第18話 知りたくなかった新事実
「やっぱなんか調子悪いな……」
太陽が少し傾いた昼過ぎ。
二時間ほどの休息で体力も魔力も完全回復したサトルは、エリックに渡されたローブのフードを深々とかぶり、身体強化の魔法を使用しながら路地裏を駆けていた。
といってもその速度は並程度であり、本人の雰囲気も至って穏やかなものだ。
彼だけを見れば、顔を隠した恥ずかしがり屋が人目を忍んで呑気にランニングをしているようにしか思えない。
しかし、その背後は凄まじい事になっていた。
「「「「クゥーン!クゥーン!」」」」
総勢十匹。黒や茶、クリーム色など様々な
定期的に高音の鳴き声をあげているのは仲間に居場所を知らせるためか。
襲いかかってくる様子はないが、常に付かず離れずの距離を保っており、彼らの『絶対に逃がさない』という意志が見てとれた。
「さて……もういいか」
少し開けた場所にたどり着いたサトルはおもむろに立ち止まる。
すぐに犬達に追いつかれ、素早い動きで綺麗な円を描くように包囲されたが、当の本人には特に焦った様子もない。
しばしの静寂。犬達も鳴くのをやめ、静かにサトルを見つめてくる。
「……早く出てきてください」
しびれを切らしたサトルがほんの少し苛立った様子で声を上げる。
その瞬間、僅かに周囲の雰囲気が変わった。
「…………やっぱりバレちゃってたか」
「あれだけ逃げ回ってたのに、あなた方が気づいてないわけないじゃないですか」
「それもそうだね。君、三十分くらい走り回ってたし」
周囲の屋根の上に無数の人影が現れる。
少し周りを見回せば、今サトルが駆け込んできた通路も含め、この広間への出入り口も全て甲冑達に塞がれていた。
「これから君を拘束するけど、抵抗するかい?」
いつの間にか屋根から目の前に降りていた金鎧が軽いトーンで話しかけてくる。
「抵抗していいんですか?」
「するしないは君次第だしね。まあ僕としてはしない方をおすすめするけど」
「ならしませんよ」
フードを脱ぎ両手を上げるサトル。
そんな賢者のあまりにもアッサリとした降参っぷりに、金鎧は警戒度を上げ剣の柄に手を当てた。
「え!?なんでですか!?」
「……狙いは何なのかな?」
「いや普通に降参しようとして——」
「君のことはエリックから聞いている。追い込んでも決して侮れない相手だとね。悪いけど、慎重にいかせてもらうよ」
想定以上に高く評価されていた事に賢者は頬を引き攣らせる。
「狙いなんてありませんって!……ちょっとしか」
「あるじゃないか」
「ちょっとだけですよ。それもちゃんとお話ししますから」
「…………うーん、嘘じゃなさそうかな。じゃあ拘束するから両手を出して」
大人しく両手を前に出すと、鉄製の手錠がかけられる。
冷たく、かなり重いそれをしげしげと眺めていると、いつの間にか背後に近づいてきていた騎士に両足にも手錠をかけられてしまった。
「え、これどうやって歩く——んぐっ!?」
終いには口に太い縄を巻かれ喋れないようにされたサトルは、麻袋に入れられてどこかへと運ばれていくのだった。
二百メートルほど離れた場所にある教会。
そこに併設されている、周囲の建物より少し背の高い鐘塔の屋根の陰からその一部始終を静観していたエリックは、静かに騎士達を追跡し始める。
そんな彼の頭を過るのは、少し前のサトルとの会話。
「とりあえず、僕だけ捕まろうと思います」
「…………は?」
突然の提案に表情が固まるエリックに、サトルはほんの少し苦笑した。
「あの人達も偽物についての情報が欲しいはずなんですよ。ただ
「……なるほどな。俺がいなけりゃあ、アイツらは十中八九お前を捕まえにくる。そん時にわざと捕まっちまえば、尋問されるついでに話も聞いてもらえるんじゃねぇかって事か」
「まあ騎士団長さんの性格次第ですけどね」
敵の言葉など信じぬ!見敵即殺!的な人だったら詰みですね、と空笑いするサトル。
