第9話 強さの訳は

泥鼠どろねずみ

知能がかなり低く、己より強い相手にも突っ込んでいくため、遭遇した際は格上の動物から逃げている事が多い。

なお、複数の敵に囲まれた際は大幅に筋力が上がる。原理は不明


このデータを見た時、聡の感想は「なんだこのマッチポンプ窮鼠」というとても軽いものだった。

だが実際に戦った後だから分かる。


「あの鼠マジでクソじゃねぇか!」


「おーおー荒れてるなぁ」


溜まりに溜まったフラストレーションを発散するようにダンッ!と地面を蹴る聡を木の上から見下ろしながら面白そうに笑うエリック。


それも仕方ない。なんと先程のネズミ、自分を追ってきた4匹・・の巨大リスをまるっと聡に押し付け、自分はこっそりどこかへ逃げて行ったのだ。


結果、四方八方から飛んでくる拳大のドングリのような木の実を必死で防ぎ、逸らし、回避しながら木々の間を高速で移動するリスを倒す事態になったのである。

最終的にはエリックが2匹間引いてくれた事と動きのパターンに気付いた事で倒せたが、かなりの魔力を消費してしまっていた。


「その調子なら大丈夫そうだな。お、次来るぞ」


「休憩時間っ!」


もうちょい休ませて!という聡の叫びは無言の笑みで却下される。

それにより悲壮な表情になった聡がふと振り向くと、目前には目をギラギラと光らせる灰色の兎が。


「あ」


「キュイィィィィィ……キュイッ」


「ロックウォール!!」


それからしばらくの間、深緑の森には悲鳴混じりの詠唱が高頻度で木霊するのだった。



◇◇◇



「美味い……!」


「だろ?」


夕暮れ時の森の中。

木々が少し開けた場所を見つけた2人は、そこにテントを張り野営を行っていた。

夕食は聡が昼に狩り、エリックがこっそり下処理していた灰被兎のもも肉だ。

木の枝に刺し焚き火でじっくりと炙ったそれに軽く塩を振りかけてかぶり付くと、途端に大量の肉汁が溢れ出してくる。

その場の雰囲気によって美味さがブーストされているそれを夢中で貪る聡を、焚き火に薪を突っ込みながら暖かい目で見守っていたエリックがふと口を開いた。


「そういやお前に聞きたかったんだが……なんでそんなに強いんだ・・・・?」


「はい?」


突然の質問。自分より遥かに強い男から何故か強さの理由を尋ねられた聡は、これも訓練の一環なのかと思わず身構える。

そんな聡の様子からエリックは何かに気づき、小さく笑いながら手に持った肉の刺さった小枝を横に振った。


「そっちの強さじゃねぇよ。いやそっちでもそのレベルにしてはわりかしつえぇけどな?俺が聞いてんのはココ・・の話だ」


そう言ってトントンと自分の左胸を親指で叩くエリック。


「お前ってさ、よく知らん世界に無理矢理呼ばれて変な奴らに囲まれて、その上わけ分からん奴を殺してくれって頼まれてんだろ?」


「言い方……いやまあ確かにそうですね」


多少口は荒いが正鵠は射ているエリックの言葉に、微妙な顔になりながらも聡は肯定する。


「たぶんな、若い頃の俺ならそんなクソみたいな事になったら全部突っぱねて逃げてる。そいつらがそもそも怪しいし、知らねぇ奴らんためにタマ張るなんざまっぴらごめんだからよ」


誰でも戦争の道具にはされたくない。

それは今の聡よりも強く、場数も踏んでいたであろう若い頃のエリックでも変わらない。


「そんで気になったってわけだ。サトル、お前は何でこんな状況を受け入れられてんだ?ここ数日見てたが、別に頭が花畑ってわけでもねぇし、正義感がそこまで強いようにも見えねぇ。それに状況判断がはえぇし対処もそこそこ正確だ。戦い以外の場面とこでもな」


