第4話 国王と神の奇跡




「異界のお方、ようこそおいでくださいました。私はアスガルド・テレーゼ・サンスフォル。このテレーゼ王国を束ねる王にございます」


大理石の白と黄金の金が支配する、豪華絢爛な部屋の奥に誂えられた、巨大で豪勢な王座。

そこにどっしりと腰掛け、派手な服を纏った初老の男は、ほんの僅かに微笑むと軽く頭を下げた。

てっきり王なのだから威圧的なのだろうと身構えていた聡は、拍子抜けた表情を浮かべつつも慌ててひざまずく。


「サトル・イトウと申します。この度は拝謁する機会を設けていただけたこと、心から感謝申し上げます」


「異界の……いえ、サトル殿。そう硬くならなくても大丈夫ですよ。頭を下げなければならないのは我々の方です。どうかお立ちください」


そう言われると立ち上がるしかない。

先ほどから、王の威厳的なものに緊張しきってしまっている聡は、今にもねじ曲がりそうな表情をなんとか取り繕いながら立ち上がった。

そんな聡を見て国王は何やら一つ頷くと、口を開く。


「サトル殿、娘からこうしてお呼び立てしてしまった理由をお聞きになられましたかな?」


「はい」


「それは重畳。それでは可能であれば今、我らにご助力して頂けるかどうかご決断願えますか?」


「……随分と、早急ですね?」


慎重に言葉を選んだ聡の発言に、国王は重々しく頷いて見せる。


「ご要望とあらば、今しばらく時間を置くことは出来ます。ただ、聞いての通り我々にそれほど時間は残されておりません。長くても三日が限界でしょう」


「……そうですか。では、この場で。事情は伺いました。突然召喚された事に少し思う所はありましたが、今はあなた方もやむを得なかったのだという事で納得しています。それに、助けられるかもしれない人々をここで見捨てるというのも気分が悪い。なので、私に何か出来ることがあるのであれば、喜んで協力させていただきたいと思います」


聡が道中で考えていた言葉を慎重に紡ぎ終わった瞬間、国王は王座からゆっくりと立ち上がり、聡に深々と頭を下げた。


「感謝いたします勇者様。我ら人類を、どうかよろしくお願いします」


その重すぎる言葉で聡の胃に穴をあけながら、王は聡に止められるまで頭を下げ続けるのだった。





◇◇◇





国王との面会が終わった聡は、カトリーナ王女に連れられ別室に来ていた。


「サトル様、これを」


そう言って渡されたのは、直径五ミリ程度の豆粒のような透明な玉とコップ一杯の水。


「これを飲み込んでください」


「え、これをですか?何ですかこれ?」


「飲めばわかります。害のあるものではありませんよ」


説明が無いのが実に怖い。しかし、躊躇っていると王女様から早く飲めと急かされたため、覚悟を決めゴクっと飲み込む。


「それでは『ステータス』と唱えてください」


「ステータス――おおっ!」


言われたとおりに唱えると、目の前に半透明でA4サイズほどの薄い板が浮かび上がった。


――――――――――――――――――――――――――――――

伊藤 聡     Lv:1

適正職業:賢者

生命力:20

魔力:60

攻撃力:5

耐久力:8

精神力:20

持久力:15

敏捷性:10

能力:翻訳LvMAX・火魔法Lv1・水魔法Lv1・風魔法Lv1・土魔法Lv1・雷魔法Lv1・光魔法Lv1・闇魔法Lv1・瞬間記憶Lv1・思考加速Lv1・格上殺しジャイアント・キリングLv1

