第19話 竜王と馬の安心感

「アルがやけに話を聞いてくれねぇし、なんかおかしいとは思ってたんだが……俺自身がパチモンだ、なんて普通分かんねぇよ」


「自分が偽物だったらどうしよう、みたいな話はわりとよく聞いたことがありましたけど……思ったよりくるものがありますね」


建物の二階にある会議室、その中央に備え付けられた木製の立派な机に肘をつき、ダレるように項垂れながらワザとらしく溜め息を吐く巨漢と少年。


「まあ気持ちはお察しするけどさ、それにしては君達冷静すぎない?」


「「ぶっちゃけ実感が無い(です)」」


街中を荒らし回り、十数人の騎士に軽傷を負わせ、とどめに騎士団所有の建物の屋根の一部分と一階の床をぶち壊した偽物達は、いけしゃあしゃあと自分達の境遇を嘆い減刑交渉をしていた。


「それ言っちゃったら終わりだよね?……まあいいや、今回は見逃してあげるよ。その分働いてもらうし」


「当たり前だ。んで、何から聞きたい?」


「とりあえず君の近況報告かな。あ、この街に来てからのでいいよ」


若干分かりにくい言い回しだが、要はエリック(偽)視点から見たこれまでの出来事を教えてくれ、という事だ。

ちなみにサトルは既にその事についてほとんど自白しゲロっている。


「そうだな……とりあえずサトルがヤバかったから、急いで城に戻ろうと——」


「え、僕がヤバかったって何ですか?」


サラッと飛び出てきた謎の情報に、思わず話を遮ってしまうサトル。


「ん?ああ、そういえば言ってなかったな。お前さ、森で見つけた時死にかけてたんだよ」


「!?」


軽い調子で発覚した新事実に、サトルは聞いてない!と目を見開いた。

慌てて再度自分の全身をチェックするが、これといって問題は無い。


「……何ともないですよ?」


「まあ聞けって」


エリックがさとるを見つけた時、それはそれは悲惨な状態だったらしい。

この世界では珍しい黒髪からは色が抜け、肢体は棒切れのように細くなり、呼吸や心臓の鼓動も弱々しく、今にも止まってしまいそうだったとか。


それに焦ったエリックは聡を背負い、全速力で街まで駆け戻って、行きと同様に壁を飛び越え街中に潜入。

そして(聡はまだ国家機密扱いなため)こっそりと城に入ろうとしたという。


「そこでな、なんか嫌な予感がしたんだ」


「ああ、野生いつもの勘かい?」


「んにゃ、少し違った。普段はこう、ビビッ!と来るんだが、あん時は生ぬりぃ風が押し寄せてくる感じだったな」


「……まあ何となく言いたいことは分かるよ。それで、君はどうしたんだい?」


「とりあえず入った」


「今の『嫌な予感』のくだりは何だったんですか」


念のため隠密しながら城の中を移動し、聡の部屋付近まで到着。

しかし、そこで部屋の前に陣取るエリック(本物)と部下の一人トーマスが会話をしている声に気付いた。


「よくバレなかったね」


「俺も一応『俺』だからな」


姿は視認できなかったものの、本物の方向から気分が悪くなりそうなほどに嫌な気配がプンプン漂ってきていたため、油断して正面から戦いを挑もうとすることもなかったそうだ。


それでひとまず限界まで近づいて隙を狙っていたところ、二人の口振りから聡の偽物(実は本物)もいると気付いたのだとか。


「そうなっちまうと、治す前にこっちのサトルが本物っつう証明をしないといけねぇだろ?んな事やってたら時間を食っちまう」


街中にも治療院はあるし、中には金さえ出せば素性不問の、いわゆる闇医者もいる。

より早く治療に取り掛かりたいならそちらを訪ねた方がいい。

しかし治療の腕で言えば、城に常駐している医者のほうが確実だ。


時間か質か。頭を抱えたエリックは、いったんサトルの状況を見て判断しようとし——


「見たらなんか治ってたんだよお前」


「…………あー、そういう事ですか」


治っていたというより、『変わっていた』というほうが当てはまるだろうか。

つまるところ、その時点でエリックが背負っていたのは瀕死の本物ではなく、健康体の偽物サトルだったのだろう。


「その時におかしいとは思わなかったんですか?」


「いや……おまえ一応異世界人だし、てっきり普通より回復が早いとかそういう力でもあるんだと」


「そんな能力あったら訓練であんなに苦しみませんて」


疲れた顔で机に突っ伏すサトル。


「ちなみに、それより前にサトル君を確認したのはいつ頃か覚えてるかい?」


「ん?あー……確か森を出た時と、街に入った後だけだな」


「なるほどね。じゃあ街に入ったあと、城までのあいだに何か変なことはなかったかな?」


「…………無かった、と思うがなぁ。すまん、あんま思い出せねぇ」


「いや、充分だよ」


騎士団長はしたり顔で頷くと、おもむろに羊皮紙の巻物を取り出し、机の上に広げた。


「さて、次はこれを盗もうとした理由わけを聞こうか。まあ大体想像つくけど」


その羊皮紙の左上にはデカデカと【王都市街地図】と書かれており、中央には街の並びが細い線だけでかなり細かく描かれている。

一見どこにでもありそうな、とても重要そうには見えないそれを指し示すアストガルムの問いかけに、「じゃあ聞くなよ」と半眼になったエリックの代わりにサトルが口を開いた。


