第17話 偽物と洗脳

街の北端にある小さな廃屋。

周囲の家の影にひっそりと立っているその家の中で、サトルは仰向けに倒れていた。


「……追手もいねぇ。ここまで来りゃあ大丈夫か」


「魔力が……頭痛が…………」


「まあしばらく休んどけ」


鎧戸を少し開け周囲を確認していたエリックは、顔から血の気が引いているサトルに上着を放り投げると扉の前であぐらをかく。


あの後、流石にこの勢いで落ちるのはヤバいという事で、とりあえず落下の勢いを弱める事になった。

当初は風魔法を真上に放ち、サトル自身が全身で受け止めて勢いを殺そうとしたのだが、まったく効果を感じられず。

最終的にサトルが全魔力と引き換えに落下地点に巨大な岩塊を作り出し、それをクッション代わりに2人はなんとか生還したのだった。


「いやー、ありゃあお前がいなかったらやばかった。おつかれさん」


「……ちなみに僕がいなかったらどうしてました?」


「うん?まあ普通に着地するしかなかっただろうな。もしかしたら足の一本くらい折れてたかもしれねぇ」


「骨折で済むんですね……」


この世界には化け物しかいないのか。

それとも自分の周りが人外魔境なだけなのか……後者だといいなぁ、と遠い目をしたサトルはそんな事を考えていても仕方がないと、直ぐに意識を切り替える。


「とりあえずこれからどうするか、だな」


「そうですね。まずは偽物を倒しに……いやでも先に僕達が本物だと証明する方法を見つけないといけませんよね」


「だな。じゃねぇと偽物をぶっ飛ばしても一生追い回されるハメになる」


流石にそれは勘弁願いたい所である。

いつか異世界を旅して回ってみたいとは思っているが、放浪と逃亡では難易度や労力がだいぶ変わってしまう。


「うーん……ステータスを見せるとか」


「さっき見せる前に攻撃されたんだが」


「血の気多すぎません?」


そうツッコミつつも、内心は複雑だった。

一切取り合ってもらえなかったという事は、自分達がそれほどの脅威として警戒されている事を示している。

つまり、今の状況で王女やトーマスに会うと確実に敵視されるのだ。

まだ出会って数日とはいえ親近感の湧いてきていた彼らにそんな反応をされるのは中々にくるものがある。

まあ今は割り切るしか無いが。


「もっとこう、ぱっと見で分かる方法がありませんかね」


「難しいな……そういえばお前の体質はどうだ?お前の個性みたいなもんだろ?」


「あー……いやでも、あれはあれで傍から見ても分かりにくいじゃないですか」


魔法耐性が無いという被召喚者サトル特有の体質。

確かにサトルの本人証明になり得るものではあるが、どのようにそれを証明するかが問題なのだ。

なにしろ、痛みというのは直接他人と共有する事ができない。

体の一部を焦げるまで炙ったり、土魔法を腕にぶつけて盛大に骨折すれば一目で分かるだろうが、流石にそれは最終手段にしておきたいところだ。


「それもそうか。んじゃまあ、話聞いてくれそうな奴を探してステータスを見せるってことでいいか?」


「ちなみに話を聞いてくれそうな人にあてはあるんですか?」


「無い」


「ですよね」


最初に接触する人物の条件は、サトル賢者の存在を認知している事と、偽物と断定されているこちらの話を聞いてくれるほど懐が大きい事だ。

しかしサトルがこれまでこの世界で出会った者たちは、得てしてどこか殺伐としているのである。


「あ、メレーヌ先生はどうですか?」


「ババアか?やめとけやめとけ、アイツ頑固だし敵に対してマジで容赦ねぇから」


「いやいや、流石にそんな——」


