第20話 人型噓発見器

「敵について分かっていることは少ない。けど、ある程度予想はつくんだよね」


少し前、作戦会議の中でアストガルムはそう豪語した。


「まず君たち偽物を作り出した敵。ほぼ確実にそいつは魔族で、今は城にいると思うんだ」


前者はともかく、後者はサトル達も推測していたことだ。

しかしアストガルムはその結論に行き着いた方法が僅かに違った。


「見た目も強さも能力も、性格や思考回路さえ全く同じ。そして何より記憶が完全補完されている……そんなものを作り出すなんて、あまりにも強すぎる・・・・。上手く使えば寿命以外で死ぬことはないだろうしね」


それはもはや『新たな本物を作り出す』と形容してもいい次元の能力だ。

まさしく反則チート

敵は団長エリック達でもヘタを打てばあっさりとやられかねない規格外だ。

しかし、それを攻略するためのとっかかりは確かにあると、騎士団長は断言する。


「それだけ強力な能力には、発動するのに何かしらの制限があるはずだ。血を集めないといけないとか、本物にタッチしないといけない、とかね。それもないならこんな面倒な攻め方をしてこないだろうし」


無条件で偽物を作り出せるとしたら、わざわざさとるを誘拐する必要も無いのだ。

サトルのように魔法抵抗の有無で判別できない『現地人』は、己を本物だと思い込み、本来なら自分がいた環境にのうのうと居座る本物を潰しに行くだろう。

『こいつは偽物だ!』と叫びながら。


それをうまく利用してひたすらエリックとアストガルムの偽物を作り続けていれば、彼らの『本物決定戦』とでも呼ぶべき争いの余波だけで国が半壊するため、敵は簡単に目標を達成できていたはずなのだ。


しかし敵はそれをしなかった。いや、出来なかった・・・・・・のだろう。

アストガルムが今挙げたような制限のせいで。


「ならそれを達成するのに一番都合がいいのは城に潜り込むこと。ただ城内はエリック達が見張ってるから、忍び込むにしてもしてもまず伝手が必要だ」


そこで、と前置きをしたアストガルムは、一枚の紙を取り出す。

その中央に大きな赤い文字で『魔王軍万歳!人類に救いの手を!』と書かれており、四つ角には逆三角形と二重丸が組み合わさったようなマークが描かれていた。


「敵に協力した可能性が高いのが、この『降伏派』っていう危ない連中だよ。自分達以外の人間を生贄にして魔王に命乞いしようとしてる連中だからね、賢者様サトル君近衛騎士団長エリックを落とすためなら喜んで協力するだろうさ」


そして彼らこそが最近騎士団が追っていたヤマだったらしい。

今のところかなりの数を検挙しているが、勢いは減るどころかさらに加速しているのだとか。

それほどこの戦争に対する恐怖や不満が溜まっているという事なのだろう。


「まとめると、主犯は城の中にいて、その協力者達は街中に散らばっている。正直降伏派を全部捕まえるのは無理だろうから、僕達がこれから狙うのは主犯のほうだ」


「分かりましたけど、そもそもどうやって特定するんですか?」


そもそも主犯が誰か分からないから問題なのではないか、と。

律儀に小さく手を挙げてそう質問したサトルに、今の今まで黙って話を聞いていたエリックがニヤニヤしながらアストガルムを親指で指し示した。


「そのためにソイツが居るんだよ」




◇◇◇




『痛っ!?痛いっス!ちょ、そっちに腕は曲がらないっスよ!?』


『ほらさっさと歩いてください!』


『ならせめて前を向かせ——』


ゴキッ


『アイタァ!?』


『『『『あっ』』』』


「……うわぁ」


バッグの外から誰かトーマスの悲鳴が聞こえて来る。

今は、城に入ってすぐの場所で出くわした容疑者第一号トーマスを連行しているところだったはずなのだが……音しか聞こえていないサトルは、悲惨な事になっていそうな外の光景を想像しながら静かに引いていた。


『か、肩外れたっス……』


『すみません!今治しますから!えっと……確かここを押さえながらグルっと回すんでしたっけ?』


『ちょ、待つっス。ミレイはそれやったことあるんスか?』


『え?……初めてですけど』


城までの道中に聞いた話だが、ミレイとトーマスは幼馴染のような関係らしく、休日などには共に剣の鍛錬を行なったり、どこかに出かけたりもしているらしい。

そのため、アストガルムが『知らない野郎より仲のいい女の子に捕まるほうが嬉しいよね』と気をきかせてトーマス捕縛係をミレイに任命したのだが……余計すぎるお世話だったのかもしれない。


