第10話 近衛の覚悟

すべての生物が死に絶えたかのように静かな夜。

見張りとして周囲を警戒するエリックは、何の気なしに火を枝でつつきながら考える。


(こいつ、自分の生き方を曲げられないってのは間違ってねぇんだろうが……曲げたくねぇってのも嘘じゃねぇな)


視線の先には、地面敷いた布の上でその疲労から深い眠りに落ちている少年がいる。


これまで数多の猛者達と渡り合ってきたエリックの、嘘を看破する能力は並外れており、精々十数年しか生きていない少年の嘘を見抜く程度の事なら意識していなくても簡単だ。

そんな彼が聡の嘘に気づかないはずがない。

それでも虚をつかれたという事はつまり、聡の語っていた『自分を曲げたくない』という言葉は全て本当だったという事だ。


(まあ自分じゃ気づいてないのかもしれないが)


自分の性分には気付いてるくせに、根っこの部分には気付いていない。

勘が鋭いのか鈍いのか、まったくもって判断しにくい少年である。


だが、歳のわりに気転が効くという事はまだ短い付き合いながらも分かっている。

自分の難儀な性質に辟易しているのだろうが、確約出来ないような約束は上手く工夫して避けていたのだろう。

ただ今回に限ってうっかり避けられなかったという所か。


(まじでムカつくな)


現状少年のその性質たちを都合よく利用している自分達に。


そもそもエリックは、というかこの国は勇者召喚の魔法陣を保有しながらもその行使に反対する立場だった。

もし勇者召喚それによって状況が良くなり、召喚された者も含めて誰も彼もが幸せになる事が確約されているのならいい。

しかしそんな都合の良い話、あるわけがないのだ。

伝承が正しいのなら状況は多少良くなるだろうが、必ず誰かがしっぺ返しを食らう。

そして、その矛先が高確率で召喚された張本人に向かうのは明白だった。


(最近降伏派とかいう臭い・・連中も増えてるらしいしな……保険、ねぇ)


おもむろに紫色の巻物を懐から取り出したエリックは、その封を開いて寝息を立てる聡に向ける。

そしてブツブツと何やら呟くと、巻物から濃紫の煙がユラユラと出現し聡の周囲を囲い始めた。


(あれもやっとくか)


完全に煙に飲み込まれた聡に右手を向ける。

するとその手の平に、蔦が絡まった盾のような紋様が中心に描かれた直径2mほどもある巨大な金色の魔法陣が浮かび上がった。


何かを思案するように暫し動きを止め、すぐにフッと口の端に小さな笑みを浮かべたエリックがまたも小声で何かを唱えると、それをトリガーとして魔法陣が柔らかく光り輝き始める。


「約束は最後まで守ってもらうからな……覚悟しろよ?」


静かにこぼれたその言葉は、果たして誰に言い聞かせているものなのか。

1人の男の覚悟と共に、夜は静かに更けていった。



◇◇◇



翌朝


「おい逃げんな!戦え!」


「いや無理ですよこれぇ!!」


木の幹を蹴り直角に曲がった聡のすぐ背後を。深緑色の巨大な何かが通り過ぎる。

鈍く輝く鱗を全身に纏ったその生物、この森の食物連鎖の頂点に君臨している深緑蛇は、何度も獲物を逃した事にイラついているのか八つ当たり気味に木をへし折りながら軌道を修正し、聡の背を再び追い始める。


「今止まったら絶対丸吞みされますって!」


「今朝教えた魔法ヤツ使えばいいだろ!」


「その魔法ごと呑まれますよね!?」


2〜3m横を木から木へと飛び移りながら追従するエリックは、聡のその言葉に呆れた表情を浮かべた。


「デカさ変えれるって言っただろうが」


「……そうでした」


冷や汗を垂らしながら反転し、手を前に構える。

足を止めた聡に待ってましたぁ!とばかりに大口開けて食らいつこうとした巨大蛇は、次の瞬間白い魔法陣に激突した。


「うわ凄っ」


顎が外れたのか、口を不自然なほど大きく開けたままのたうち回る深緑蛇の余波を少し縮めた魔法陣で防ぎながら思わずそう呟く聡。


古代魔法『オールガード』

遥か昔に栄えた超古代文明の遺跡の一つから発掘された石板に刻まれていた魔法であり、様々なものを防ぐ事が出来る。

魔法陣を思い浮かべるだけで発動するという謎技術ハイテクなこの魔法の強度は折り紙付きで、見ての通り巨大な蛇の突進を受けても砕け散る事はなかった。


「今のうちに仕留めといた方がいいぞ――ってどうした?」


近くに飛び降りてきたエリックは微妙な表情を浮かべている少年に声をかける。


「これ本当に攻撃できる古代魔法は見つかってないんですよね?」


「今の所はな」


「……ロックウォールクソが


吐き捨てる様な詠唱で土のジャンプ台を作り出し、飛び出していく賢者。


そう、この世界のあらゆる物質が持つ魔法抵抗とでもいうべき性質を無視できる・・・・・という夢のような特性を持ったこの古代魔法は、今の所一部例外(聡を召喚した魔法陣)を除いて結界系の魔法しか見つかっていないのだ。


世の中そう上手くはいかない。

異世界でも現実を見せつけられた聡は、一筋の涙を流しつつ、朝露の残る森の中を駆け始めた。


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