「見た目と雰囲気に騙され無い方がいいな。あのババア、速攻でタマ狙ってくるぞ」


「……冗談ですよね?」


「いやガチだ。ちなみに素手な」


「魔法使いですよねあの人!?」


ここが魔法が役に立たない世界である以上、魔法使いが魔法以外にある程度自衛手段を持っているというのは理解できるが、まさか徒手空拳ステゴロとは。

棒術とかならまだ分かるのに……となんとも言えない表情を浮かべるサトルに、扉に寄りかかりながらエリックが口を開いた。


「そういえば、俺の偽物ってどんな感じだったんだ?」


「きゅ、急ですね……正直、あんまり笑わないだけでほとんど本物と変わらなかったんです。あ、でも最後の方は今以上にガラの悪いエリックさんって感じでした」


「なるほど……おい、今以上にって何だ。元がガラ悪いみたいな言い方するんじゃねぇよ」


「ガラ悪いでしょうに。いつも人が苦しんでるところ見て爆笑してるじゃないですか」


「間違ってねぇけど言い方な?俺はお前の成長が嬉しくて笑ってるんだよ」


「ハハッ、面白い冗談ですね」


エリックの言葉を鼻で笑うサトル。

妄言だと切って捨てるそのあまりの速度に、エリックのこめかみにゴリッと血管が浮かび上がった。


「そういえば僕を見つけた時に僕が倒した偽物ヤツもいましたよね?どんな感じでした?」


「お前も急だなぁおい。そうだな…………んー、あんまり覚えてねぇや」


「エリックさん……まだそんな年じゃないでしょうに……」


「いや、なんか俺に似た感じの奴が倒れてたのは覚えてるんだが……まあ場所が場所だったしな」


「確かに、あんな所で死体調査する余裕なんてありませんよね」


「気になる事でもあったのか?」


「ええ、まあ……」


言葉を濁そうとするサトルにエリックが目を吊り上げる。


「おい、匂わせといて誤魔化すとか一番気になるやつじゃねぇか」


「いや、気のせいかもしれないので——」


「話せ」


「はい」


気分が少し楽になったためゆっくりと体を起こす。

そのままエリックと同じようにあぐらをかいたサトルは、渋々話を始めた。


「気になっているというか、引っ掛かっている事なんですけど……そもそもあの偽物って何だったんでしょうか」


「……どういう事だ?」


レベルが変動していなかった事も含めて、サトルの中でその疑問はずっと引っかかっていた。


「実は森の中で少しだけ偽物と話したんですが、その時に『国王に命令された』って言っていたんです」


「お前まさか——」


「いやいや!別に王様が黒幕だなんて思ってませんよ!……でもあの時、偽物が嘘をついているようにはどうしても見えなかったんですよね。わざわざ嘘をつくような状況でもありませんでしたし」


「……となると、偽物の思い込み…………いや、思い込まされてた・・・・・・・・ってとこか」


思案顔になったエリックの呟きに頷いて見せる。


「いざという時の情報隠蔽ってところでしょうね。それで、そんな工作がされてたって事は、ついでに偽物に『自分は本物だ』って思い込ませてたと思うんです」


「……人格を塗り潰しちまうレベルの洗脳だと?んなもん聞いたことがねぇぞ。流石に考えすぎだろ」


「まあ確かにそうかもしれませんけど……あの偽物、エリックさんと癖が同じだったんですよ」


「癖?」


「エリックさんって、僕にとどめを刺す時にいつもこう、頭を狙って打ち込んでくるじゃないですか」


右手を手刀の形にして振り上げ、真っ直ぐ自分の頭にコツンと振り下ろすようなジェスチャーをするサトルに、しばらく何かを思い起こすように沈黙していたエリックはハッとした顔になった。


