第2話 夢のような現実

時は少し遡る。


「ようこそおいでくださいました!」


「……え?」


突然目の前に現れた謎の外国人美女に、流暢な日本語でそう話しかけられた少年、高校二年生の伊藤いとうさとるは素っ頓狂な声をあげた。


「体調に問題はありませんか?」


混乱し固まりかけていた聡は、なお話しかけてくる女性に、とりあえず無言で首を横に振ってみせる。


「そうですか、よかったです……」


ホッと息を吐きだす女性。見た目は普通の外国人なのだが、それにしては日本語が流暢すぎる。

在日の人なのかな、と不思議に思いながら眺めていると、首をかしげられた。


「……?私の顔に何か付いてますか?」


「ああいえ、なんでもないです。それでその、貴女はどちら様ですか……?」


「そうでしたね、失礼いたしました。では改めまして――」


コホンッと可愛らしく咳ばらいをして、彼女は笑みを湛えながら優雅な動きででドレスの両端を軽く上げ、頭を下げた。


「私の名前はカトリーナ・テレーゼ・エリステラ。このテレーゼ王国の第一王女です。どうぞカトリーナ、とお呼びください」


「ご丁寧にどうも。僕は伊藤聡……サトル・イトウです」


「サトル様ですね。よろしくお願いします」


中世のヨーロッパを題材としたドラマでよく見るようなお辞儀をされ、聡の胸が弾む。

そして一拍遅れて、嫌な予感がムクムクと湧いて出てきた。


この人、さっきなんて言った?


「テレーゼ王国、ですか?」


「はい。テレーゼ王国です」


「テレーゼ……ヨーロッパのどこかですか?」


「……すみません、そのヨーロッパというのは?」


「いえ、気にしないでください」


取ってつけたような笑みを浮かべながら思考を巡らせる。

これまで約十一年間義務教育を受けてきたが、テレーゼ王国などという国名は全く聞き覚えがない。

というか、彼女は日本語がこれほど流暢なのにも関わらず、他国の王族だと名乗っている。

さらに言えば、ヨーロッパすらも知らないときた。


というかそもそもここ何処だ、と聡は周囲に目を走らせる。

まず確実に、先程まで歩いていた長閑のどかな住宅街の通学路ではない。

雰囲気から何となく室内なのだろうという事は分かっていたが、部屋が広いせいか、それとも暗すぎるからなのか、壁も天井も見えない。

さらに言えば、聡の周囲には等間隔で高さ二メートルほどの大きな金色の燭台が、整然と立ち並んでいる。

そして足元を見れば、摩訶不思議な記号が規則的にこれでもかというほど書き込まれた直径五メートルほどの円、いわゆる魔法陣が書き込まれていた。


聡の額を冷たい汗が流れる。察したのだ。「これ、ちょっと前に流行ってた異世界召喚じゃね?」と。


「あの……」


「はい、なんでしょうか?」


「まさか、僕に何か強い奴と戦えとか言いませんよね?魔王とか」


「……」


自称王女の目が泳いだ。

その反応を見て聡は笑みを取っ払い、目を細める。


「とりあえず、学校があるので帰っていいですか?」


「……すみません」


「はい?」


「送還するにしても、今日中には無理なんです。早くても一年後……いえ、半年後じゃないと不可能なんです」


「えっ」


聡の顔に、割とマジな絶望が浮かぶ。

半年も学校を休んでしまうとやばいんじゃなかろうか。

授業についていけなくなるだけでなく、下手したら単位習得すら怪しい。

頭の中に『留年』の二文字がぎる聡の真っ青な顔を見て、王女は何かに葛藤するかのように顔を歪めると、深々と頭を下げた。


「勇者様……どうか……どうか、私達をお救いください」


「……そっか、これ夢か」


異世界に召喚され、勇者にされて美人なお姫様から助命を乞われる。

あまりに非現実的かつベタな展開に、聡の意識は夢幻の彼方へ飛びかけるのだった。





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