第21話 止まぬ哄笑
それから時計の短針が二周した頃、トーマスをあの部屋に監禁したまま、一行はシック調の白い扉の前にいた。
異様に大きなバッグを交代交替に抱えながら神妙な面持ちで窓の外や床を観察し、侍女や近衛達からの突き刺さるような視線に耐えていた彼らは、ガチャッと扉が開く音を聞き反射的に扉のほうへ目を向ける。
「団長、どうでしたか?」
「違ったよ。おかしいなぁ……」
困ったように眉を八の字にしながら出てきたアストガルムは、ユースの問いかけに頭を横に振ってみせた。
傷心で引きこもっている王女のもとに大勢で訪ねに行くのは気が引けるということで、アストガルムが単独で確認しに行っていたのだが……残念ながら収穫は無かったらしい。
「そうですかぁ……これで全部周りましたっけ?」
「あとは
「いや、エリックはちょっと前に確認したから除外していいよ」
「塩を撒きなさい!」というわざとらしい程に大きな声に責め立てられるように退散する一行。
面会謝絶の中、国王に事情を説明し許可を得て強引に押し入ったことが、王女担当の侍女達は大層気に食わなかったらしい。
まあ事情を知らなかったらそうなるよなぁ、と揺られるバッグの中で独りごちていたサトルは、外の話し声から意識を外しながら思考を切り替える。
トーマス→メレーヌ→聡の世話をしていた侍女→国王→王女という順番で確認してまわったが、成果は偽物トーマスの発見だけだった。
そしてエリック(本物)を除外すると、アストガルムは全てのサトルと関わりの深かった者を確認したという事になる。
それはつまり——
(勘違いだった……?)
単純に考えれば、サトルやアストガルムの『敵は近くにいる』という推測が的外れだったということになる。
敵は本物に接触しなくても偽物を作れる?偽物を量産しないのはもっと別の条件があったから?それとも何か他に事情が?
仮説はいくらでも思いつく。
というか、そもそもサトルやアストガルムの推測は『そうだったらいいなぁ』という思いが多分に含まれたものでもあったのだ。
なにせ相手が使うのは未知の能力。どのような可能性もゼロではない。
だからもし敵が近くに隠れていなかったのなら、捕捉することすら出来ないだろう事は明白だった。
(無理だ)
サトルは諦めてしまった。現実的に考える事を。可能性の高い仮説はどれも、敵の捕縛は不可能だと告げてくる。
だから。
サトルはもう一度、都合の良いように考えることにした。
(主犯は近くに居たとすると……いやでも、関わりがあった人は全員白だったから…………本当に?)
疑ったのはアストガルムの【神眼】の判定だ。
もし仮にあの金の眼を誤魔化す方法があったのなら、一度振り出しには戻るがまだ敵を捕まえられる
しかし、そんなものが本当にあるのだろうか。
外見も中身も全く同じな偽物を判別してみせたあの眼から、サトル達、ひいてはこの国に対しての悪意を隠しきる方法など。
(いやいや無理だろ。それこそ記憶を全部消すとかでもしないと——ん?)
と、そこでふと閃いた。
(まさか本当に消した?いや、
偽物は本物の記憶を全て持っている。
ならば己の偽物を作り出した上で、己の持つ不都合な記憶をなんらかの方法で消せば、アストガルムの目を掻い潜ることができ、魔王軍への協力を続行することもできる。
(いやでもそんな綺麗に記憶とか消せるのか?)
不都合な記憶だけをピンポイントで消すなんて芸当、可能なのだろうか。
まあ敵が『記憶を完ぺきにコピペした偽者』なんてものを作ってる以上可能なのかもしれない。
しかしそれを実行したとしても、記憶が飛び飛びになっている事はわりとすぐに周囲に気づかれるはずだ。
頭を打ったふりをして記憶喪失だということにでもしておけば少しは誤魔化せるかもしれないが、タイミングを考えると流石に怪しすぎる。というか目立つ。
考えてもみてほしい。
容疑者を数人に絞ったところ、その中に一人だけ記憶喪失の者がいたとする。
さらに、絶対当たる嘘発見器で調べたところ、他の容疑者達は全員白判定。
そして記憶喪失になった者が記憶を落っことしたのが賢者誘拐事件の前後だったとなれば……冤罪だろうがなんだろうが、とりあえず捕まるだろう。
リターンは大きいが、その分リスクも高すぎる。
よってサトルは、敵が敵自身の記憶を消した可能性はゼロに近いと結論づけた。
(それに、聞いてた限りじゃ記憶を失くしたって感じの人はいなかったしなぁ……)
違うかぁ、とため息をつくサトル。
ただ、犯人が何らかの方法で【神眼】を躱したというのはわりと良い線を行っているような気がするのだ。相変わらずそうであってくれという願望が混ざってはいるが。
とりあえず一度、アストガルム達に意見を聞いてみようと、サトルはバッグを内側から二度ノックして休憩を求める合図を送るのだった。
◇◇◇
「何者———っ!?」
「騒ぐなよ」
薄暗い一本道の通路の中。
エリックは一瞬で
