第29話 被害者説明会オブ公開処刑

 テリオール・ノベルズの被害者説明会の日がやっていた。

 被害者説明会の会場である、公会堂に集まったのは六十人の女性作家たち。

 公会堂は取り壊しがすでに決まっている場所で、すぐに借りられたのはここだけであった。


 女性作家たちの年齢はばらばらで、まだ成人したばかりであろう女性もいれば、孫がいてもおかしくない白髪の女性もいる。


「まず俺から挨拶をしよう」

「よろしくお願いします」


 まずは副団長から挨拶をすることになったが、ムスカリはなんとなくだが──嫌な予感しかなかった。

 灰色の騎士服をきっちり身につけ、生成りの外套を翻しながら演壇に上がる副団長。

 それまでどこか緊張した空気に包まれていた会場内。だが、副団長の姿を目にした女性作家たちの様子が明らかに変わった。


(やはり……)


 ムスカリの懸念したとおりであった。

 女性作家たちは、演壇にいる副団長のことを一心に見つめている。


(女性は、ただ容姿の麗しさを誇るだけの男には興味を示さないとされている。だが……)


 正確には、それは誤りだ。

 女性だって容姿の良い男性を好む。だが、外見だけで相手を判断すると痛い目を見ることがあるので、職業や周囲の評判などを用いて、男性を総合的に判断する。

 ムスカリは諜報と暗殺を生業とする特務部隊出身で、人の機微に関することは徹底的に叩き込まれていた。


(……副団長殿の外見や佇まいは、ずば抜けている)


 宗王の隣りに立つに、ふさわしい容姿を持ち合わせている。

 被害者説明会という、特殊な環境下にある中、副団長のカリスマとも言うべきオーラがどう作用するのか──

 ムスカリは不安に感じていたのだ。


「私は宗国軍王立騎士団近衛部隊副団長を勤めます──」


 壇上で副団長は淡々と名乗る。会場内にどよめきが走った。

 それはそうだろう、今まで編集者からモデルにしろとさんざん言われてきた人物そのものが現れたのだから。


(女性作家たちの目が輝きはじめたな……)


 こんなにかっこいい人を自作のヒーローのモデルにするならアリだと思われたら、それはそれで厄介だ。テリオール・ノベルズのやり方を肯定する動きになりかねない。


 ……ある意味、この時点ではムスカリは事態を楽観視していた。副団長の見目麗しさに、女性作家たちは絆されると本気で考えていたのだ。

 だが、金の恨み、自分の作品をないがしろにされた恨みは深いものであった。

 演壇に縄で後ろ手を括られたテリオール、そしてその関係者が現れると、事態は一転した。


「死んであの世で詫び続けろ! テリオール!」


 まるでコンプレックスを拗らせに拗らせた魔導士のような台詞を皮切りに、会場から怒号が飛び交い始めたのだ。


「諸悪の根源はだれー?」

「「「テリオール!!!」」」


 しまいには、応援公演よろしく掛け合いまで始まってしまった。横断幕を出している女性作家もいた。


(団長や副団長殿が仰っていたとおりだった……)


 この問題は穏便には終わらない。

 ムスカリのこめかみに汗がつたった。


「ムスカリ、ムチとハリセンを用意しろ」

「本当にやるんですか? 公開処刑を……」

「ああ、会場を見てみろ。皆唾を飛ばしながら思い思いに野次っている。……質疑応答などできる状況ではないし、俺の経験上、質疑応答をして被害者側の心が救われたことはない。なぜなら、質疑応答が真っ当にできる組織はそもそもやらかさないからだ」


(正論すぎる……だが)


