第35話 《番外編》テレジアの猛攻と、妻の望むシチュエーションと、いい感じの枝のゆくえ
「やっ、やめろ! 俺は一撃必殺で敵を倒すタイプで、防御力は紙装甲なんだよっ!」
テレジアの物騒すぎる発言に、副団長は慌てる。
だが、紙装甲なのは事実だ。痛いのは苦手だった。
「……まぁ、見た目は文官みたいでも、一応騎士だから姉者の攻撃に耐えられるんじゃない?」
「一応ってなんだ。それに俺だけじゃなくてママもここにいるんだぞ!?」
「それはお父様が庇えばいいんじゃないですの?」
エリとターニャは、テレジアがやろうとすることを止める気はないようだ。
覚悟を決めた副団長は、せまいクローゼットにみっちみちに詰まった妻を抱き寄せる。
せめて妻だけでもテレジアの猛攻から守らねばならない。
「……いつでもいいぞ」
妻の頭をぎゅっと胸に抱えた副団長は、自分から合図を出す。
「……いきますっ!!」
テレジアの力強い宣言が、クローゼットの扉越しに聞こえた──その瞬間、ものすごい衝撃で全身ががくりと揺れた。
どごんどごんと大きな音を立て、扉の面材が殴りつけられている。扉ではなく、振動で肩が外れそうだ。
「きゃあっ!」
けたたましい衝撃と打撃音に妻が悲鳴をあげる。
だが、テレジアには聞こえていないのだろう。続けざまにクローゼットの扉を殴りつける音が響く。
その時間は僅かだっただろう。
だが、激しい揺れと音に、すべてが終わった後はぐらりと目が回った。
ガコリッと鈍い音を立て、クローゼットの扉は外れた。
面材はテレジアの猛攻になんとか耐え切ったようだが、金属でできた蝶番はぐにゃりと歪んでいた。
「パパ、大丈夫?」
「肩が外れるかと思ったぞ……」
「お母様、ご無事ですの?」
「大丈夫よ。お父様が守ってくださったもの」
よろけそうになりながらも、副団長はクローゼットの床から降りようとする妻の手を取る。
妻は意外にも平気そうな顔をしている。
(まったく……。酷い目に遭った)
良い歳して、悪戯心など出すべきではなかったと反省した。
「……父上、どうでしたか?」
「何がだ? ……ああ、助けてくれてありがとう。手間をかけたな」
テレジアがおずおずと尋ねてくる。
「……連打の出来です。私はあまり拳の連打が得意でないので」
(あれで得意じゃないのか……)
クローゼットの扉越しでも、激しい衝撃が伝わってきたのに。生身で受けたらひとたまりもないだろう。子どもとは思えない打撃力だった。
「悪くないんじゃないか?」
「本当ですか?」
パッと顔を上げたテレジアの青い瞳はきらきらと輝いている。
「次はもっと強い拳を撃ち込めるよう、頑張ります!」
「……無理はするなよ?」
南方地域の戦闘部族の血を引く娘達は、強くなることにとにかくこだわる。
日々の鍛錬を怠らず、身体が大きくなってきた最近はこちらがヒヤッとする一撃を入れられることも増えた。いつまで稽古に付き合ってやれるだろうか。
「姉者すげー」
「さすがお姉様ですわ!」
「こんなのたいしたことないわよ」
妹達に褒められているテレジアは、まんざらでもないようだ。
わいわいしている娘達の後ろで、妻が壊れてしまったクローゼットの扉を見上げている。
「……これ、どうしましょう?」
「扉は外すしかないな。中に棒を通して、ハンガーを掛けられるようにするか」
一時的な上着置き場なら、クローゼットに扉は必要ない。
「……クローゼットを壊してしまったのはあれですけど、なかなか貴重な体験でしたねえ」
心なしか、妻は嬉しそうにしている。
色々あったが、彼女が望むシチュエーションを体現できたようだ。
妻と話していると、後ろから制服の裾をぐっと引っ張られた。
「ねえ、パパきいて! さっきね、ターニャと一緒にいい感じの枝を拾ったんだよ」
「長くて真っ直ぐでしたわ!」
「そりゃ良かったな」
副団長の読みは当たっていた。この時期の夕方だと、木の枝が落ちていることがある。道の清掃は早朝にしか行われないからだ。
「危ないから、用務員さんのところに持ってったよ」
「偉いなぁ」
「私も! 枝を拾って持っていきましたわ!」
エリとターニャは枝を捨てに行ったので、ここに来るのが遅くなったようだ。
副団長は良い子の二人の頭を撫でてやる。そして、二人の後ろにいたテレジアの頭も。
番外編おわり。
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