「もしヤバくなっても守ってやるから気にすんな。ってかアイツ、そんな奴じゃねぇしな」
「なら安心ですね。あ、それと確認したいことが——」
そこからはこの先の方針や作戦を話し合い、犬達に嗅ぎつけられるまで休息をとった二人は、予定通り二手に分かれたのだった。
サトルを捕らえた一団は、騎士団の保有する建物の一つに入っていった。
それを確認したエリックも、気配を殺しながら建物の屋根に飛び乗る。
念のため『オルタネイルプロテクト』は仕掛け済み。
それに、この距離なら誰がサトルに刃を向けても確実に
一つ懸念があるとすれば、並行してもう一つの任務を上手くこなさなければならない事か。
「騎士団から物盗んでこいとか、サトルも大概だな。バレたら謹慎処分じゃすまねぇぞ」
半笑いになり小さくそう呟いたエリックは、音を出さないよう細心の注意を払いながら、侵入口を開くために屋根の洋瓦の一部を剥ぎ取り始めるのだった。
◇◇◇
「なるほど、君は今回の黒幕が誰か知らないし、そもそも自分達こそが本物だと思ってる。それに
薄暗い地下室の中。
鉄製の椅子に鎖でガチガチに縛り付けられたサトルの前で、金鎧もとい騎士団長のアストガルムが調書を取っている。
結論から言うと、説得は見事に失敗した。
最初から完全にお手上げ状態だったのである。
サトルが質問に答え、その上で自分達は本物だと何度訴えても「そっか」の一点張りで、まったく信じてもらえない。
唯一の救いは、サトルが一切嘘をついていないと判断してもらえている事だ。
でなければ、今頃この部屋のあちこちに散らばっている拷問器具が存分に活用されていただろう。
「うん、こんなもんかな?」
「……あの、お聞きしてもいいですか?」
「ん?なんだい?」
「城にいる僕達って、今どうしてるんですか?」
「…………それはちょっと答えられないなぁ」
「じゃ、じゃあトーマスやメリーヌ先生みたいに、僕がこれまで出会った方々の事はどうですか?」
「うーん……まあそれはいいか。君もこっちの質問に正直に話してくれたし……特別だよ?」
お茶目にウインクした優男は、調書を数枚めくると思いの外アッサリと教えてくれる。
トーマスとメリーヌ、そしてサトルの食事を運んできていた侍女は普通に勤務中。
ちなみにトーマスは、サトル誘拐事件の後始末に奔走しているらしい。
そして国王も勤務中。
ただ王女は何やら傷心し、部屋に篭っているそうだ。
「……なんとなく、最後のであっちの僕がどんな状態ってことになってるか分かりました」
「あっちゃ〜、分かっちゃったか」
要するに、偽物のサトルは重傷で寝込んでいる、というような扱いになっているのだろう。
無事に帰ってきていたなら、部屋に篭るほど王女が心に傷を負うはずがない。
「本物の君が戻ってきてから、もうずっと部屋から出てきてないらしいよ。もう君が会いに行ってあげればいいんじゃない?」
「行っていいなら行きますけど?」
「はは、冗談さ」
「ですよねぇ……」
深く溜め息を吐くフリをするサトルをカラカラと笑う騎士団長。
とりあえず、国民に危害を加えたり騎士団と敵対するつもりは今のところない、という事だけは伝わってくれたおかげか、アストガルムがかなりゆるく対応してくれるようになったのは収穫だ。
もちろん油断はしていないだろうが、これからの作戦の成功率が少しは高くなるかもしれない。
「それじゃ、聞きたいことも聞けたしぼちぼち移動しようか」
「……そうですね。そろそろ時間でしょうし」
「ん?時間って何の——」
突如、天井が爆発した。
一瞬呆けた顔になった騎士団長だったが、すぐに意識を切り替え剣を構えたのは流石というべきか。
しかし、その隙は同レベルの強者相手には致命的である。
立ち込める粉塵の中から不意に飛び出した剣撃を腹に受けたアストガルムは、背後の鉄扉まで吹き飛ばされていった。
「よう、元気そうだな」
剣で肩をトントン叩きながら姿を現したのは、もちろんエリックだ。
