第22話 調べれば調べるほど出てくる、きな臭い事実
日を改めてテリオール・ノベルズ社に忍び込んだ副団長とムスカリ。
彼らは編集長の部屋を張っていた。
「むはははっ! 笑いが止まらんのう」
副団長の視線の先には、窓際に置かれたソファの上でふんぞり返っている男がいた。でっぷりと太っており、不自然に整えたカイゼル髭を指先で弄っている。浮腫んだ手首や指には、金の輪がいくつも見える。
明らかに羽振りが良さそうだ。
(……あいつがテリオールだな)
テリオール・ノベルズは退役した元騎士達が興した出版社。編集長であるテリオールの顔に見覚えがある。
ただ、昔はもっとスマートだったが。
そのテリオールの向かいには、張り付けたような笑みを浮かべ、手揉みをしているメガネの男がいた。
「我が社のペーパーバックの売れ行きは絶好調でございますね、編集長!」
「女性読者の財布と心を掴むなんざぁ、ちょろいもんよ。世の女性達は、スペックの高い男から盲目的に愛される展開を好むからな」
「編集長、ちょうど新作のゲラが届きました」
手揉みをしているメガネの男の背後にも、紙の束を持った男がいた。
ゲラとは、校正が終わった原稿のことをいうらしい。
「うむ、確認しよう」
紙の束を受け取り、ぺらり、ぺらりと捲るテリオール。
数ページ目を通したところで、テリオールはふんと鼻から息を吐き出した。
「……結婚後、はじめて一緒に暮らす夫婦の話か。甘さが足りんな」
「……はい。作者はそこそこベテランですが、リアリティ嗜好でして。こちらが何度女性読者が好むようなとろあま展開を入れろと言っても、『平凡ヒロインを膝の上にのせて、食事を食べさせるハイスペ騎士のエピソードなんか書けるか!』と強く抵抗するのです」
(ヒロインを膝の上にのせる……? 石抱か?)
石抱とは、正座した人間の膝の上に石の重しを置く拷問の一つだ。石責ともいう。
副団長は自分の妻の姿を思い浮かべる。妻の体重は約六十五キロで、ちょうど拷問に使う石と同じ重さだ。
あんなに重いものを膝にのせて、さらに食事をさせるとは──副団長はぶるりと肩を震わせる。膝が潰れてしまう。
(拷問展開を、嫌がる作者に書かせようとするなんて……ますます放っておくわけにはいかないな)
それに小説を読んだ女性が、石抱展開に憧れてしまうかもしれない。石抱を流行らせてはいけない。
女性はいつ太るかわからない生き物だからだ。
ティンカーベルから、ボストロールに変化するのなんか一瞬である。ボストロールはボストロールで、それはそれで可愛いが。
(うちの奥さんも結婚当初は細かったが、みるみるうちに丸くなったからなぁ)
丸くなった妻も愛しているが、膝の上にのせられるかと言えば、違う。
体重三十キロの次女を膝にのせるのが限界だ。
副団長が思いを巡らせていると、テリオールは紙の束をメガネの男に突き返した。
「煽り文にこう書いておけ。『一緒に暮らしはじめたハイスペ騎士の旦那様が、離してくれません!』……とな」
テリオールはにちゃりと脂ぎった笑みを浮かべる。
ペーパーバック小説の表紙には、女性が好むような展開がそのままタイトルとして銘打たれているが、タイトルとは別に煽り文と呼ばれる副題も記されている。
ふと視線を感じた副団長は、後ろを振り返る。
ムスカリがなんとも言えない顔をして、こちらを見ていた。
副団長はぱくぱくと口を動かして「どうした?」と尋ねた。
「あの小説に心当たりがあります。特務部隊に相談に来た女性がいまして……」
ムスカリも声に出さず、口だけ動かして話す。
「女性はもう何冊もテリオール・ノベルズからペーパーバック小説を出している作家で、毎回実際の内容とは違う煽り文を勝手に付けられて困っているという相談内容でした」
「それは景品表示法違反の可能性があるな」
(犯罪をやるやつは、いくつも違反を犯しているのが世の常だが……)
侍女長リモーゼが書いた小説の、販売数や売り上げが過小報告されているのではないかという疑惑から動き出した今回の事件。
調べれば調べるほど、テリオール・ノベルズからきな臭い事実が出てくる。
「テリオールが見ていた原稿の中身も……」
「はい、テリオールは『一緒に暮らしはじめたハイスペ騎士の旦那様が、離してくれません!』と煽り文に書けと命じましたが、実際のヒーローは黒光りするような限界
「労基か……」
小説の実際の内容は、結婚したハイスペ旦那が騎士団から搾取されまくっていると知った平凡ヒロインが、法律を勉強して騎士団を相手取って裁判を起こすといったものらしい。
「ヒロインかっこいいな。もはや平凡ではない」
「はい、搾取されているヒーローを救おうと頑張るヒロインは素晴らしいと思います。その点を一切アピールせず、ハイスペ騎士からの溺愛展開ばかり推すテリオール・ノベルズは……クソかと」
ムスカリの紫の瞳は怒りに燃えていた。
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