第6話 賢者?の訓練

翌朝


「おら起きろ!」


「っ!?痛っっっ!?」


ズパァン!という音が部屋に響き渡り、次いでゴトッ!という何か硬い物が床に激突したような音が鳴った。


「何するんですか!?」


涙目で後頭部を押さえながら聡が起き上がれば、そこにはベッドのシーツをペイっとベッドの上に投げ戻すエリックの姿が。

テーブルクロス引きならぬベッドシーツ引きを敢行し、明らかに故意・・に失敗した様子の騎士様は悪びれる様子もなく肩を竦める。


「今日は朝から訓練するって言ってただろうが」


「いやでも起こすだけなら他にあったでしょ色々!というかまだ外真っ暗じゃないですか!」


「騎士にとっての朝は今くらいの時間なんだよ。いいから早く着替えろ」


どうやら何を言っても無駄らしい。

そう察した聡は、すごすごと机の上に着替えとして置かれていた服に着替え始める。

手触りはかなりゴワゴワしているがとても軽く、サイズもちょうどいい。

先ほどまで着ていた高校の制服の何倍も動きやすい服であった。


「脱いだヤツはそこの籠にいれとけばいい」


「分かりました。……それで、今から何をするんですか?」


準備が完了した聡は、まだ眠気の残る頭を軽く振りながら問いかける。

それに対しエリックはニヤッと口の両端を吊り上げると、囁くように声を発した。


「言っただろ?楽しい楽しい訓練だよ」



◇◇◇




「賢者様、お食事を――」


「あと二周!おら終わり見えたからって手ぇ抜いてんじゃねぇぞ!タラタラしてっとまた増やすぞ!」


「……っ!」


「返事は!」


「はいっ!」


聡の朝食を運んできた侍女の鼓膜が破れそうになるほど大きな怒声。

それにやけくそで返された声には、心なしか悲痛な叫びが混ざっている。

聡は今、先日魔法訓練をした訓練場の内周を走っていた。

一応高校では剣道部に所属しているため、一周二百メートルほどであろうこの場所を十周ほど走るぐらいなら苦しいが死にはしない。

しかし、百周以上走るとなると話が激変する。


「え、エリック様?」


「ん?ああサトルの朝飯か。そこら辺に置いといていいぞ、ご苦労さん」


「いえ、あの……賢者様は大丈夫なのですか?」


まるで末期の病人のようにゴッホゴッホと咳をしながらも足を止めない聡に、憐れむような視線を向ける侍女。

それに対しワハハと軽~く笑ってみせた近衛騎士は、腕を組み直して聡の方に向き直った。


「自前で水飲ませてるし、まあ死にはしないだろ」


「ほら、見てな」というエリックに従い聡に目を向けると、そのタイミングで瀕死の賢者が少し走る速度を緩めた。

そして彼は右手を上に向け、一瞬の間を置いて水色の魔法陣を出現させる。


「……ウォータボール」


そこからプクリと浮かび上がるサッカーボールサイズの水の球。

聡はそれを口元まで運ぶと器用に吸い込み始めた。


「あれほど疲弊しているのに走りながら……」


「それにアレ、賢者だからとかじゃないっぽいぞ」


その言葉に思わず息を呑む侍女を片目に、「どんだけ根性あるんだよ」と呟きながら苦笑いするエリック。


最後の一周ラスト終わったら適当に流して飯休憩な!気張れよ!」


「はい!」


檄を飛ばした瞬間明らかに威勢が良くなった返事に、侍女と共にまたもや苦笑しながら、エリックは鍛え甲斐のある少年が嬉しさのあまり速度を上げ始める姿を暖かな目で見守るのだった。




