第5話 魔法初体験

唐突だが、魔法を使うのは簡単なようで少し難しい。

まず最初に、使いたい魔法の魔法陣を頭の中で思い浮かべる必要がある。

注意点として、思い浮かべる魔法陣が不完全だと不発・暴発などの不具合が生じるため、そこそこ複雑な魔法陣図柄を何も見ずに模写できる程度まで覚えなければならない。

しかしそれをクリアすれば後は簡単だ。

ぼんやりとその魔法によって起きる事象を想像しつつ、魔句キーワードを唱えるだけで――



「ファイヤーボール!」


王城に隣接している騎士の訓練場。

その壁に取り付けられた金属製のまとの一つに、ソフトボール大の炎が勢いよく命中した。


「……どうですか?」


人生初の魔法に少しテンションが上がっている聡は、魔法を放つ過程で右手の平に自然と浮かび上がってきていた小さくシンプルな魔法陣を握りつぶしながら振り向く。

その視線の先には、何かに困惑した様子で首を傾ける屈強な大男がいた。


「なんか、ちっとだけ普通のより威力が高そうなんだが……見てるだけじゃ分かんねぇ……」


頭を豪快に掻きながらガサツな口調で答える男。彼の名はエリック。


その言動と厳つい顔から思わず山賊の類ではないかと疑ってしまいそうになるが、れっきとした王家直属の近衛騎士なのだそうだ。

ちなみにこれからしばらくの間、彼が聡の警護兼訓練相手となるとのこと。先行きが少し不安である。


あと、カトリーナ王女は少し用事が出来たとのことでエリックと交代する形で去っていった。十中八九、聡の事を国王に報告しに行ったのだろう。



「よし、ちょっとそれ俺に撃ってみろ!」


「え、大丈夫なんですか!?」


「大丈夫だ!」



予想外の言葉に目を剝く聡。それに対しサムズアップを返したエリックは、聡と的のちょうど中間あたりまで足を運ぶと両腕両足をガバッと広げた。



「さあ来い!」


「……どうなっても知りませんからね!ファイヤーボール!」



先程と同じく、聡の手の平に出現した赤い魔法陣から炎の球が放たれる。

そしてそれは狙い違わずエリックの胸元に衝突し、その勢い故か小さな爆発を起こした。

それから炎は彼の着ている動きやすそうな黒いTシャツを焼き焦がす――ことはなく、ボシュっという音と共に消滅する。


「へ?」


先程鉄製・・の的にぶつかった時のようにあっさりと消えた炎。

そしてそれをぶつけられた無傷の被害者エリックは、特に痛みを感じた様子もなく満足げに頷いていた。


「やっぱりサトルのファイヤーボールは威力が高いな。流石賢者様――ってどうした?」


「いや……別に何も……」


あまりに酷な現実に思わず肩を落とす賢者(笑)。

王女様が言っていたのはこれのことかぁ、と思わず遠い目になる。


王女様の話によれば、この世界のほぼ全ての物体は魔力で構築された攻撃に対し極めて高い耐性を先天的に所持しているのだそうだ。

よって、どの国でも俗に言う攻撃魔法はあまり使われておらず、世間一般に流通している魔法も殆ど生活する上で便利なものだけだという。


ちなみに今聡が使っていた『ファイヤーボール』も生活魔法の一つで、主に火熾しに使われるらしい。

聡の魔法の威力が通常より少しだけ強いことを差し引いても火熾しにはやや威力が過剰に見えるのだが、このくらいの火力でなければこの世界の木の枝にすら火が点かないそうな。

