第23話 副団長、御用を改める

「副団長殿どうされますか? 編集長室へ押し入りますか?」

「そうだな……」


 いつまでもテリオールを放置できない。

 時間をかけて調査をしている間にも相手に勘付かれ、不正の証拠を処分されてしまうかもしれない。

 ここでテリオールを取り押さえ、外で待機している特務部隊の者に建屋の中を調べさせるのが得策だろう。

 そう副団長が算段していると、編集長室から思い詰めたような声が聞こえてきた。


「あの……!」


 メガネの男の後ろで、紙の束──原稿を持っていた男だ。ずっと俯いていたが、今は顔を上げている。まだ若い男で、二十歳前後といったところか。


「編集長! この作品は先生が『型に嵌ったものにしたくない』とこだわりを持って書かれたものなんです! そんな、どこにでもあるような煽り文にしないでください!」


 彼は、あの原稿を書いた作者の担当編集者なのだろう。作者がえがきたい、読者へ届けたいと思った世界を守ろうと、決死の覚悟で立ち上がったのか。

 若い編集者の手はぶるぶる震えていた。

 だが、彼の覚悟は、脂ぎった男の手でいとも容易く打ち砕かれてしまう。

 テリオールはソファから立ち上がると、下卑た笑みを浮かべる。


「若いな、アヒム。型に嵌ったものにしたくない? 作者はすぐにそんなことを言うんだ。自分だけは違う。自分は特別だ。唯一無二のものを書ける。そう思い込んでいる。編集や読者から見れば、いくらでも代わりのいる十把一絡げの字書きにすぎん」

「そんなことは……!」

「黙れ!」

「あっ……!」


 アヒムと呼ばれた若い編集者は頬を打たれ、床の上に転がった。テリオールはでぶでぶと肥えた醜い中年男だが、それでも元騎士。戦う術を持っている。


「世の中、型に嵌ったモンの方が安定して売れるんだよ。それは数字が物語っている」


 テリオールは短い足を上げ、床の上に倒れたアヒムにさらに危害を加えようとしていた。

 リンチを見逃すことなどできない。

 副団長が隠し持っていた暗器を取り出した、その時だった。

 自分達が潜んでいた扉が勢いよく開かれる。

 この扉を開いたのは、ムスカリであった。


(ムスカリ……!?)


「ぐあぁっっ!?」


 扉が開くと同時に、テリオールが悲鳴をあげた。

 ムスカリが錐のように細い銀の暗器を投げつけたのだ。

 テリオールは暗器が突き刺さった腕を押さえながら、こちらを振り向く。


「お、お前は……!?」


 副団長の顔を目にしたテリオールは、小さな目を見開かせる。


「くそっ、王立騎士団か!!」

「景品表示法違反にパワーハラスメント、売り上げの過小報告による脱税疑惑。お前の悪事は分かっているぞ! おとなしくしろ」

「お前は宗国の猟犬……! ええい、エーゴン! この二人を倒せ!」


(おとなしくしろと言ったのに)


 副団長は口端を下げる。

 退役騎士は血の気が多いのかなんなのか。

 取り押さえに行くとだいたい抵抗される。


 特にテリオールは宗西戦争の経験者なので、ある程度は反抗されると覚悟していたが、それでもこうもあからさまに「倒せ!」とか言われると、いい歳した大人なんだから、もう少し後先考えろよとげんなりしてしまう。


(テリオールも、宗西戦争で戦神せんしんの薬をキメた人間だろうか?)