「……」


よく見ている、というよりそこまで高く評価されていたのかと驚く聡。

何となく、彼が自分の護衛兼訓練指導を任された理由が分かった気がした。


「お前に何か魔王をぶっ倒すこと以外に目的があるってんならまだ分かる。だが姫さんとの話を考えるとそれも無さそうだ」


「……まさかアレ聞かれてたんですか?」


「姫さんをお前の部屋まで護衛したの、俺だったからな」


「なんて事を……っ!」


文明のレベルに比例した部屋の防音性能に崩れ落ちる聡。

あのやけっぱちな説教を第三者、しかもこの世界で最も親しいと言っても過言ではない者に丸々聞かれていたという事実に、思わず地面を転がり回りたくなる。


しかし、そんな事を出来る雰囲気ではない。

いつもケラケラ笑っているあのエリックが、見たことがないほどシリアスな空気を醸し出しているのだ。

ここは真面目に答えなければ明日地獄を見る羽目になるかもしれない、という考えに至った聡は、即座に立ち上がり椅子代わりの木の幹に座り直す。

そして少し考え、答えた。


「戦って、必ず魔王を倒すと約束をしたから、ですかね」


「……」


無言で続きを促すエリック。


「昔、僕がまだ小さかった頃に保育園……子供を預かって世話をする場所の先生に言われたんです。一度言ったことをすぐに曲げるような奴はいざという時も自分を曲げてしまう。格好悪ダサい男になりたくなかったら、一度した約束は死んでも守れって」


一度落ち着き唇を舐める。

そして今まで焚き火に向けていた視線を、その奥に座っている男の目に合わせた。


「確かに今の状況を完全に受け入れていられるほど僕はお人好しじゃない。戦いたくなんてないし、こんな所で死にたくもないです。それに多少良心が痛むかもしれませんが、実際この世界の人達なんて見捨てようと思えば見捨てられます。僕はよくある物語の主人公みたいな聖人じゃない」


でも、と聡は言葉を続ける。


「そんな僕でも、貫きたい意地はあるんです。他人に失望されるのはいい、馬鹿にされるのも無視できる。ただ、これまで曲げずに突き進んできた生き方を、先が見えないなんて理由で曲げて自分自身に・・・・・失望するのだけは我慢できないんです」


「……なるほどな」


パチパチと炎が爆ぜる。

すっかり日が沈み、薄暗くなった森の中に暫しの間沈黙が漂った。


「と、かっこよく言ってみましたが実際は少し違うんです」


「……あ?」


突如静寂を破った聡の言葉に頭に?を浮かべるエリック。

そんな彼にヘヘッと笑いかけながら、聡は暴露し始めた。


「さっきの話、大体は本音なんですけど一つだけ嘘ついてまして……僕、別に貫きたい意地なんて無いんです」


「サトル、おまっ……なんて所で嘘こいてんだ!?ってかそこが嘘ってんなら俺の質問にまるっきり答えてねぇじゃねぇか!」


まさかの大暴露に思わず怒鳴り散らすエリック。


「いやそれが全部が全部嘘ってわけでもなくて……言っちゃえば、僕にあるのは貫きたい意地じゃなくて貫かないと・・・・・いけない・・・・意地なんですよね」


ハァ?っと極道のような顔になった近衛騎士に苦笑しながら聡は話を続ける。


「幼い頃に約束を死んでも守れって言われた話はしたじゃないですか。多分その時に、心のすごく深い所に『約束は絶対に守らなきゃいけない』っていう考えが根付いてしまったらしくて……約束をしたら積極的に守りに行かないと身体が拒否反応を起こすようになったんですよね」


「……ん?ならもし約束破ったらどうなるんだ?」


「一回それを試そうとしたら、めっちゃ吐いて気絶しかけました」


「お前大丈夫なのかそれ!?」


「どちらかと言うと大丈夫じゃないです」


アハハッと軽く笑う聡。

しかしその顔は、あまりの書類の量に諦観の極致に至った時の文官達のソレに似ていて――


「……片っ端から焼いてやるから、今日は好きなだけ食えよ」


「ありがとうございます!」


とりあえず謎に重いこの空気をどうにかしよう。そう判断したエリックは、追加の肉を取りに席を立つのだった。




そしてその後は


「ってかお前、据え膳食わねば男の恥だろうが。何説教してんだよ」


「状況的に無理ですよ!そんな事したらただのクソ野郎になるじゃないですか!?というかアレ据え膳じゃなかったですし!」


「いやいや最初から姫さんの考えは分かってたんだろ?ワザとその方向に持って行かなかったってこたぁ……さてはお前、女を知らねぇな?」


「ハァ!?ち、違いますし!」


「まあまあ無理すんな。今度良い店紹介してやるから」


「……マジですか」


至って健全な男子高校生的会話で盛り上がったという。

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