第3話 成実、出奔前
空想時代小説
文禄2年、プサンに上陸する。海は荒れて成実は船酔いがひどかった。海など出るものではない。馬で遠がけをするのが一番良いと思ったのは成実だけではなかった。その後、ウルサンや晋州城(チンジュソン)攻めに加わった。当初の朝鮮軍はもろかったが、この頃の朝鮮軍は民兵も含め、抵抗が激しかった。また、補給がままならず、矢や弾薬、食料まで足りなくなることがあった。それに原因不明の病にかかる兵が多かった。そうなると士気が低下する。なぜ、戦をしているのか疑問に思うことさえあった。
7月になると、仙台勢は機張城(キジャンソン)にいた。ここはプサンとウルサンの中間地点で、二つの岬に囲まれた湾になっている良港である。黒田長政が中心となって、倭城(ワソン)を造っている。高台のまわりを石垣で固め、後方に馬出しを造っている。まさに日本式の城造りである。本丸から西を見ると、湾にいる船が全て見え、その向こうには大海が広がっている。海を見ると国元を思い出す。中には涙する兵もいた。多くの兵がこの戦の意義に疑問を感じ始めていた。
成実は、政宗の使いで隣の西生浦倭城(ソソンポワソン)に行くことがあった。船で半刻(1時間)ほどの距離なのだが、着くと目を見張った。滝から山頂まで、たて石垣が続いているのである。今までたて堀は何度も見ているが、馬が登れるぐらいの道の両脇に高さ10尺(3m)ほどの高さの石垣が半里(500m)ほど続いているのだ。ふもとの出丸から見る本丸はそびえたつ塔のようであった。
(さすが加藤清正。造るのが尋常ではない。わしもこういう城を造ってみたいものだ)
成実は、朝鮮に来て倭城造りに関われたことだけが救いと思った。
倭城造りがひと段落したところで、仙台勢は京都にもどることができた。政宗は伏見に屋敷を賜り、太閤の相談役をすることになった。なんのことはない。朝鮮の戦ぶりの報告である。政宗の話は演出がうまくておもしろかったのである。
成実も政宗の屋敷の一角に住むことになった。本当は国元にもどりたかったのだが、太閤の英雄好みで呼ばれることもあった。ただし、成実の話はぶっきらぼうでつまらなかった。気性が激しいだけで、論理性は乏しかったし、自分の身の不幸は太閤のせいだと思っているので、無理もないことだった。
翌年、政宗の祖母栽松院が亡くなった。成実も親族として葬儀にかかわり、高野山観音院に向かった。その際、奥の院の墓地の広さに圧倒された。そこに多くの武将の墓標が建っている。うっそうとした杉林の中にある墓地は、現世とは別個のものと感じたのである。
翌文禄4年6月、成実の妻亘理氏が亡くなった。慣れぬ伏見での生活と、食が細かったので子ができなかったことを悔やんでいた。成実は、一人のおなごを幸せにできなかったことを悔やんだ。
(許せ奥。わしはそなたを喜ばせることができなんだ。あの世で幸せにな)
1ケ月後、とんでもない事件が起きた。関白秀次が高野山で自刃したのである。太閤は切腹の命を出していなかったが、秀次は高野山に配流されたことで先がないことを観念し、自ら切腹したようである。事件はそれで済まなかった。関白と親しかった大名たちが謀反の片棒をかついだと疑われたのである。その中に政宗もいた。
政宗にとっては、青天のへきれきで、関白と大名が付き合うのは当然のことと申し開きをした。太閤側は、謀反の意志がないという証しに政宗と主だった家臣の誓書を提出するように求めてきた。
成実は、堺へでかけていたが、急ぎ伏見屋敷にもだったところ、在京の主な家臣全員が集まっていた。政宗が一通の書状を提示し、
「成実、この誓書に署名血判をしてくれ。わしに謀反の意志がないという証しだ」
「わかり申した」
と、その誓書に目を通すと、一番先に石川昭光の名があるではないか。一瞬、目をかき開き、政宗の顔をにらんだ。政宗も苦渋の顔をしている。
(家臣の筆頭はわしではなく、昭光殿か? いくら政宗殿の叔父とはいえ、さして戦功もない。朝鮮にも行っていないではないか。ましてや昭光殿は石川家に養子にいった身。仙台本家の流れからいけば、わしが筆頭ではないか!)
そういう思いが、成実の頭の中をかけめぐった。様子を感じ取った小十郎が口をはさんだ。
「成実殿、筆頭家臣はこの誓書を持って、太閤の前にでなければなりませぬ。先ほど、石川殿にそのことを了解いただいたのです」
(うーん、太閤の前には行きたくない。だが、筆頭家臣をとられるのも癪だ)
成実は、しぶしぶ署名血判をした。その後、小十郎をはじめ在京の主な家臣19名がそれに続いた。
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