黒ローブも慌てて抵抗するが、その拘束はいくら暴れても緩む気配がない。
逆に暴れたことで意識が加速度的に薄れていく。
「ぐぅ……!」
落ちゆく意識の中、せめてもの抵抗にと手に持っていたカンテラを床に投げつけた黒ローブは、次の瞬間驚嘆した。
「っと、あぶねぇな」
カンテラが割れる音は一向に聞こえて来ず、代わりに黒ローブを押さえる男の体制が少し変わる。
カンテラを床に接する直前に片足でキャッチした男は、なんでもない事のように小さくぼやいた。
だめだこれは。自分の、いや、自分達の手には負えない。
格が違いすぎるのだと、既に碌に回っていない頭でも理解できた。
「化け…も……の…………め……………………」
最後の意思を振り絞り、その規格外に罵倒を残した黒ローブは意識を完全に手放した。
「お前ら同じことしか言わねぇな」
呆れたような声を出しながら一度カンテラを床に置き、黒ローブを隅に横たえさせたエリックは、暖かな炎の灯りに横顔を照らされながら無言で視線を通路の先に向ける。
今の黒ローブは事態を仲間に知らせようとするような動きをしていた。
ならこの先にもまだ敵がいると考えるのが自然だ。
「急がねぇと」
エリックの目的は降伏派の調査及び鎮圧。今は集団で動くと情報が漏れて逃げられる可能性が高くなる、という理由から先行しているが、外に出て合図を送ればすぐに王国騎士団も応援に駆けつけてくる手筈だ。
「それにしても……なーんか見覚えあるなこの道」
頭をかしげるエリック。
しかしすぐに「気のせいか」と考え直すと、カンテラの火を消してまた静かに道を進んでいくのだった。
◇◇◇
相手がアストガルムの【神眼】を掻い潜る
なんでも以前に一度、どこぞの泥棒にとある裏技を使って回避されたことがあったらしい。
まあその裏技の種は割れており、対策済みらしいが。
「仮にそうだとすると、僕を騙した方法が分からない以上僕の力じゃ特定できない。そうなると、後は君の記憶から糸口を見つけなきゃいけないね」
「僕の記憶から、ですか……」
王女からは召喚され、約束を交わした。
国王からは願いを託され、了承した。
侍女との関わりは少なかったが、見えないところで身の回りの世話をしてくれていたようだった。
メレーヌからは腕輪と知恵、ついでに悪巧みを授かった。
トーマスとは友人のように言葉を交わし、もう少しで本当の友人になれるような気がしていた。
そしてエリックからは戦い方を学び、今も助けてもらっている。
一週間にも満たない長いようで短い期間。
その中で積み重ねた交流関係に一つ、もしくは複数の『嘘』が混ざっている。
思い出せ。
あの日々の中で彼らとどんな言葉を交わし、共に何をしたのか。
棚の奥にしまい込んだ古ぼけた
怪しい動きは無かったか?突拍子のない行動は?飛躍した言葉は?
…………だめだ。
「……どうしたんだい、サトル君?」
ほんの僅かに顔色が変わったサトルに、アストガルムが怪訝な表情で声をかける。
しかしそれも耳に入らない様子でサトルは思考の海に沈み続ける。
だめだ。無理だ。
突拍子の無い行動?怪しい動き?
そんなもの、それ以前にこの世界の『普通』を知らないと分かるはずがない。
挨拶する際のハグやサービスに対するチップなど、日本で普通でないとされる行動が海外では常識だとされるように。
サトルの持つ尺度では、この世界の『異常』が測れないのだ。
ならどうする。簡単だ。アストガルム達に相談すればいい。彼等なら『普通』を知っている。
サトルだけでは味方を測れないのだから、同じ味方の彼等に———
「……味方?」
「え?」
そうだ。なぜ自分は
そうだ、逆転の発想だ。敵を測れ。
敵の『普通』は、敵の尺度はここにある!
思考が壁を突き破り、一気に加速する。
サトルの知る限り、敵は今のところ四人。
エリックの偽物が二人とトーマスの偽物一人、そして自分。
おかしいところは無かったか?不審な点は?
———あった。
「……何で僕って誘拐されたんですかね?」
「はい?……そりゃあ、君を殺すため——」
「そうじゃありません。何で最初のエリックさんは、
「……よく分からないです」
「同じく」
「だから貴方を殺すためじゃ……あれ、団長?」
ミレイ、ラルト、ユースが頭にハテナを浮かべる中で、唯一察した騎士団長が驚愕を浮かべる。
そうだ。今まで確認できた偽物は、記憶も思考も本物とまったく同じように作られている。
ならば、そもそもエリックの偽物が聡を襲おうとするはずがないのだ。
それでも偽物はサトルを誘拐し、殺そうとした。
「……まさか、エリック!?」
アストガルムが顔を振り上げる。
見開かれた金の眼は、賢者が眠る部屋を守護している者がいるだろう方向へと向けられていた。
誰かの哄笑が大きくなる。掌の上で踊る彼等を『間抜け』と罵りながら。
その笑い声が止まるのは全てが終わった後か、それとも——
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