 公開処刑は属国、南方地域の戦闘部族のやり方だ。

 宗国的とはとても言えない。

 どう考えても野蛮すぎるとムスカリは思った。


「副団長殿、お言葉ですが、公開処刑は宗国的なやり方だとは思いません」

「そうは言っても、テリオール・ノベルズには全額の賠償はむずかしい。ここでテリオールやその関係者が頭を下げたところで被害者が納得すると思うか?」

「しかし……」

「お前の言い分は分かる。公開処刑はどうみても野蛮な行いだろう」

「はい……」

「だがな。世の中綺麗ごとだけでは収まらんこともあるんだ」


 ムスカリは南方地域の戦闘部族の出身だった。幼い頃から一流の剣士・暗殺者となるよう、技術を叩き込まれてきた。ムスカリは村長である父親のことを尊敬しているが、今もなお色濃く残る因習だけはどうかと思っている。

 南方地域の多くの村では、罪を犯した人間を村民の前で罰している。聴衆の目前で罪人に体罰を与える行為は、ムスカリの目には野蛮なものとしか映らなかった。

 ムスカリは十一歳の時に王立騎士団のスカウトを受け、一人宗国に移り住んだ。多感な時期を宗国で過ごした彼にとって、南方地域の因習である公開処刑は受け入れがたいものなのだ。


「ムスカリ、お前の考えは真っ当だ。だが、正論だけでは人の心は救えない」


 副団長はムスカリの意見を言葉では受け止めつつも、その手を止めようとはしなかった。ムチを手に取ると、演壇に戻った。

 演壇には、縛られたまま簡易椅子に座らされたテリオール、そしてその関係者が五名いた。


「テリオール、貴様に選ばせてやる」

「なんだ……」

「罰として俺が振るうムチを受けるか、それとも、ここに訪れた被害者全員分のハリセンを受けるか……」


 ハリセンとは、使わなくなった地図などを折りたたんで作る扇状の武器のことで、叩く際大きな音こそ鳴るが、殺傷力はほとんどない。

 南方地域では主に、公開処刑の際、軽い罪を犯した者に使用される。


「ムチは一発。ハリセンは六十発だ。さぁどうする?」


(……副団長殿が手にしているムチ。あれはテリオール・ノベルズ社の物置から出てきたものだ)


 尋問の際、テリオールは「創作の資料だ」と答えたが、監査部が鑑識を行った結果、複数の人物の血痕が見つかったとのこと。血は水で洗い流した程度では落ちない。

 

 副団長はムチを構えると、それをテリオールが座る場所スレスレに撃ち下ろした。

 黒く、ヘビのようなものが曲線を描く。ダンッ!と、鋭い打撃音が演壇に響いた。

 衝撃はとても強いものだったのだろう。テリオールらがいる床から、ミシミシと床鳴りがした。


(あれをまともに喰らったら、骨が砕けるだろうな……)


 名人は道具を選ばないというが、まさしくその通りで、副団長は何でも人殺しの道具に変えてしまう。

 

(……女性作家たちは怖がっていないだろうか?)


 ムチなど、武器を振るうところなぞ一般の民に見せるものではない。ましてや、この光景を目にしているのは騎士や兵を除けば女性ばかりだ。

 ムスカリはちらりと会場に視線を走らせる。

 観客席にいた女性作家たちは、皆こちらを凝視していた。なかには万年筆を手に取り、熱心にメモを取っている女性作家もいた。



「くっ……! お、俺をこの場で殺せば、お前も罰せられるぞ!」

「殺しはしないさ、死なない程度にやる。ただ三ヶ月は苦しむことになるだろう」

「ええいっ、公開処刑なぞ冗談じゃない!」


 テリオールは縛られたまま、椅子から立ち上がった。

 だが、逃げられるわけがなかった。

 すぐさま、テリオールの目の前に、行く手を阻むようにムチが振り下ろされる。


「ひいいっ!」

「……どこへ行こうと言うのだ? 俺から逃れられるとでも?」


 ダンッダンッと重い打撃音が、演壇に響く。

 副団長は迷わぬ足取りで、テリオールに近づいていく。生成りの外套の裾から、黒革のブーツが覗いている。ムチの衝撃で裾がひらめていた。


(副団長殿が、冥府の王に見えるな……)


 万物の生き死にを決める冥府の王。テリオールを追い詰めるその様はまさしくそれであった。

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