第4話 成実、出奔
空想時代小説
誓書に署名血判をした翌日、成実は京都の清水寺にいた。旅姿である。清水寺には後三年の役で坂上田村麻呂と戦ったアテルイとモレの供養塔がある。坂上田村麻呂は当初二人を助けるために京へ連れてきたのだが、公家衆の処刑すべきという強固な意見に押し切られ、泣く泣く首を斬ったのだ。みちのくにいる武将の運命は、いつもこんなものかと成実は悲しくなった。手を合わせ、成実は高野山に向かった。
成実出奔の知らせを受けた国元の角田城では接収をする屋代景頼と城を守る羽田右馬介らが争っていた。
「成実殿は、仙台藩を見限って出奔した。すみやかに城を明け渡したまえ」
「わしは、殿から何も聞いておらん。何かわけがあって出てこられぬ事情があるのじゃ」
「そんなことはない。太閤へ出す誓書の筆頭家臣になれずに憤慨されて出ていったのじゃ」
「殿は、そんな器の小さい武将ではない。そこごとたちが、どこかに隠しているのではないか」
「濡れ衣だ。エーイ、者ども力づくで城を取るのだ!」
100名を越す屋代勢が門をたたき壊し、攻め入ってきた。羽田勢も健闘したが、多勢に無勢。30人余が討ち死にした。この後、角田城には石川昭光が入った。何かしらの企みがあったと思われても仕方ない処置であった。
成実は、那智の滝に打たれていた。角田城が取られたことも風のたよりで聞いていた。
(右馬介許せ。わしは我慢できなんだ。小田原で太閤に屈してから、ずっと屈辱の日々だった。朝鮮で戦っていた時も何のための戦かわからなんだ。太閤一人の戯言に振り回されているのに、太閤に対抗する力はない。今回の誓書にしても関白になんの落ち度があろうか。太閤の自分の子どものためにうち捨てただけではないか。そのことで、なぜ仙台藩が誓書を出さなければならぬのだ。太閤にへつらっている政宗殿にはうんざりだ)
滝に打たれても煩悩は消せなかった。ますます怒りが増すだけだった。ただ泊まっていた青岸渡寺の三重の塔には、光明を見ていた。特に朝陽を浴びると黄金色に輝き、神々しかった。成実は自然と手を合わせていた。
(ふだんは朱色なのに、朝陽をあびると黄金色に輝く。人もこうありたいものだ。ふだんは目立たぬのに、いざという時に輝く。そうなりたいものだ)
成実は、吉野の山を越えて、大和の地に入ろうとしていた。そこの山道で血相を変えて走ってくる旅姿の女人と出会った。その女人はあわてた声で成実に訴えてきた。
「お助けくださいまし。熊でございます。夫が一人で戦っております」
「なぬ! 熊とな!」
成実は、かけ足で山道をかけ上がった。そこで、一人の武士が刀を振り回して戦っている。足をけがしたらしく、片膝をついている。そこに熊が仁王立ちになっておそいかかろうとしている。成実は刀のつばから小柄(こづか)を抜き取り、熊めがけて投げつけた。一直線に熊に向かい、運よく熊の左目に突き刺さった。熊は新たな敵の出現を知り、成実の方に向かって突進してきた。イノシシのごとく突進してくるのは戦と同じである。成実は体を返して、その突進をかわした。熊は振り返って成実におそいかかろうとした。そこに振り返りざまに成実の刀が振り落とされた。熊の頭から噴水のごとく血が飛び散り、熊は絶命した。
今まで戦で何人も斬ってきたが、人を殺すためではない、人を生かす剣となったことに成実は充実感を感じていた。剣を握っての久しぶりの高揚であった。様子を見ていた女人が夫の脇に寄り添い、成実に礼を言った。
「お武家さま、ありがとうございました。おかげさまで主人は生きております」
「さしたるけがではないようだ。肩をかしもうぞ」
足を痛めている武士に近寄り、抱きかかえ右側に立って腕を肩にまわした。なんとか歩けるようだった。歩いていると、その武士は出自を語り始めた。
「こたびは、ありがとうございます。私は大和郡山城の羽柴秀長の家臣、本多作左衛門と申します。この先の高取城の城主本多太郎左衛門の甥でございます。叔父から呼びだされ、妻といっしょに行くところでありました。どうか、高取城までご同行願えますか。ちなみに、そこごとの名は?」
太閤の弟の家来と聞いて、本名を名乗るわけにはいかないと思い、
「浪人、大森市太郎と申します。吉野の青岸渡寺にて滝行を行い、京へもどる途中でござる」
「そうでありましたか。滝行とはさすがでござる」
と、さりげない会話をしながら1刻(2時間)ほどで、高取城に着いた。
3人は城の皆から歓迎されたが、成実は石垣の見事さに目を見張っていた。ふつうは一重の石垣なのに、ここは何段も石垣が続くのである。居館のある本丸の上にも石垣が続き、守りの城ということがよくわかる。話を聞くと、秀長が命じて本多家に築城させたとのこと。郡山城は平城なので、落城した時に高取城にこもる手はずと察することができた。成実は、一晩接待を受け、翌日高取城を後にした。見送る本多太郎左衛門が作左衛門に声をかけた。
「すごい気を感じるご仁であったな。さすが成実殿」
「成実とは?」
「政宗の重臣、成実でござるよ。朝鮮にわたった時に、何度か見かけたことがある。今は京の伏見屋敷を出たらしい」
「あれが仙台藩一の豪傑でござるか。敵に回せばおそろしいですな」
成実も本多太郎左衛門の顔を知っていた。補給の船に乗っていた武将で、朝鮮から名護屋にもどる時の船長だった。いつ、身分がばれるかヒヤヒヤだったが、敵対しているわけではないので、変なことをしなければ大丈夫と考え、客人として堂々としていた。
(秀長は、なかなかすごい城を造らせたものだ。そうだ、この機会に各地の城を見て回ってみよう。もしかしたら自分が城を造る時の役にたつかもしれぬ)
と成実は心に決めた。
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