第16話 vs国家権力

「それで、これからどうするんですか?」


黙っていては何も始まらないと、一先ず沈黙を破ったサトルに、エリックは何やら一度頷くとスッとサトルの手元を指差した。


「とりあえずそれ食え。そんで今の調子でも確かめとけ」


「あ、はい」


正直食欲など全く無い、というか正確には先程の話を聞き綺麗さっぱり無くなったが、腹が減っては何とやらとも言うので大人しく先程から持て余していた紙袋を漁る。

中には黒っぽいパンが二つと広口の瓶に詰められた牛乳が雑に詰め込まれていた。


牛乳に浸してもなお岩のように硬いパンをなんとか噛みちぎり、細かく噛み砕けないため仕方なく塊ごと嚥下えんげし始めたサトルを一瞥すると、エリックは立ち上がる。


「俺は今から同僚に接触しに行く。まあこっちの話を信じてもらえるかは分からんがな」


「……それ、大丈夫なんですか?」


「なぁに、何とかなるだろ」


ワハハと空笑いし、話くらいは聞いてもらえるんじゃねぇかな、とうそぶくエリックは後ろ手にヒラヒラと手を振りながら部屋を後にした。


それを微妙な表情で見送ったサトルは、残りのパンを腹に突っ込むとベッド脇に置かれていた麻布の靴下と革製のしっかりとした造りの靴を履く。


とりあえず特に体に不調は無かった。逃走中に体のあちこちを木々や草木に傷付けられていたはずなのだが、それらも全て完璧に治っている。おそらくエリックがなんらかの処置をしてくれたのであろう。


あの地獄のような逃走劇の後にしては筋肉痛すらない事に小首を傾げながらも、思考を本題に移す。


あの時サトルは確かに偽物を撃破した。エリックの偽物が近くで死んでいた、という台詞からもそれは間違いない。

そしてこの世界ではより強い敵を倒すことが出来れば、比例してレベルの伸びも良くなる。

つまるところ、超格上殺しジャイアント・キリングを達成したサトルのレベルは大幅に上がっているはずなのである。


「5……いや、10は上がっててほしいっ!」


あんなに頑張ったんだしそのくらい期待するのは悪い事では無いはずだ、と希望を胸に膨らませるサトルは、満を持してステータスを呼び出し———愕然とした。



――――――――――――――――――――――――――――――

伊藤 聡     Lv:28

適性職業:賢者

生命力:155

魔力 :265

攻撃力:140

耐久力:143

精神力:155

持久力:150

敏捷性:145

能力:翻訳LvMAX・火魔法Lv5・水魔法Lv6・風魔法Lv8・土魔法Lv9・雷魔法Lv1・光魔法Lv1・闇魔法Lv1・結界魔法Lv2・瞬間記憶Lv7・思考加速Lv6・格上殺しジャイアント・キリングLv3・速読Lv4・暗記Lv6・軽業Lv4

――――――――――――――――――――――――――――――



確かに随分と成長している。しかしそれは、訓練が始まった頃に比べての話だ。

森での訓練を終えた時のサトルのレベルは28。そして今のレベルも28。技能スキルのレベルすらも上がっておらず、まるで時が止まったかのようにステータスボードの値は変動していなかった。


「え……ドユコト?」


悲しさより先に疑問が押し寄せる。

まさかあの偽物を倒せていない、という訳ではないだろうし、そもそもサトルは運動すればレベルが上がる肉体派賢者である。

あのレベルの逃走運動をした上であれほどの強敵を倒せば、これまでの経験則的に確実に1レベルは上昇しているはずなのだ。


これはおかしい。有り得ない。これではまるであの戦いが嘘だったかのようではないか。

寝起きで碌にまとまらない頭を何とか制御し思考を回す。


何故レベルが止まった?倒したのが人間同族だったから?

いや、むかし大量虐殺でレベル90台まで登り詰めた猟奇殺人犯がいた、という文献を読んだ事がある。人間を倒してもレベルは上がるはずだ。


ではまさか『賢者』のレベルアップ条件を見誤っていたのだろうか?可能性が無いわけではないが、これまで順調にレベルアップして来れたのだから流石に違うだろう。


これな訳がないそれもあり得ない、ああでもあれはあるかもしれない、という風に必死に頭を捻りこの問題の原因を探るサトルが、迷走に迷走を重ねて最終的にこれまでの全てが夢オチである可能性について考えていた頃。

