第30話 物騒でキケンな男と、家庭的な父親は両立する
テリオールは結局、被害者である女性作家達のハリセンを六十発喰らう方を選んだ。
彼の判断に、副団長は口元にだけうっすら笑みを浮かべる。
「賢明なことだ。だが……」
副団長は懐から錐型の暗器を三本取り出すと、指の股に挟み、振りかぶる。
その刹那、演壇の上にあった三体のハリボテ人形の首が、けたたましい音を立てて吹き飛んだ。
ムスカリはなんとか一連の動作をすべて目で追うことができたが、他の人間は何が起こったのかよく分からなかったかもしれない。
会場内にどよめきが走る。
「……少しでもおかしな真似をすれば、ああなるからな?」
首がなくなったハリボテ人形を指差し、笑顔を浮かべる副団長に、テリオール達だけでなく、ムスカリもぞわりと震えあがった。
(怖ーーーーッ!!)
女性作家達も今の脅しを見て、さぞや恐ろしく思ったに違いない……。ムスカリが会場を見ると、なんとあちらこちらから拍手が上がっていた。口を手で覆い、きゃーきゃーと黄色い声を発している者さえ、いる。
(作家は暴力や残酷な光景に強いのだろうか……)
編集者のアヒムも、副団長の大立ち回りに目を輝かせていた。
なかなかついていけない世界だと、ムスカリは思った。
◆
そして公開処刑は始まった。
騎士達の誘導の元、女性作家達は一列に並んでいる。
公開処刑のルールは実にシンプルなもので、一人一発、テリオールにハリセンを喰らわせることができる。
また一分間に限り、テリオールに言いたいことを伝えられるというものだ。
テリオールのすぐ隣りには副団長が立っている。縛られたまま椅子に腰掛けたテリオールは、すっかり反抗心を削がれてしまったのか。ただただ青い顔をして俯いていた。
ムスカリは他の騎士達と共に女性作家達の誘導を行う。
「あの……」
列の中、そろそろと手を挙げる女性作家がいた。
よく見ると、その女性作家はムスカリの知る人物であった。
「君は、マリー?」
「よく覚えているわね」
「君も参加していたのか……」
溌剌としたこの少女の名はマリー。副団長とムスカリがテリオール・ノベルズの建屋に潜入調査を行った際に出会っていた。
「別に私は講習会に参加しただけで実害はなかったんだけど……」
「いいや、君も参加資格があるよ。嫌な思いをしたのだろう?」
ミステリー作家志望のまだ十四歳の少女の可能性の芽を、テリオール・ノベルズは摘もうとしたのだ。
けして許されることではない。
「……まぁ、講習会を受けた時は大人の女の人にウケる恋愛話を書けって言われてムカついたけど、食べていくためには我慢も必要だなって、今はちょっと割り切れたというか」
「そうか……」
父親がおらず、自分の稼ぎで弟を学校に行かせたいと考えているマリー。出会った時からあまり日数は経っていないはずだが、あの時よりもぐっと大人びて見えた。
「でもあのおじさんを、恋愛小説のヒーローのモデルにするのはどうかなって思ったわ。……物騒すぎない?」
マリーは、列のずっと先にいる副団長のことをちらりと見やる。
「確かに」
ムチを振り回したり暗器を投げたり。確かに物騒すぎるとムスカリは苦笑いする。
「あらぁ。あなた、青いわね」
マリーのすぐ後ろにいた婦人達が話に入ってきた。
「物語に出てくる男なんか、物騒ぐらいでちょうどいいのよ。だって、別に自分と結婚するわけじゃないし?」
「そうそう! 旦那にするなら、安全で働き者で家族を大事にしてくれる優しい男がいいけれど、妄想のネタにするなら美形でキケンな匂いのする男がいいわよね〜」
派手に着飾った婦人二人は、キャッキャと盛り上がっている。
それを見たマリーは口端を下げ、肩を竦めた。
「まだまだ私も修行が足らないみたい。もっと需要を理解しないと……」
(副団長殿は、誰よりも家庭を第一にしている方なんだがなぁ……)
物騒でキケンな男と、家庭的な父親は両立する。
ムスカリは列の先を見る。
ハリセンを打ち下ろす、パァーンという軽快な音が響いていた。
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