第23話 決着の時

深夜


聡の部屋の扉が静かに開き、僅かな隙間から人影が滑り込んできた。

その不審な人物の視線が向けられる先に見えるのは、豪奢なベッドとそこに寝転がる人影。

ニヤッと笑みを浮かべた不審者は、慎重に扉を閉めるとベッドに向かって一歩踏み出し――


「こんばんは」


「っ!?」


声がかけられた。

それと同時に、四方の壁と天井、そして床に目立たないように描かれていた魔法陣が白く輝く。

古代魔法オールガードで全方位を塞いだ張本人は、ベッドに寝転がったまま口を開いた。


「まさか本当に引っかかるとは。正直尻尾をまいて逃げてしまったんじゃないかと思ってたので、ホッとしました」


無言で扉の前に立ち尽くす人物に、聡は優しい口調で語りかける。


「では決着をつけましょうか……王女様?」


結界の白光に薄く顔を照らしだされた王女は、困惑した様子で目をしばたたかせた。




◇◇◇




「さ、サトル様?お目覚めになられていたのですか?」


「起きたのは本当についさっきですよ。なので、今から話す事は全部向こうの僕・・・・・からの受け売りです。どうせもう逃げられませんから、諦めて聞いてください」


僅かに口の端が引き攣った笑みを浮かべる王女とは対照的に、聡は落ち着いた様子で言葉を紡ぐ。


「まず最初に【神眼】を出し抜いた方法ですが……そもそも貴女は王女様ではないですね?」


「……いいえ?私は王女で——」


「そういう誤魔化しは結構です。僕は確認を取っているわけではなく、結論を話しているだけなので。そもそも僕にはアストガルムさんみたいな嘘を見抜く技術とかありませんし。……貴女は確かに王女様だ。ですが、中にもう一人いる・・・・・・・・んでしょう?」


「……」


顔を歪め、沈黙する王女。




時は少し前に遡る。


エリックが帰還し、とあるドタバタ・・・・・・・が落ち着いた後、何回目ともしれない話し合いの中でその仮説は浮上した。


「どうやって偽物を操っているか……ですか?」


「そう。それが今回重要だと思うんだ」


アストガルムは人差し指を上げながらそう断言した。

操るといっても色々な方法が想像できる。

遠くからボタンやレバーで操作するものや操り人形のように糸を使うもの、命令を下し強制的に従わせるものなどだ。


「やっぱり命令に従わせたんじゃないですか?あの森に入ったら遠隔操作とかできないでしょうし」


「まあそれもありえそうだけどね……」


妙に歯切れの悪い騎士団長の様子から、サトルは察し良く目を見開いた。


「え、まさか分かったんですか?」


「うん」


自信ありげに笑みを浮かべるアストガルム。


「たぶん敵は——」







「——偽物に憑依して・・・・操っていた」


舞台は薄闇の部屋へと舞い戻る。


「王女様には貴女が、そして最初の偽エリックさんにはもう一人の貴女・・・・・・・が憑いていたんでしょう?」


己の偽物を作り出し、内偵役と実行役に分かれる効果的な布陣。

操り人形に命令を下し、遠隔操作リモート自動オートで働かせて結果を待つよりも、操り人形の中に入り手動マニュアルで動かす方が手っ取り早く、確実だ。

もちろん安全度が下がるという欠点もあるだろうが、王国騎士団長はエリック友人を出し抜いて聡を誘拐した時の手際の良さから憑依こっちだろうと判断した。


「【神眼】も内側に隠れた何者かまでは見抜けない。だからアストガルムさんがきた時だけ操縦席から席を外せば、貴女は純粋で心優しい王女様として【神眼】をくぐり抜ける事ができた」


ちなみその方法はもう通用しないらしいですよ、と笑う聡。

いくら【神眼】を出し抜けたとしても、その手段がバレれば直ぐに対策されてしまう。

アストガルムはいつもエリックに先を越されると嘆いていたが、彼もまたバランスブレイカーなのだ。


「で、でも私は本物です!偽物だったら、アストガルム様が気づかないはずがない!」


『敵が偽物を操れるのだとしても、そもそも自分は本物だ』と気が動転したかのように大きな声で弁明する王女に、聡は頷く。


「分かってます。王女様は間違いなく本物だ。でも、王女様は間違いなく操られている。……貴女は、本物も操れるんでしょう?」


「っ!?」


「そもそも『本物』だの『偽物』だのと区別するのがいけませんでした。体も思考も能力も、記憶さえ同じ偽物は、もはやもう一人の本物と言ってもいい。貴女は僕達の偽物を作っていたわけじゃない。僕達を二つに・・・分けていた・・・・・んです・・・