椅子に座り考える人の様な体勢になった賢者の正面の窓が、突然バカァンッ!と吹き飛んだ。


「サトル!ずらかるぞ!」


「へっ!?何でですか!?」


窓を蹴破って外から飛び込んできたエリックは素早くサトルを背に背負うと、反対側の壁を器用に三角形に切り抜くと外界へ躍り出る。


「普通に信じてもらえなかった!」


「何とかなるって言ってたじゃないですかぁ!」


「ワッハッハッハ!」


豪快な笑いで誤魔化そうと試みる騎士が薄暗い路地裏を駆け抜けると、その背後にヒュンヒュンと矢やら短剣やらが雨あられと降り注ぎ石畳に突き刺さっていく。


その光景にビビりながら慌ててオールガードを発動し、頭上にかざしたサトルはふと後ろを向き——目を剥いた。


「何ですかあれ!?」


「騎士団の犬だ!」


5メートルほど後方を地面に乱立する刃物類にまったく怯まず綺麗に避けながら追走してくる2匹の白毛の『犬』。サイズ的には大型犬で見た目は完全にラブラドール・レトリバーだ。……額から真っ白なツノが生えてさえいなければ。


「犬というか一角獣ユニコーンじゃ……?」


「んなこたぁ今はどうでもいいんだよ!しっかり掴まれ!」


「は、はい!」


右腕は魔法を使っているため塞がっている。よって余った左腕をエリックの首に回し、体を固定するように力の限り締め付ける。


「おいその掴まり方は悪意あるだろ」


「良いじゃないですか。どうせ苦しくないんでしょう?」


「……まあいい。跳ぶぞ!」


「はい!」


一瞬体を沈ませた騎士は、次の瞬間空へと跳び上がった。

そのまま近くの傾斜のきつい切妻屋根の棟の上に着地すると、抜剣しながら同じ棟の上に立っている西洋甲冑姿の男2人に一瞬で接近し、二閃。


剣の腹で兜をぶっ叩き、そのあまりの衝撃にぐらついた所でダメ押しとばかりにケツを蹴り飛ばし路地裏に落とす。

流れるような動作で障害物を排除したエリックは、またも跳躍し別の屋根に降り立つと同じような事を繰り返しながら道を切り開いていく。


が、しかし——


「…………これキリがねぇな」


「まだまだ増えてますよ」


周囲の屋根は抜剣した甲冑達で埋め尽くされている。

その上、遠くの屋根も続々と彼等に占領されていっている様子だ。


「もう諦めて投降したほうがいいんじゃないですか?」


「何腑抜けたこと言ってんだ。ここまでやって諦めんのは違ぇだろ」


「いやそんな事言ってる場合じゃないですって」


「——そんな所まで似ているんだね。君は」



前触れもなく、背後から穏やかな声が聞こえた。

慌てて後ろを向くと、金色の鎧が視界の隅に映ったのと同時に鮮烈な白光が閃き、間を開けず轟音が体を揺らす。


少しの間ギュッと目を瞑り、突然の閃光に眩んだ目を回復させたサトルはうっすらと目を開き――すぐに限界まで見開いた。


「はぁぁぁあああ!?」


サトル達の現在地は目測で大体ヘリと同じくらい上空約600メートル

下には綺麗な円の城壁に囲まれた街並みが視界いっぱいに広がっている。


「すまん!何とか受けれたんだがな!飛ばされちまった!」


「誰ですか今の!?」


「俺のダチだ!」


「友達まで化け物ですね!?」


城よりも高く飛んでいるため、周囲に遮蔽物はない。

斜め上方向に飛ばされている事も相まって凍りそうなほどに冷えた風が吹き荒れる中、風音に負けないように大声で話す賢者と騎士は割と冷静だった。


「で!これどうするんですか!?」


「…………何とかするぞ!」


「お任せします!」


「いやお前も手伝え!」


「この状況で僕に何が出来ると!?」


上昇し切った事で緩やかに下方へ加速し始めた2人は、ギャースカギャースカ言い合いながら落下していくのだった。



◇◇◇



「……失敗したなぁ。逃げられちゃった」


2人を空の旅へ強制発射した金鎧の騎士は、パチンッと納剣すると崩壊した空き家の瓦礫を足場に別の家屋の上に飛び乗る。


「団長。我々は死体の回収に——」


「いやいや、あのくらいじゃ死なないよ。それよりエリック団長に連絡を取ってくれないかな?すぐに向かうって」


「は!」


一礼し去っていく部下を眺めながら、金鎧は小さくため息をつく。


「偽物は上級騎士程度だって聞いてたんだけど……あれどう考えても本物と同じレベルだよね」


想起するのは少し前のこと。

金鎧の放った不意打ちかつ加減無しの攻撃を完璧に防いでみせた時のあの男のどこか飄々とした目。

あの目は、どんな高い壁も鼻歌混じりにぶち壊していく者の目だ。

もっと具体的に言うと金鎧の友人の目とまったく同じである。


「強さも性格もだいたい同じかぁ……うわ、嫌な予感しかしない」


思わず天を仰ぐ。

思考回路が単純なのにも関わらず、常にこちらの予想の斜め上を飛び越えていくあの男を捕まえられるほど、今のこちらに余裕は無い。

かといって、放置するとそれこそ取り返しのつかない事態になりかねない。


「せめて向こうの目的が分かればなぁ……そういえば何で僕の所に来たんだろ?なんか話したそうだったような……?」


一握りの疑問を抱えながら、金鎧は部下達に指示を出し始めるのだった。


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