◇◇◇




朝食は多量ので根菜とほんの少しのハムを硬いパンで挟み、甘酸っぱい味付けがされたラストゥーユという名前の郷土料理だった。

地球のバゲットサンドに似たそれをペロリと平らげた聡は、侍女が帰った後エリックに一時間休憩していいとお許しを得たため、訓練場の地面に直接仰向けで寝転がっていた。


「だらしねぇなぁ、賢者様」


クックック、と笑うエリックに聡は少し拗ねたような表情を浮かべる。


「しょうがないじゃないですか。あれだけ走ったら普通倒れますって」


「まあズル・・もしてなかったからなぁ。一応見逃してやるつもりだったんだぞ?」


エリックの言っているズル・・とは身体強化の魔法の事だろう。

その効果は名前の通り、身体能力を強化するというものだ。


「いやまあ、最初はキツくなってきたら使ってみようとは思っていたんですが……途中で給水用の魔力が無くなるなって気づいちゃって……」


「それでか。お前まだ魔力少ないからなぁ……そういえばレベルは見たのか?」


「あっ」


お前なぁ、と呆れた顔になるエリック。

聡は慌てて起き上がると「ステータス」と唱え――拳を天に突き上げた。


「レベル3!上がりました!」


「お、マジか!良かったな!」


嬉しそうにバンバンと聡の背中を叩いてくるエリック。

かなり痛いそれに笑顔で耐えていた聡は、ふとある事に気づく。


「走り込みで強くなる賢者って、なんかおかしくないですかね?」


「……まあ考えても無駄だろ。細かいことは気にすんな!」


若干の間から察するに、エリックもおかしいと思ったらしい。

ただ考えても無駄だというのは全くその通りである為、聡もその疑問は遥か彼方へ放り投げておくことにする。


「俺もそれステータス見ていいか?」


「あ、良いですよ。はい」


「おお、結構ステータス上がったな。……これならもっとやれるか?俺がちょびっと出張るのも――」


突然不穏な言葉ワードがポンポン漏れ出したことに思わず硬直する聡。


「な、何の話ですか?」


「……まあ楽しみにしとけ」


「何をですか!?」


言葉を濁し不気味に嗤うエリックに恐怖心を煽られた賢者は、とにかく体力を回復させようと体を倒して目を瞑り、仮眠を取り始めたのだった。



◇◇◇



大質量の濁流が一斉に流れ込み、次の瞬間幾重にも描かれた銀の閃光に散らされる。

魔法によって生み出されたそれは、銀閃の壁に触れた傍から原型を保てないほどに斬られた・・・・ことであっけなく消滅していく。

慣れた手つきで剣を素振りし、ピッと刃に付着した泥水を飛ばしたエリックは、高さ三メートルほどの土壁の上から唖然とした表情を浮かべている聡に声を掛ける。


「今のはせこすぎやしねぇか?ってかこれ訓練の意味無いだろうが」


「全然効いてないくせにっ……何で水を切れるんですか!」


「気合だな」


「脳まで筋肉で出来てるんじゃないですか?」


「頭突き最強だぞ。羨ましいだろ」


現在、聡達は模擬戦をしていた。

といってもその実態は自分からは一切攻撃をしないエリックに対し、聡が刃引きされた鉄製の片手剣でひたすら切りかかっていくという掛かり稽古スタイルの訓練だ。

何故か筋トレでレベルが上がる体育会系賢者のレベルアップのためにエリックが考案し、強制的に始まったこの訓練だったが、どれだけ策を練っても揺るがないエリックに対し遠慮がほとんど無くなった聡の目的はいつの間にかレベリングから“打倒エリック”へと変わっていた。


「遠距離魔法連打は効果無し、搦め手の目潰しや足場崩しも効かない……水攻めでも無理とかもう打つ手無いじゃないですか」


「そりゃ素人のお前に負けるようだったら俺はここにいないだろうしな。まあ俺以上の奴はそんなに居ないからそう落ち込むなよ」


「落ち込んでませんよ」


心外そうな聡の言葉にカラカラと笑うエリックは剣を構える。


「まあそんなに焦るな。今はジワジワレベルを上げる時期なんだから細かいこと考えずに突っ込んで来いよ。どうせ今のお前じゃ俺から一本取るとか無理だし」


「ちなみにエリックさんは今何レベルなんですか?」


「ん?99」


「きゅっ……」


ちなみに、この世界において人類が到達できる最高レベルは99だ。

つまるところ、聡がこれまで倒す倒すと息巻いていたこの男は……人類最強格である。


「調子乗ってすみませんでした」


「気にすんな。ってか時間もったいねぇだろうが。早くかかってこい!」


「はい!」


慌てて魔法の土壁を崩し、地面に降りた聡は剣を抜き正眼に構える。

そして如何にも余裕そうな表情で目の前に立つ男を、せめてその場から一歩は動かしてやろうと裂帛の気合と共に打ち込んでいった。



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