「……マジだ。よく気づいたな」


「ちなみにあれって癖なんですか?」


「まあ癖っちゃ癖なんだろうな…………………油断しまくってる時の」


「マジで一生根に持ちますからね?……話を戻しますが、偽物もとどめを狙ってきた時は毎回上から頭を狙って振り下ろしてきていたんですよ」


「そういや俺が魔法で守った時もそうだったな…………出鱈目ってわけでもなさそうか……」


腕を組みウンウン唸っていたエリックは、目を開くと困ったような表情を浮かべる。


「しっかしやばくないか?偽物を洗脳した奴は、俺のお前に対する癖まで知ってるんだろ?ってこたぁ……」


「……情報を流した裏切り者、それか黒幕本人が僕達の身近にいたって事になりますね」


ここに来てその可能性に考え至った2人は、揃って頭を抱えた。

なにせ、その事を考慮するとこれからの方針が百八十度変わってしまうからだ。


「敵が近くにいた以上、僕達の事を明かせるのはこれまで僕と接点が無かった人で、立場的に敵側の可能性が低い人なんですが……」


「…………んなもん、アイツだけだよなぁ」


「やっぱりあの金色の人ですか?」


2人が思い浮かべるのは先ほど自分達を空高くまで打ち上げた金鎧の人物。

ただの一振りで筋骨隆々の成人男性とそこそこ筋肉のついた男子高校生を遥か上空まで飛ばしてみせたあの者は、どう考えても他とは一線を画していた。


「ああ。俺のダチで騎士団長だ。ついでにこの国の最大戦力だな」


「それなら確かに敵側ではなさそうですね。後は話さえ聞いてもらえれば……」


「そこなんだよなぁ」


こちらの話を一切に聞いてくれなかったというその人物をどう説得するか。

またも頭を抱えるエリックを前に、腕を組み床を睨みつけながらなにやら熟考していたサトルは、一度大きく深呼吸をすると腹を決めた。


「……ちなみにもしエリックさんが戦ったら勝てますか?」


「そうだな………まあ邪魔がなけりゃあ負けはしねぇよ」


悩み顔から一転し、不敵に笑うエリック。その不安を払拭する笑みに、サトルは満足気に頷く。


「なら大丈夫そうですね」


「ん?何か思いついたのか?」


「はい。まあ上手くいくかは分かりませんが、とりあえず——」


端的に作戦内容を説明する。

サトル自身も突拍子のないものだとは思っていたが、驚きで一時停止したエリックの顔は実に見ものだった。



◇◇◇



王城の中。とある部屋の扉の前にて、背に漆黒の巨斧を背負い、頭を除いた全身を銀の鎧で覆った男が腕を組み仁王立ちしている。


「戦斧か。それを使うなんて珍しいね」


近寄り難い雰囲気を醸し出しているその男に軽い調子で声をかけたのは、金の装飾が施された兜を脇に抱えた金髪金眼の優男、テレーゼ王国騎士団の団長であるハームロック・アストガルムだ。


「まぁな。それでどうしたんだ急に」


「いや、ちょっと情報共有にね……さっき偽物と接触した」


「っ……!」


「その時軽く戦ったんだけどさ、なーんか君から聞いてたより強いっていうか……エリック本人と戦ってるみたいだったんだよね」


「……向こうも俺と同じレベル……それに中身も似てる・・・・・・ってことか?


「そうそう、念のため気をつけといてね。あと、その偽物と一緒に男の子が動いてたんだけど」


「…………賢者様の偽物か」


渋い表情になったエリックは、何かを考え込むように目を瞑る。


「だろうね。ちなみに賢者様はどのくらい強いの?」


「戦闘力はそこまで高くねぇ。ただ土壇場での頭の切れがかなり良いからな、舐めてると嵌められるぞ」


「なるほどね、気をつけとくよ」


知りたい情報は知れた、と満足げな表情でその場を去ろうとしたアストガルムは、ふと振り返った。


「ところでさ……君は本物だよね?」


微笑を浮かべる騎士団長。しかしその目は一切笑っておらず、品定めするようにエリックの目をジッと見つめている。


「…………何言ってんだ、お前なら分かるだろうが」


金の瞳と銀の瞳が静かにせめぎ合う。

やがて金眼は銀の光の奥へ奥へと呑まれていき——


「うん、気のせいだったね……君は本物だ」


そう小さく呟いたアストガルムは、今度こそ振り返る事なくその場を去っていった。


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