第24話 かっこいい僕のヒーロー

 ムスカリに抱き起こされた若い編集者、アヒムがこちらを凝視している。

 戦いなど、一般の民に見せるものではない。


「部屋に突入するのが遅くなってしまった。すまない。……殴られたようだが、大丈夫か?」


 副団長は身を屈めると、なるべく穏やかな声でアヒムに話しかける。すると、アヒムの瞳が輝きだした。


「ひ、ヒーローだ……! かっこいい!」

「は?」


 アヒムの言葉と表情に、耳と目を疑う。


「助けてくださってありがとうございます! 僕、ずっとずっと、編集長のやり方に疑問を持ってました! でも言えなくて、作家の先生達を守れなくて、鬱々としてました。自分情けないなって……」

「そんなことないぞ。君は作品を守ろうと立ち上がったじゃないか、偉いぞ」


 副団長の言葉に、アヒムは首を横に振る。


「……僕は編集長に殴られただけですから」

「私も勇気ある行動だと思いますよ。上の人間に物申すなど、なかなかできることではありませんから」


 ムスカリも、副団長の言葉に同意する。

 アヒムはムスカリの手を取ると、ゆっくり立ち上がった。


「……僕はこの一年、編集長から命令を受けて『宗国の猟犬』をモデルとしたヒーロー像を先生達に書かせていました。すごく不本意だったんですけど、考え方が変わりました。ああ、本物はこんなに強くてかっこいいんだって……!」

「キラキラしてるところ悪いが、俺達は任務で潜入しただけで……」


 編集者は職業柄、物語フィクションに触れることが多い。非日常的な出来事があっても恐れたりせず、逆に楽しめてしまうのかもしれない。

 普通は目の前で殴り合いが行われたら、一般の民は恐怖で震えてしまうものだ。

 だが、アヒムは英雄譚に胸を躍らせる少年のような目を副団長やムスカリに向ける。


「任務!? 潜入!? 編集長が王立騎士団って言ってましたね! お二人はバディなのですか!?」

「あとでご説明しますから、落ち着いてください」

「あわわっ、ごめんなさい! 編集長は倒れてますから、何か必要なものがあれば僕が探します! 何でも聞いてくださいね」


(げ、元気だな……)


 捜査に協力的なのはありがたいが、こんなにあからさまに憧れの目を向けられると逆にやりづらい。


「って言っても、僕は下っ端の編集者でして、あまり深く事情は知らないんですけど……」


 アヒムの表情はころころ変わる。

 目をキラキラさせていたかと思うと、次はしょんぼりと肩を落とした。

 まるで愛玩犬のようだ。


「いいさ。この物音を聞きつけて人がやってくるだろう。君は仲間の編集者やスタッフに、何があったか説明してくれるだけでいい」


 ちょうど、複数の足音や戸惑うような人の声が廊下から聞こえてきた。


 ◆


「やれやれ……事情聴取は疲れるな」

「お疲れ様です、副団長殿」


 副団長は肩に手を置くと首を回す。ごきりと鈍い音がした。

 あの後、建屋のまわりを囲んでいた特務部隊を呼び、テリオール・ノベルズ社の中を捜索した。

 案の定、出るわ出るわ、不正の証拠の山。

 事務室の奥など、そこ一体が黒く澱んでみえるほどであった。

 ムスカリは口端を下げた。


「特務部隊はまだクリーンな組織だったんだなと……そう思いましたね」


 ムスカリの古巣である特務部隊は、諜報と暗殺を主に行う部隊だった。後ろ暗い組織ほど、会計管理だけはきちんとしている……なんてことは割とよくある。


「特務は任務内容と所属してる人間がアレなだけで、帳簿とか事務処理はしっかりしてたからな……」


 テリオール・ノベルズの帳簿は二重帳簿は当たり前。

 作家と交わしたであろう契約書の改ざんの跡も見つかった。

 テリオール・ノベルズは女性向けのペーパーバック小説専門の出版社だ。作家が女性ばかりということもあり、やりたい放題だったようだ。


 テリオールとその仲間であるエーゴンは今頃軍病院で目覚め、厳しい取り調べを受けているに違いない。


「新興の商売で、急成長しているジャンルは注意深く見張ったほうがいいな」

「そうですね……。しかし許せませんね、作家を夢見る女性達を食い物にするなんて」

「ああ、まったくだ。真っ当な報酬を受け取れていれば、専業作家になれた者もそれなりにいただろうに」


(……リモーゼ侍女長も)


 リモーゼが出していた小説シリーズ、雪鈴草の約束はペーパーバック小説ジャンルでは頭一つどころか十個は抜ける売り上げを誇っていた。当初の契約通りの印税が支払われていたのならば、郊外なら屋敷の一つでも買えたのではないか。

 もちろんテリオールやグルになっていた者達の財産は差し押さえられ、そこから賠償金は支払われるが、リモーゼが本来受け取るはずだった額には届かないだろう。


(……なんとかならないものだろうか)


 そんなことを副団長が考えていると、後ろから元気な声が聞こえてきた。

 振り向くと、そこには頬に湿布薬を貼ったアヒムの姿が。


「副団長さんっ! ムスカリさん!」

「アヒム」

「あのっ! 今回のこと、僕手記にしようと思うんです! また、お城に取材に行ってもいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 こういう奴の場合、断っても来るだろうなぁと思い、副団長は安請け合いする。


「やったっ! ありがとうございます! お二人のカッコいいところ、たくさん記事にしますね!」

「いや、俺達のことよりも……まぁ、いいか」


 できればテリオール・ノベルズの闇について証言してほしいが、それはまだ若いアヒムには荷が重いかもしれないと思った。

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