「割と好待遇だったので」
「そりゃ良かった。んじゃ、動くなよ」
キンッという軽やかな共に鎖が床に落ちる。
次いで手錠や足の拘束も斬ってもらったサトルは、勢いよく立ち上がると体の凝りをほぐすようにグッと伸びをした。
「じゃあ急いで逃げましょうか」
「……そうだな。サトルは先に行け」
「え?エリックさんは逃げないんですか?」
「あれ見て逃げられると思うか?」
「…………うわぁ」
エリックの視線の先、扉の方向から濃密な殺気が押し寄せてくる。
周囲の空間が折り曲がって見えるほどのプレッシャー。
あの霧の森で偽物と戦った時に向けられたものと比べれば、周囲の物体はほとんど被害を受けていないが、本能的に感じる恐怖はあの時以上だ。
「じゃ、じゃあお先に」
顔を引き攣らせ、さっさと退散しようと背を向けた直後、二体の化け物がぶつかり合う音が地下室中に響き渡る。
更に顔を引き攣らせたサトルは上の階に土魔法と風魔法を重ねて放ち、急造の煙幕を張った後に身体強化魔法を発動。
そのまま跳び上がり地上へと——
「……あれ?」
行けなかった。
咄嗟に手を伸ばしたが上階の床にはギリギリ届かず、敢えなく地下に落下する。
そういえば今日は調子が悪ったのだ。
仕方なく岩の階段を作り出し、
「うえぇ!?ヘブラッ!」
——る前に階段がボロッと崩れ、今度は顔面から地下に落下した。
「何遊んでんだサトル!さっさと逃げろ!」
「いや……え?なんか…………おかしいよな……これ」
背後から飛んできた怒号にせっつかれるが、その声は混乱の最中にある今のサトルに届かない。
試しにもう一度岩の階段を作り出し、足を乗せる。
すると、先程の結果を繰り返すようにすぐに崩れ落ちてしまった。
「…………まさか」
右手に炎の球を浮かべ、そっと触る。
するとほんの僅かに熱さを感じたが、皮膚が焼け爛れるような熱さも、なんなら火傷をするような比較的軽い痛みすら感じなかった。
「……………………まじかぁ」
それは、その結果は、サトルにある重大な事実を突きつけている。
出来れば気付きたくなかった真実を。
「……エリックさん!」
「んぁあ!?どうした!」
「一回戦いをやめてください!アストガルムさんも!」
「何言ってんだお前!」
「やめるわけないよね?」
「あーもう!ファイヤーブラスト!」
鍔迫り合いを続ける二人に向けて巨大な火炎を撃ち放つ。
それは彼らにとって大した攻撃では無い。
しかし、今戦っている相手が相手なだけに受けるのも防ぐのも隙を晒す自殺行為だ。
結果、二人は戦いを中断し、お互いに大きく飛び退った。
「急に何すんだゴラァ!?」
「いいからこれ見ててください。ファイヤーボール」
癇癪を起こすエリックに全く動じないまま、炎の球を右手に浮かべるサトル。
そしてそれを躊躇なく己の左手にぶつけた。
「……何やってんだお前」
エリックの目が白けたものになった。
遠くからこちらを窺っている騎士団長の頭にも、心なしかハテナマークが浮かんでいるように見える。
「今の、僕が痛みを感じているように見えましたか?」
「見えなかったが、それがどうし……いや、は?マジか?」
「マジです。それに、ほら」
足元に岩の段差を作り出し、裸足で軽く踏む。
するとそれは、ポロッと簡単に砕け散ってしまった。
無言で砕けた岩を見つめる賢者と近衛騎士。
この現象が起こるという事はつまり、サトルに今まで無かった魔法抵抗が急に発現したということ。
その原因は、今の『偽物として国から追われている』という状況を考慮するとすぐにアテがついた。
「………………とりあえず、僕は偽物のようです」
「…………ってこたぁ、たぶん俺もだよなぁ」
重い沈黙が訪れる。
その後、こちらの様子を察した騎士団長にほんのりと同情的な視線を向けられながら、二人は大人しく投降したのだった。
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