どちらかが本物でもう片方は偽物、というのは正確ではなかった。

どちらも本物・・・・・・。もし本物と区別するなら偽物ではなく『分身』と呼称するほうが正確である。

敵は聡の『存在』や魂なんてものを二つに等割して片方を抜き取り、用意した器に埋め込んでいたのだ。

ちなみに【神眼】が分身だと判別していた本物との違いは、その存在の『不安定さ』。

人の手で作られてからまだそれほど時間の経っていなかった分身達は、外と中、器と中身に僅かなズレがあったらしい。


話を戻すが、敵は一度分身を作った者なら、本物にも憑依する事ができるのだろう。

既に偽エリック……否、分身・・エリックが荒らした降伏派の拠点から僅かな資料や機器を回収済み。

時間をかけて詳しく調べれば、その能力の再現はできないにせよ、能力の概要の裏付け程度なら容易に取れるはずだ。


「ただ、それだけだとまだ貴女が誰に憑いているのかは分からなかった。そこでふと思い出したんです。数日前の夜の出来事を」


それは召喚された次の日に起きたハプニング。

夜中、王女が聡の部屋にとある事について、身を差し出す覚悟で謝罪に来た事だ。


「振り返ってみれば、あれはあまりにも不自然すぎました」


王女が謝りに来た理由は一つ。賢者である聡の前で、魔法は役に立たないと言ってしまった事についてだ。

確かにそこそこ傷ついたが、王女に悪意なんてものは無く、ただ事実を言っただけ。

謝るにしても、わざわざ身体を差し出そうとする必要は無かったはずなのだ。

なら何故あのような暴挙に出たのか。


「実は貴女がそういう事・・・・・に抵抗がない、むしろ積極的な女性だというのなら納得できましたが、エリックさん達が絶対違うと断言していました」


さらに言えば、この国にそういう風習・・・・・・があるというわけでもないらしい。

なら他に目的があったはずだ。王女ではなく、もう一人の意志にとって重要な何かが。

そしてそれは——


「夜伽の申し出は口実で、真夜中に会う事自体が目的だったんでしょう?タイミング的に考えて、僕の分身を作るため、ですか?」


王女の頬がピクッと僅かに動く。

確信を持ったのは、エリックが発見したあの紙片を再度読み解いた時だ。


あの紙に記載されていた四つの文。

その最後の節の『さすれば其は分かたれ、同一の『個』顕現されん』という部分を言い換えれば『そうすれば目標それは複数に分かれて、まったく同じような個体が現れる』となる。

