。
しかし、二人目の偽エリックやサトル、そして偽トーマスに操られているような様子は無い。
「それが相手の作戦の一つなのか、操れる数には制限があるのか……」
「これも向こうの作戦だったら僕泣きますよ?」
「違うと思いたいけどねぇ……念のために軽く拘束させてもらうよ。ほら、こっち来て」
「ですよねぇ」
何やらミレイと困惑した顔でにらめっこしている偽トーマスの隣に誘導され、同じように椅子に縛り付けられる。
「……何やってるんスか?」
「貴方が本当に偽物なのか確かめてます……そういえば右のお尻にほくろが二つありましたよね。ちょっと脱いでくれませんか?」
「嫌っすよ!?自分にそんな趣味無い———ってか何でミレイがそんなの知ってるんスか!?」
生暖かい目と血走った目に見守られながらイチャついているバカップルを横目に、サトルとアストガルムはため息をついた。
「で、どうしますか?」
「正直、もう手詰まりかなぁ」
容疑者達の中に叛意を持つ者は居らず、唯一偽物だったトーマスも、サトルや二人目の偽エリックと同じような状態で敵についての新たな情報は持っていなかった。
三つの実例を確保できたという事もあって一応敵の能力の大まかな概要は掴めたが、今分かっている範囲ではほとんど付け入る隙が無い。
「しょうがない。あっちのエリックの収穫に期待しよっか」
「ですね」
果報は寝て待てということわざがあるくらいだ。
一旦サトル達が半壊させた騎士団の拠点に戻って別働隊の情報を待てば、何か光明が見えるかもしれない、という事でアストガルムが撤収の号令を出そうとしたその時。
バキッという音と共に窓が開いた。
「お、やっぱここか」
「エリックさん!?」
窓の鍵を破壊して強引に部屋に入ってきた偽エリックは、何やら大きな袋を背負っている。
その袋に謎の既視感を覚えるサトルの拘束を斬り落としたエリックは、懐から小さな紙を引っ張り出して押し付けてきた。
「え、何ですかこれ?」
「読んでくれ。俺にゃあ読めなかった」
「ああ、またですか……」
サトルの持つ便利能力【翻訳】。
これがあればどんな言語でも理解できるという優れもので、聡がこの世界で不自由なく周囲と会話できている要因の一つでもある。
以前にこの能力のことを知ったエリックは、サトルを専属の翻訳者に任命し、それ以来たびたび謎の資料を持ってきては読ませていたのだ。
「えーっと………………!?」
またその時と同じノリなのだろうと呆れた表情を浮かべていたサトルは、内容にざっと目を通し、瞠目する。
「どうした?」
「いや、これまさか…………と、とりあえず読み上げますね」
エリックの問いかけも耳に入らない程に混乱するサトルは、正気にかえると慌ててその中身を朗読し始めた。
————————————
一つ、欠片を証とし、泥を器と心得よ
二つ、月に逃れし黒暗の法師を捕まえよ
三つ、証と法師を器に封じ、異界の
さすれば其は分かたれ、同一の『個』顕現されん
————————————
「同一の『個』…………顕現?エリック、その紙は何処で見つけたんだい?」
サトルの朗読を聴き終えたアストガルムが、射抜くような鋭い視線をエリックに向ける。
「ん?降伏派の拠点の隠し部屋にいた変な女が持ってたんだが……」
その質問にさもありなんと答えたエリックの言葉に、サトルとアストガルムは同時に満面の笑みを浮かべた。
「笑うってこたぁ、やっぱそれ当たりなのか?」
「当たりも当たり、大当たりですよ!」
「最高だよエリック!今度なんでも奢ってあげよう!」
「お、おう」
やけに興奮した様子の二人に怒涛の賞賛を贈られたエリックは、押され気味に相槌を打つと視線を動かす。
「んで、さっきから気になってたんだが……なんでトーマスがここに居んだ?ってか何でアイツら遊んでんだよ」
今にもズボンを脱がされそうなトーマスを呆れたように眺めるエリック。
同じく眺めながら、エリックとは対照的に笑いを堪えているアストガルムは、笑い混じりに事情を説明した。
「……なるほどな。じゃあコレも持ってきて正解だったか」
「そういえばそれって何なんですか?」
入ってきてからエリックがずっと背負っている巨大な袋。
時折中身がもぞもぞと動いているそれを疑問の目で見つめるサトルに、エリックは無言のまま笑みを浮かべる。
床に置き、袋の口を縛っていた縄を解く。
そして袋をひっくり返すと——
「アイタッ!」
ゴンッと床に頭突きをかましながら、トーマスが転がり出てきた。
「トーマスさん!?」
「その紙があった部屋に棺桶があってな。そこに入ってたんだ」
アストガルムが慌てて確認した結果、そのトーマスは正真正銘の本物であると判明。
しかも聞けば、本物のトーマスは敵に捕まった時の事を覚えているという。
「え、これ僕達がいた意味って……」
「コイツいつもこんな感じなんだよねぇ……
己の存在意義を見失いかけるサトルの隣で、王国騎士団長の目から生気が抜けていく。
豪快に大捕物を行おうとして盛大に空振り、仕方なく僅かな情報からチマチマと相手の能力を推理していたサトル達は、横から特大の
「タイミングが良いというかなんというか……君、偽物になっても運だけは本当に良いんだね」
「……それ褒めてるんだよな?」
「呆れてるんだよバーカ。あと奢りは無しね」
「何でだよ!?別に悪いことしてねぇだろ!?」
今にもペッ!と唾を吐きそうなアストガルムにエリックが食いかかる。
そのやり取りを間近で眺めるサトルはこの日、大当たりを連チャンで引き当てるような
「そういえば棺桶に入ってたって言ったよね。その棺桶は一つだけだったのかい?」
「いや、あと二つあった。でも中身は空だったぞ?」
「そっかそっか、空だったんだ」
「いや何で嬉しそうなんだよ」
急に団長達の仲が悪くなったのは不安要素だが、エリックのお陰で特大の情報が二つも手に入った。
後は何処まで考察を詰められるかに掛かっている。
「やってやる……!」
一度大きく深呼吸して気合いを入れ直すサトル。
そして、とりあえず良い歳してギャーギャーいがみ合っている大人どもを止めに入るのだった。
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