『ユースさん!一生のお願いっスからミレイと代わ——なんすかその笑顔!?」


『あーもう!うるさいですね!ほら、力抜いて!』


『へ?———っぁぁ!!!』


バキンッという痛そうな音と共に声にならない悲痛な叫びがあがるのを耳にしながら、サトルは犠牲になったトーマスの肩に黙祷を捧げるのだった。




……


…………


…………………


………………………




「酷い目にあったっス……」


「すみませんでした……」


騎士団保有の小さな部屋で、椅子に座りクルスに肩の応急処置をしてもらいながらさめざめと涙を流すトーマスに、ミレイが冷や汗を流しながら頭を下げる。

無事(?)に第一目標を捕獲できた一行は、さっそく本題に取り掛かった。


「じゃあちょっとさせてもらうね」


そう前置きをしながら、アストガルムは困惑するトーマスにグッと顔を近づけ、ギョッと見開かれた深緑の目を真剣な眼差しで観察し始めた。


「な、なんすかこれ……」


居心地が悪くなり、目を逸らそうとしたトーマスだったが、そうはさせまいとラルトとユースが両側から頭を押さえつける。

終いには「また肩外しますよ?」とミレイに脅迫され、トーマスは顔を引き攣らせながら金の瞳に目をあわせ続けるしかなかった。


事情説明も無しにアラサーの男と至近距離で見つめ合わされるという、新手の拷問のような苦行を続けること約五分。

ようやくトーマスを解放したアストガルムは、無言で少し離れた場所に置いてある大きなバッグに近づく。


そしてバッグの口が少し開かれ、アストガルムと静かに外の様子を伺っていたサトルの目が合った。

そのまま同じようにサトルの目を観察していた騎士団長は、再度トーマスに向き直る。


「やっと終わったっス……」


「一つだけ、聞いていいかい?」


「どうしたんスか?」


地獄が終わりホッと一息ついているトーマスに、まるで友人エリックのように頭をワシワシと掻きながら、困り顔の騎士団長は質問断定した。


「君、偽物でしょ」




◇◇◇




一方その頃。

光の道を辿り、城壁の一角に着いたエリックは付近の壁を拳で叩いてまわっていた。


「絶対あるはずなんだがなぁ……お」


ほんの少しだけ芽生えた不安を紛らわすように呟きを落とした瞬間、異変が起こる。

僅かに、しかし確実に壁の音が変わった。


「ここだな」


抜剣。

綺麗な三角の光が宙に描かれ、壁にもその形どおりに斬痕が残る。

そして三角形の中心を的確に蹴り抜いたエリックは、そのまま中へと押し入った。


「……この先か」


そこにあったのは地下へと続く階段。

冥府への入り口だと言われても信じてしまいそうなほど深い闇の中を、エリックは悠々とくだっていった。




◇◇◇




「君、偽物でしょ」


「……へ?」


目を点にするトーマスと対照的に、ラルトとユースの行動は迅速だった。

トーマスの後ろ手を押さえて手錠をかける。

さらに両足も同じように封じ、止めに椅子に縄で雁字搦めに縛り付けた。


「……って、はいぃ!?偽物!?自分がっすか!?」


「団長!それは——」


「確定だよ。残念だけどね」


我に返り驚愕と混乱でパニクっているトーマス、そして焦りを浮かべるミレイに騎士団長は重ねて断言する。


その根拠となるのはアストガルムの卓越した『観察眼』だ。

彼の眼は一切の欺瞞を許さず、相手の目を見るだけでその人物の本質・・を見抜くことができる。

今回の作戦のかなめでもあるそれは、王国騎士団内で【神眼】などと称されるほどに正確で、応用の効くものなのだそうだ。

取り調べの際にやけにあっさりとサトルの話を信じていたのは、おそらくこれのおかげだったのだろう。


話を戻すが、今回の作戦はアストガルムの【神眼】を用いて、容疑者を片っ端から洗っていくというものだった。

明らかにごり押しで、時間もそれなりにかかるだろうと思われていたのだが……


「覗き見もいないかな……うん、出てきていいよ」


「……こんなに早く見つかるとは」


「ゑ!?サトル様!?」


バッグから抜け出てきたサトルは、目を見開くトーマスに軽く手を振りながら騎士団長に真顔を向ける。


「偽物も見分けられるって知らなかったんですが?」


「君かあっちの・・・・エリックと見比べればなんとなく分かるんだよ。そのために連れてきたんだしね」


「先に言っといて下さいよ。『あ、僕お荷物なんだ』って思って泣きそうだったんですけど……」


「お荷物だからバッグに〜ってこと?ははっ、上手いこと言うじゃん」


カラカラと笑われ、眉間にピキッと血管が浮かび上がるサトル。


わざわざ大きなバッグまで用意された事でダイレクトにお荷物扱いされているのだと勘違いし、けれども反論できないからと涙を呑んでいたこの数十分。

それを軽〜く笑い飛ばすこの男は、やはりエリックと同類なのだろう。


「団長、目標主犯はトーマスだったって事でいいんですか?」


そんなサトルをスルーして、ユースがアストガルムに声をかける。


「そうだね。そのことなんだけど……」


再度トーマスに近づき、何かを確認するかのように目を覗き込んだ騎士団長は一つ頷いた。


「うん、たぶん違う。主犯は別だ」


マジかぁ……と、思わずため息をつく男性陣。

新たな偽物は発見できたものの、事態はあまり好転していない。

それどころか、先ほどからミレイが重苦しい表情で押し黙ってしまっているのだ。

それもそうだ。トーマスが偽物だったという事は、本物のトーマスが行方不明になっているということ。

生きている確証は、ない。




重い雰囲気に包まれる一行を見回しながら、サトルはふと、どこかで誰かが哄笑しているような……そんな気がした。








「……あの、自分まだ状況飲めてないんすけど」


「いつか分かる。がんばれ」


「ラルトさん!?できれば説明して欲しいっス!ざっくりで良いっスから!」

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