魔法特化の賢者にとって大変世知辛い世界である。


「まあそう気を落とすなって。取り敢えずレベルを上げて魔力を増やせば、攻撃用の魔法を使えるようになるんだろ?」


励ますようにポンポンと肩を叩いてニヤッとダンディーな笑みを浮かべるエリック。


「そうらしいですけど……そもそもレベルってどうやって上げるんですか?」


「そういやサトルはそんな事も知らないんだったな」


「馬鹿にしてます?」


「すまんすまん、言い方が悪かった」


少しイラっとした聡に半眼で睨まれたエリックはガッハッハと笑いながら謝罪すると、聡に一冊の本を投げ渡した。

慌てて受け止めしげしげと観察する。紫紺の装丁に銀色のシンプルな装飾を施されたそれは、そこそこ分厚くかなり重い。

そして表紙を見ると、同じく銀色の文字で『生活魔法大全』という文字が彫られている。


「あ、これさっきの魔導書か」


そう呟いてページを少し捲ると、『火種を熾す魔法』と題されたページに先程聡が火の球を撃った時に右手の平に出現していた魔法陣とまったく同じものが描かれている。

そこから更に捲っていくと『飲み水を生み出す魔法』や『そよ風を吹かせる魔法』など、様々な魔法が記載されていることが確認できた。


「賢者がレベルアップする方法が何か分からんが、魔導士と似たようなもんだろうからそれの中身・・を覚えていけば上がるだろ。たぶん」


「なんか適当じゃないですか?」


「仕方ないだろ?俺ぁ今まで賢者なんて職業は伽話とぎばなしの中にしかないもんだと思ってたんだからよ。レベルアップする方法とか知ってるわけねぇじゃねぇか」


困った顔でそうのたまうエリック。

要は『適正職業:賢者』についての情報は殆ど無いから自分で一から模索してくれ、という事らしい。

あまりのハードモードっぷりに聡の両目から涙がホロリと流れ落ちる。

しかし、こんな所で挫けてはいられない。

聡は肩を落としながらも、近衛騎士様の言葉に従い本と向き合い始めるのだった。






五時間後


「全然駄目じゃねぇか……」


夕食を済ませ王城の大きな客室の一つに案内された聡は、ステータスボードを眺めながらキングサイズのふかふかベッドに寝転がっていた。

その口から溜息と共に漏れ出た言葉から、今日の成果が如何ほどのものだったか簡単に察する事が出来る。



ちなみに彼の今のステータスはこのようになっていた。


――――――――――――――――――――――――――――――

伊藤 聡     Lv:1

適性職業:賢者

生命力:20

魔力:60

攻撃力:5

耐久力:8

精神力:20

持久力:15

敏捷性:10

能力:翻訳LvMAX・火魔法Lv3・水魔法Lv2・風魔法Lv2・土魔法Lv2・雷魔法Lv1・光魔法Lv1・闇魔法Lv1・瞬間記憶Lv4・思考加速Lv1・格上殺しジャイアント・キリングLv1・速読Lv1・暗記Lv2

――――――――――――――――――――――――――――――


あの後、聡はひたすら本に記されている魔法陣を覚え続けた。

それに加え、息抜きついでに覚えた魔法を魔力切れで気分が悪くなるまで乱射したりもしたのだが、結果はこの通り。

一レベルも上がらなかったのだ。


結局日が暮れても本に齧り付き続けようとしていた聡は、エリックに「今日はもう休もうぜ!なっ!」と若干引き攣った顔で説き伏せられる形で魔法訓練を中断したのだった。


「でも無意味ってわけでもないんだよなぁ」


そう。聡自身のレベルこそ上がらなかったが、幾つかの能力スキルのレベルが上がっていたのだ。

さらに見覚えのない『速読Lv1』と『暗記Lv2』という二つの文字。

状況から考えて、これらは聡が魔法陣を暗記し続けた事が原因で身に着いた能力なのだろう。


「能力のレベルは俺のレベルに関係なく上がるってことか。しかも特定の行為を繰り返し続けるとそれに関係のある能力が新しく身に着く、と。これ最悪能力を鍛えまくれば……いや厳しいな。魔力少ないし」


どうしたもんかなぁ、と盛大に溜息をつきステータスボードを消す聡。

そのままゴロンと横に転がりうつ伏せになると、仄かに爽やかな香りのする枕に顔をうずめて再度「はぁぁぁぁ~~」と大きく息を吐く。


取り敢えず、明日また考えよう。

頭を酷使した反動で若干朦朧としていた思考を完全に放棄した聡はそう結論付けると、唐突に這い寄ってきた睡魔に従い意識を放り出すのだった。



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