 宗西戦争を戦い抜いた騎士の大半に、戦神の薬と呼ばれる体力増強剤が投与されていた。その効果は絶大だったが、精神に異常をきたす副作用があり、宗西戦争経験者は特に注意せねばならない相手であった。


「ふふふ……宗国の猟犬とは、あの宗西戦争の英雄ですか。ティンエルジュ侯爵家の婿になり、奥方の実家に十年以上も引きこもっていたとか。はっ! 私の相手になるんでしょうかねぇ?」


 エーゴンと呼ばれたメガネの男は、腰に下げていた杖を構える。どうも彼はテリオールの護衛らしい。


(あの杖は仕込み杖か)


 よく見れば、エーゴンは編集者とは思えないほど体格がいい。背が高く、シャツの上からでも肩の筋肉が盛り上がっているのが分かる。身の構えも、武術の達人者のそれだ。


(俺が妻の実家警護の任に就いていたことを知っているのか……)


 実家警護というと、ぬくぬく気楽にやっているイメージを持たれるのか、とにかく馬鹿にされがちだ。

 だが、ティンエルジュ家はこの宗国の筆頭貴族。領地の村々が大きな盗賊団に狙われたり、領主が住む屋敷に間者が入りこむことだってある。

 そんな脅威から、ティンエルジュ領を地道に護っていたのに。


(まぁ、侮ってくれたほうが、やり易いけどな)


 副団長は目にも留まらぬ速さで、懐から銀の細い暗器を取り出す。そしてエーゴンが構える杖にそれを放った。


「なっ……!?」


 カンッと音を立て、錐の形をした暗器が杖に突き刺さる。すると、艶やかな木目にぴしりと音を立て、亀裂が入った。


「あっ、あああっ……!」


 ばらばらと崩れていく杖だったもの。中に仕込まれていた刃ごと、床の上に無惨にも落ちていく。

 床の上には破片が散らばった。


「なんだ? 武器がないと戦えないのか?」


 ちらりとムスカリと若い編集者──アヒムの方を見る。

 ムスカリはアヒムを抱き起こしていた。

 彼らに注意がいかないよう、副団長はあえて挑発的なことを言う。


「くそっ! なめるなよ!」


 エーゴンは手に落ちた破片を床に投げ捨てると、立ち向かってきた。

 突進してくる相手はやり易い。

 相手の衝撃を利用して、投げ飛ばすだけで済む。

 副団長はエーゴンの鋭い拳をかわすと、腕を取り、そのまま背負い投げた。


 エーゴンの長身はぐるりと宙を舞うと、逆さの状態で本棚に叩きつけられた。

 

(やばい……っ!)


 ばきばきとけたたましい音立て、崩れていく本棚を見て副団長は額に汗を浮かべる。


(でかい音を出しすぎた。人が来たら厄介だな)


 建屋にいる人間を皆殺しにするのなら、音を立てようが関係ないが、今回の件の場合、連行するのはテリオールをはじめとした不正の主犯格の人間のみ。

 不正とは無関係であろう、タイピストやここに出入りしている作家は巻き込むべきではない。


(まぁ、護衛が倒されたらテリオールもさすがに観念するだろう……)


 そう楽観視したかったのだが。

 宗西戦争を潜り抜けたであろう人間は、土壇場になっても諦めなかった。


「宗国の猟犬よ! エーゴンは倒せても俺は倒せんぞ!! なぜなら……」


 テリオールはどこに隠し持っていたのか、護身用の折りたたみナイフを構える。

 すかさず、副団長は暗器を投げつけてナイフを砕いた。

 暗器を投げつけ、武器や防具を破壊する武装解除は南方の戦闘部族の基本戦術だ。

 普通の人間なら、武器を壊されれば抵抗意欲を失うからである。

 だが、テリオールは普通ではない。


「うおおおっっ!!」


 どてどてと足音を立てながら、テリオールが向かってくる。

 腹を揺らしながら立ち向かってきたテリオールに、足払いをくらわせる。そして倒れそうになったところを、後ろから首を軽く蹴りあげた。

 倒れたテリオールの身体は、ずざざっと音を立てて床を滑っていくが、彼が起き上がることはなかった。


「ふぅ……俺はもう暗殺者はやれないな……」


 気を失ったエーゴンとテリオールを見、副団長はぼやいた。

 物音を無駄に立てまくる暗殺者など、暗殺者失格だからだ。

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