――――――――――――――――――――――――――――――


「それはステータスボードといって、その者の適性のある職業や現在の能力値、隠し持つ才能などが分かる神の奇跡です」


「え、これ神の奇跡なんですか?」


「そう言われているだけで真実かどうかは分かりません。ただステータスボードを表示する際には魔力を一切消費しないので、案外本当に神の御業なのかもしれませんね」


もしそうだったらこの世界の神は確実にゲーム好きだな、などという事をぼんやりと考えながら、ステータスボードを眺める聡。

とりあえず驚いたことが一つある。

聡は勇者ではなく賢者だった。あれだけ勇者様と呼ばれていたにも拘らず、だ。


まあこの世界では『賢者』と書いて『勇者』と読む特殊な文化があるのだろう。

少し期待してしまっていたが、賢者は賢者で強そうだからいいか。などと一人で納得しウンウン頷く聡に、王女様が控えめに声をかけた。


「良ければ私にも見せてもらえませんか?」


「あ、いいですよ」


試しにステータスボードに手を伸ばしてみると、普通にさわることが出来たので、そのまま向かいに座るカトリーナ王女が見やすいようにひっくり返して押し出す。


「ありがとうござ――え?」


唐突に王女様が固まった。何事かと少し驚く聡の目の前で、カトリーナ王女は一度目を擦り再びステータスボードを見る。

そしていきなりガバッと体を乗り出してステータスボードを引っ掴み、限界まで顔を近づけていささか血走った目でボードのある一点を凝視し始めた。


「ど、どうしたんですか?」


「……どこで、どこで間違えてしまったの……?」


戸惑う聡を置き去りにして、カトリーナ王女はステータスボードから手を離すと、放心した様子で椅子に座りなおし、小さな声でそう呟く。

その言葉に不穏なものを感じ取った聡は、手元にステータスボードを引き寄せ、再度確認する。

とりあえず、文字化けなどの目に見えておかしな点はない。

しかし、カトリーナ王女は先程までのお淑やかな雰囲気が掻き消える勢いで取り乱していた。

その原因はおそらく――


賢者・・


「っ!」


聡が適正職業の欄を読み上げると、王女の体が僅かに強張った。


「ここ、本当は勇者・・と書いてあるはずだったんですね?」


「……はい」


観念したように頷く王女様。

確かにおかしいとは思っていた。

地球において魔王を倒すのは常に勇者であるとされていたし、聡が少し前にハマって読んでいた異世界召喚系ライトノベルの中でも、余程展開を捻ったものでない限り必ず一人は勇者が存在していた。

それに何より、王女や国王は聡の事を勇者と呼んでいたのだから。

どうやら賢者勇者などというように呼ぶ文化は存在していなかったようだ。


しかし、それにしても先ほどのオーバーリアクションは何だったのだろうか。

聡のゲーム&ラノベ産の知識が正しければ、賢者というのは、勇者の力に対抗できるほど強力な魔法を操る、いわば魔法使い版の勇者である。

普通なら聡が勇者でなかったことが多少ショックでも、あそこまで取り乱すほどではないはずだ。


それこそ魔法特化型の勇者だとでも思えば――などというところまで考えていた聡は、ずっと顔を俯けていたカトリーナ王女がこちらに向き直ったため思考を中断する。

気を持ち直したのか、先程より幾分か顔色がマシになっている王女様は、意を決したような表情で沈黙を破った。


「お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございませんでした」


「ああいえ、それは大丈夫です。……それで、賢者の件について伺いたいのですが」


「もちろんご説明させていただきます。まず初めに、この件は確実に私達の失態でございます。サトル様が最初に目をお覚ましになられたあの部屋の床に描かれていた紋様もんようを覚えておられますか?」


「勇者召喚の魔法陣の事ですか?」


「そうです。我が王家では、あれを使用すると異なる世界より『勇者』に適性のある人材を御召おめしすることが出来る、と言い伝えられていました」


「でも実際は違ったと」


「はい。なぜ賢者様であるサトル様を誤ってお呼びしてしまったのかは分かりませんが……経年劣化かもしれません。ここ数百年は手付かずなままでまったく整備されていませんでしたから」


なるほど、なぜ自分が勇者だと間違われていたのかは分かった。

では先程の彼女の慌てようは何だったのか?

何やら嫌な予感がしてきた聡は、腹をくくって切り出した。


「お話は分かりました。それで、賢者だと何か問題があるのですか?」


「……その、賢者様は魔法が主体のご職業ですよね?」


「はい、おそらく」


それがどうしたのかといった視線を向けてくる聡に、王女は躊躇いがちにそれ・・を伝えた。


「魔法というのは、その……あまり役に立たないのです」


「……はい?」




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