第8話 次のステップへ


あの夜の出来事から三日が経った。


「そこで下がるな!突っ込んでこい!」


「はい!」


檄を飛ばしてくるエリックに右手に持った剣を構え突進する聡。

気合と共に袈裟から斬り込むが、当然見切られているためエリックの鉄剣に軽々と上方へと弾かれる。

しかしそれを読んでいた聡は、弾かれる勢いに身を任せながら、左手をエリックに向け赤い魔法陣を映し出す。


「そんなもん効かね――っておぉ!?」


「ロックウォール!」


火魔法が来ると判断し、受けても問題ないと即決したエリックが前へ出た瞬間。

刹那を見切った聡の魔法陣が茶色へと変化し、次いでエリックが踏み込みかけた足先に岩の防壁が出現する。

信じられないほど勢いの篭っていたエリックの右足はそのまま岩壁を弾き飛ばしたが、虚をつかれたエリックは僅かに、しかし確実に体勢を崩した。


「ロックウォール!」


再度魔法発動。しかし発動地点は先程とは真逆の場所だ。

弾かれた勢いを背後に少し斜めに・・・隆起した岩の壁に逆手に持ち替えた剣を突き刺す事で殺し、それを引き抜きながら壁を蹴り上へ跳ぶ。


飛来する砕かれた岩の更に上を飛び越し、目前に迫るのはエリックの姿。

砕かれた岩が目隠しとして上手い具合に作用しているのか、向こうは聡が上へ跳んだのに気づいていない様子だ。

倒すやるなら今しかない。


剣を上へ振りかぶり、エリックの上を通過するタイミングで振り下ろ――


「今のは良かったな」


「え?」


エリックの剣がブレたかと思うと、カァンッという甲高い音が響き渡り、剣と剣が交差した。


エリックのニヤニヤとした笑みを見て、普通に動きがバレていたのだと聡が気づいた瞬間、エリックが剣を上へと押し上げる。


「おらよっと」


「っ!?へぶっ!ちょ、待っ――あ痛ぁっ!」


体勢を思いっきり崩され錐揉み気味に落下したが、なんとか受け身をとる事に成功。

しかし体を起こそうとした瞬間、パコーンと頭を剣の腹で引っ叩かれた聡は敢えなく地面に撃沈した。


「鉄でっ……頭っ……雑魚相手なんですから寸止めとかしてくださいよぉ!?」


「それ自分で言うか」


「……僕、根に持つタイプですからね」


「今は反撃ありだからな。あの後動けなかったお前が悪い」


「いやまあそうですけど……」


そう、三日前は反撃無し&右腕だけしか動かさないという縛りだらけのエリックに対して全く歯が立たなかった聡だったが、今では普通に動き反撃してくるエリックとそこそこの戦いを演じられるようになっていた。

まあ未だ一度も攻撃を当てることが出来ていないため、全く歯が立たないという点は変わっていないが。


もちろん、急にこれほど戦えるようになったのには訳がある。


「にしてもその魔法はやっぱずりぃな」


「でもこれ魔力消費結構激しいんですよ」


「それはレベル上げて魔力増やせばいいんだろ?」


「まあそうですけどね」


聡が剣を鞘に収め、右手を開くとそこには直径3cm程の小さな黄色い魔法陣が浮かび上がっていた。


これは身体強化魔法の魔法陣。

両手を自由に使えるよう手を閉じたり物を持ったりしても魔法陣が消滅しないように開発されたもので、『強化魔法』という少し特殊な分類に含まれる魔法だ。


その効果は名前の通り、継続的に魔力を消費する代わりに身体能力を大幅に向上させるというものであり、先程聡がまるで軽業師のように跳べたのもこの魔法によるものだったのである。


「そういやお前、何レベルになった?」


「えっと……18レベルです」


「流石に20は無理だったか……まあでも誤差だな。よし、やり方を変えるぞ」


「はい?」


剣を収め、ニヤッと笑ったエリックは懐から紙の束を取り出すと聡に手渡す。


「今日は終いだ。後でソレに目ぇ通しとけよ」


「深緑の森生態分布調査書……え、何するんですか?」


展開が読めず不安そうな聡に追加で緑色の筒を渡しながら、エリックは告げた。


「実地体験ってやつだ」



◇◇◇



この世界でレベルを上げる方法は主に2つある。

一つ目はその者の適正職業ごとに異なる行為を行う事で上がる『職業レベルアップ』と呼ばれるもの。

それは農民にとっては畑を耕すことであり、魔法使いにとっては魔法陣を記憶する事だ。


そしてもう一つ、この世界の誰もがレベルを上げる事ができ、職業レベルアップよりも効率がいいというそれは――


モンスター化け物を狩る事、ですか」


「いやモンスターじゃねぇ、ただの動物だ」


「僕の世界では人間を見て涎を垂らす三メートルくらいのウサギはもうモンスターなんですよ」


「んな大袈裟な……」


呆れた様子で聡を見るエリック。

その背後には白目を剥いた巨大な灰色のウサギが首から大量の血を流しながら横たわっている。


このウサギはその体色から灰被兎ハイカブリウサギと呼ばれており、今聡達のいる深緑の森では食物連鎖の底辺に含まれるという。


「実際、今のサトルなら大丈夫そうだろ?」


「昨日の紙にここの適正レベルは25だって書いてあったんですが?」


「……ほら来たぞ!やってみろ!」


「あーもう!!」


この世界ではまだそれほど危険度が高くないというこの森の、それも捕食される側があれなのだ。

さらにこの上のレベル、深緑の森という名前の元となったはいったいどれほどのものなのか。

想像よりも遥かに過酷だった異世界に、聡は早まった己を悔いつつも、こちらに突っ込んでくる黒いネズミに対処するため魔法陣を創り出すのだった。


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