「お察しの通り、敵を特定するためです」


「成功の見込みは?」


「お前んとこの犬っころを使っていいってんならほぼ確実だな」


「いいね」


ニヤリと悪戯小僧のような笑みを交わす団長二人。

いまだに敵は未知数。しかし味方は最強コンビ。


「……安心感が凄い」


その頼もしすぎる光景につられて笑みを浮かべながら、サトルは久方ぶりに肩の力を抜くことができたのだった。




◇◇◇





「紹介するよ。うちの団の切り込み隊長、ミレイ・ロールロックだ」


「第一大隊長のミレイです!よろしくお願いします!」


「よ、よろしくお願いします」


快活な笑みを浮かべ、握手した手を縦にブンブンと振る茶髪の女性に若干押され気味のサトル。

あれから三十分ほど行われた作戦会議の結果、サトルはエリックと分かれ、少数の騎士団員と行動する事になったのだ。

今行われているのは、そのメンバーとの顔合わせである。


「こっちは情報通のラルト」


「どうも」


口数の少ない、灰白色の髪の男性が微笑を浮かべながら軽く頭を下げる。

彼だけ鎧を着ていないのが気になったが、聞けば情報を集めることを主とする部隊に所属しているらしい。

私服刑事のようなものなのだろうか。


「で、これが賑やかし担当のユース・リングレッド」


「にぎっ……テキトーすぎませんかねぇ!?」


金髪を短く切り揃えた青年、ユースは散々な説明のされ方に食ってかかりながらも、サトルに握手を求めてきた。

彼は他国の有力な商人などの護衛を主とする部隊の一人だそうだ。

明言こそされていないが、十中八九サトルを護衛する役なのだろう。


ちなみに最初に紹介された女性、ミレイは戦闘専門らしい。つい先日まで戦線で魔物を蹴散らしていたとか。


「じゃあ顔合わせも終わったし、さっそく行こうか」


「お城に忍び込むなんて久しぶりです!」


「忍び込むのは僕だけですけどね」


そう言いながらサトルが見つめる先にあるのは、大人一人ならギリギリ入れそうなサイズの分厚い布のバッグ。


「護衛対象をこんなものに詰めるなんて……」


「気にするだけ無駄」


遠い目をするユースの肩をラルトが励ますようにトントンと叩いているのを横目に、サトルはもぞもぞとバッグの中へ入っていった。




◇◇◇




「確かこの辺に……あった、これだな」


霧が立ち込める森。エリックはそのすぐ手前で足を止めた。

視線の先にあるのは大地をけがす黒ずんだ血溜まりの跡。そして方々に散らばる肉片と、二つのかなり大きな肉塊。

それはエリックが森に入る前に斬り飛ばした馬のようなナニカの残滓である。

エリックはその死体を一箇所に集めると、例の地図をかざした。


痕跡探査シークトレース


その魔句キーワードが唱えられた瞬間、地図がうっすらと青白く発光する。

すると、エリックの足元から同程度の光量の光の道が街の方角へと伸びていく。

そしてしばらくすると、地図の端から街の外壁へ向けて紺色の線が浮かび上がっていった。


魔法具『追跡者の地図トラッカーズマッピング


指定した生物の足跡や匂いを検知して地図上、そして実際の地面にマーキングすることができる優れものだ。

しかし、もちろん制限もある。

痕跡があまりにも乱れ過ぎているとそこから先を追うことはできないし、そもそも発動するには相手の体組織を一定量集めなければならない。

さらに、指定したものが移動手段を変えた場合(例えば徒歩から馬に変えた場合)などにも、高確率で効果が無くなってしまうのだ。

まあそれだけの欠点があったとしても、有用な魔法具だということに変わりない。


街を囲む壁のすぐ外から地図外へと伸びているその線をしげしげと眺めながら、エリックはとある地点に目を向ける。


「……ここか」


街の中心から見て南西方向の城壁。

明らかに敵勢力の所有物だったのだろうナニカの出発地点を特定したエリックは、ニヤァっと禍々しい笑みを浮かべながら再び動き出すのだった。

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