役立たず魔法で異世界攻略
北村 進
第一章 正偽のアンサンブル
第1話 決死の逃避行
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
鬱蒼と木々が生い茂る森の中、黒髪黒目の少年が息を切らしながらわき目もふらず走っている。
彼の足取りは拙く、このような立地を走ったことがないのは明らかだった。
それでも彼がいまだ一度も転んでいないのは、奇跡によるものか、それとも――
「フンッ!」
「っ!?」
――
少年は真上から聞こえたその声に反応し、咄嗟に体を横へ投げ出す。
その瞬間、彼が数瞬前までいた場所に、何かが激突した。
「おぉ、よく避けれたな」
ドゴォンッ!という、まるで車同士が衝突したかのような音と共に、小さなクレーターを作りながらそこへ降り立ったのは、巨大な戦斧を肩に担ぎ、武骨な銀色の鎧を纏った男。
男は快活な笑みを浮かべているが、少年を捉えるその目は一切笑っておらず、その言葉からも、先ほどの攻撃で少年を殺す気だったのは明確だった。
少年は恐怖で震える足を叱咤し、何とか起き上がると、男を睨みつける。
しかし表情には怯えが混ざり、いかにも腰が引けている少年のその虚勢を、男は小さく鼻で笑った。
「……何でですか」
「あん?」
「何で、僕を殺そうとするんですか?」
思わず、といった様子で少年の口から漏れ出た言葉に、男はつい先ほどまでの笑顔から一転、ハッと呆れたように嘆息する。
「お前……まだ状況読めてねぇのか?」
「……そう命令されたから、ですか?でも誰から――」
「国王陛下からだ」
驚愕に目を見開く少年と反比例するように目を細め、「話は終わりだ」という風に、右手の巨大な戦斧を構える男。
そして、男から放たれた不可視のプレッシャーが周囲を襲った。
盛大に吹き飛んでいく土くれや草、無風にも関わらずバッサバッサとあおられる木々、そして、蜃気楼が発生したかのように男の周囲の空間が歪んでいく。
その何かの冗談のような光景を見た少年は、盛大に顔を引き攣らせると、男に向けて右手をかざした。
その手の平に出現したのは、直径一メートルほどの摩訶不思議な記号が刻まれた紅い円盤。
日本では、一般に魔法陣と呼称され、空想の産物とされていたはずのモノだ。
「ファイヤーブラスト!」
少年の魔法陣から豪炎が放たれる。
しかし、男は面倒くさそうな表情を浮かべると、軽く戦斧を横に振った。
たったそれだけで、炎が少年へ跳ね返される。
少年は慌ててもう片方の手に白い魔法陣を浮かべて構え、炎を防いだ。
「まだ……時間さえ稼げばっ!」
「させねぇよ!!」
少年が白い魔法陣を右手にも展開したのと同時に、男は獰猛な笑みを浮かべながら突貫する。
少年は咄嗟に両手を重ね、二重の魔法陣で戦斧を受け止めた。
ガキンッ!という不協和音と共に、斧は魔法陣の表面で動きを止めた。
その光景を見てホッと息をつくのも束の間、少年の顔が引き攣る。
魔法陣にヒビが入ったのである。
しかも戦斧の勢いは収まるどころか段々と勢いを増しているのか、魔法陣にヒビが入るスピードも比例して加速していくのだ。
「死ね!賢者ぁ!」
「っ!うぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
目と鼻の先まで迫ってきた死への恐怖から、少年は冷静さをかなぐり捨てた。
迫りくる死から逃れるため、みっともない悲鳴を上げながら、全神経を魔法陣へ注ぎ込み魔法陣を保ち続ける。
これまでの逃避行と先ほどの応酬で、ファンタジーな能力を使うのに必要な『魔力』は既に使い切った。
よって、今己を殺さんとする凶刃を防いでいる魔法陣は、『生命力』を代償にして発動されている。
故にだろうか。悲鳴を上げる少年から、だんだん生気が消え始めた。
この世界では珍しい黄色の肌がだんだん白く変化し、逃走劇によってボサボサになっていた黒髪からは、色素が抜け落ちていく。
更に、程よく筋肉がついていた全身が、まるで何年も寝込んでいた病人かのように細くなっていった。
唇は真っ青に染まり、寒気を感じているのか、全身がガクガクと震え始める。
しかし、亡者のような姿に成り果てながらも魔法陣だけは保ち続ける。
ヒビが入ったそばから修復し、今もまだ己を襲い続ける脅威から身を守っている。
それどころか――刃を押し返し始めた。
「っ!?おまっ、どっからそんな力を!?」
「ァァァッ———————!」
少年が変化していく姿を唯一全て見ていた男が驚いたような声を上げたが、少年は返答をせずにひたすら男を押し返していく。
慌てて男も全力を振り絞って力を籠めるが、少し押し返される速度を和らげるのみで、ほとんど効果がないことに更に驚愕の表情を浮かべる。
そして、唐突にその時は訪れた。
「んな馬鹿な――うおっ!?」
男があまりの事態に思わず思考停止しかけたその瞬間、僅かな隙を見出した少年は、魔法陣を右に傾けつつ左側に体を流した。
我武者羅に力を込めていた男は、その勢いのまま、もともと少年がいた場所の少し右にあった木に斧を突き刺してしまう。
その斧の威力を証明するかのように木の幹が粉々にはじけ飛ぶが、少年はそのような事は気にせず、大きな隙を晒してしまった男に両手をかざす。
その掌に映し出されたのは、全ての光を吸い込まんとするほどに黒い魔法陣。
「死ね」
そこから放たれた漆黒の雷撃が男に直撃して――
――少年の意識はそこで途絶えた。
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