その決定的な内容や、発見された場所から考え、サトル達はあれが分身の製法レシピであると断定した。


そこで問題なのが、その二節目にあった『月に逃れし黒暗の法師を捕まえて』という部分。

『黒暗の法師』はおそらく『影法師』、つまり『影』のこと。

そして『月に逃れし』は『影』に対する条件指定。

月に逃げたものは、逃れた場所そのものである月が現れれば、共に姿を現さざるを得ないのは道理。

言い換えれば、『月に逃れし何か』は、月と同時に・・・・・姿を現す・・・・ということだ。


よって『月に逃れし黒暗の法師』とは、『月に照らされて現れる影』を示しており、あの日王女はそれを『捕まえる』ために聡の部屋を訪れたのだろう。

あの日、あの時間。南向きの聡の部屋には綺麗に月光が差し込んできており、聡は王女を説得する際に自ら窓際に近づいてしまった。

そしてその時確かに、王女は聡から一歩下がった場所……聡の影が出来ていたであろう場所に立っていたのだ。


「それに、随分と物騒な物を持ってきてるじゃないですか。それでまだ白を切るつもりとは」


「……気づかれていましたか」


投げかけられる決定的な言葉。

王女……いや、王女の中の『彼女』はとうとう観念した。

『彼女』が後ろ手に隠し持っていたのは白銀の短剣だ。

質素で、何の装飾も施されていないそれを見せびらかすように掲げてみせる。


「不思議ですね。こちらを見てすらいないのに、どうしてコレに気付けたんですか?」


「鎌をかけただけですよ」


「…………」


若干笑いを含んだ聡の返答に押し黙る『彼女』。

その不穏な沈黙を華麗にスルーしながら、聡は言葉を続ける。


「さて、これから貴女にできる事は二つだけ。僕を殺してここから脱出するか……そうですね、僕にハグでもします?」


この真面目な局面で空気を弛緩させておどけてみせる聡に、『彼女』は目を吊り上げると一歩踏み出した。


「賢者が聞いて呆れますね」


一歩。


「大人しくお仲間さんを呼んでおけば———」


また一歩。


「———この体は殺しますが、貴方だけは死なずに済んだのに」


そして最後の一歩。ベットのすぐ横に立ち、未だに目を瞑り寝転がっている聡を冷たい目で見下ろす。


聡は、悲惨な姿になっていた。

以前はそこそこ筋肉がついていたはずの腕や脚が、今では棒切れのように細くなっており、黒かった髪も色が抜けて灰色に。

さらに体の至る所に包帯や湿布のようなものが貼られており、両手の手首から先にはギプスのような物が装着されていた。

『彼女』は知っていた。聡が今まで寝転がったままだったのは、何も余裕綽々だったからではない。

今の聡には、起き上がる力すら無いのだ。


「可哀想に、こんなにボロボロになって……苦しいでしょう?すぐに楽にさせてあげますよ」


『彼女』はこれまで己の力をつまびらかに解説されていたことに対する鬱憤を晴らすように、慈愛を気取った殺意を発露させる。

そして短剣をゆっくりと振り上げ———「あ、待ってください」———止められた。


「ロックボール」


思わず手を止める『彼女』をよそに、聡の顔に魔法陣が浮かび上がり、サッカーボール大の岩の塊がゆるく射出される。

それは天井にぶつかる前に重力に囚われ、そのまま聡の顔面に落下した。

ボガンッと、金光に遮られて砕ける岩塊。


「……これは、何の冗談ですか?」


エリックの防護魔法オルタネイルプロテクトを自ら解除した聡に、さらに目を吊り上げる『彼女』。


「この方が、殺しやすいでしょう?」


「……貴方は本当に何なんですか!?何がしたい!何を考えている!」


「何もしたくないんですよ」


「はあ!?」


意味不明な言動ばかりするサトルに激情を露わにした『彼女』は、ヒステリックを起こそうとして———


「覚えていますか?あの夜、僕が言った言葉を」


———動きを止めた。


「『僕の事は気にせず、貴女は貴女の戦いに専念してください』」


「っ!?」


そんなつもりは無かったのに、身体が勝手に息を呑んだ。

そして『彼女』の頭に当時の光景が去来する。忘れるはずがない。

当時はよくもまあこれほど気取った台詞セリフを吐けるものだと、王女の中から鼻で笑い……王女宿主が妙に感銘を受けているのを感じていたから。


「これは貴女の戦いです。そして貴女が僕の事を気にしなくていいように、僕も貴女の戦いに介入する気はありませんし、したいとも思いません。そこまで手伝うのは流石に過重労働ってやつです」


「……ただのクズじゃないですか」


「ははっ、知りませんでした?」


顔を俯け小さな声で罵倒を飛ばす『彼女』に軽口が帰ってくる。

またも癇に障ったのか、顔を振り上げた『彼女』は更に罵倒を重ねようとして——— 口が動かなかった。


「これは貴女の戦いだ。まあ狙われてるのは僕ですけど……僕は、貴女を信じます」


そう締めくくる聡の言葉が、まるで身体中に染みていくような感覚を覚える。

何だこれは。こんなの知らない。なぜ鼓動がこんなに早くなっていく。

これはダメだ。無理だ。原因は?コイツか?コイツだ。間違いない。

早くコイツを殺さなければ。そう即断し、短剣を振り下ろ———手が動かない?

驚きに支配され、思わず後退りしようとして———足も動かなかった。

まるで時が止まったかのようにピクリとも動かない四肢。

気付けば、瞼も自分の感覚とは違うタイミングで動いていた。


(本当に、厳しい方です)


!?


(というか、色々と言いたい放題でしたね。私を手助けするのは過重労働だ、とか酷すぎませんか?)


何だこの声は。なぜ頭の中から響いてくる。

誰だお前は!


(さてと……貴女には少し眠っていてもらいましょうか。私が己を律していれば、貴女は何も出来なくなるのでしょう?私の中に入ったこと、存分に後悔して頂きます)


何を言っ———まさか、お前は!?


『彼女』が驚愕をあらわにした瞬間、パチンッと視界が弾ける。

そして、手が勝手に動いて短剣を部屋の隅へ放り投げるような感覚を…覚えながら……急に意識が………遠のい…………て………………


『彼女』の精神が、深く、暗い海の中にゆらゆらと沈んでいく。

影で暗躍し続けていた『彼女』は、たった一人の少女によって封じられるのだった。






「……サトル様」


「どうしました、王女様?」


「貴方は少し……いいえ、かなり酷い人です」


「あはは……直球ですね」


「———でも」


月の光に照らされる影が、ベッドの上にゆっくりと倒れ込む。

目を瞑り、可愛い罵倒に苦笑を浮かべる賢者を腕の中に閉じ込めたカトリーナは、薄くなってしまった、その何よりも頼もしく思える胸板に顔を押し付けた。



「ありがとうございます。貴方のおかげで、私は……」


「…………僕は、何もしていませんよ?」


「私を信じるって、言ってくださったじゃないですか」


「……いやだからって急に抱きつかなくても——」


「貴方がこうしろと言ったんじゃないですか。……ふふっ、もっと女性慣れしている方なのかと思っていました」


「……………………いつも、口先ばっかな奴なので」



観念したように全身から力を抜き、震える手をゆっくりと持ち上げて王女の背中に回す聡。

解除された結界の残滓が祝福の花びらとなって周囲を薄く照らしだす中、賢者と王女は静かに抱きしめ合う。

夜は、穏やかに更けていった。




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