第20話 上手く笑えなくなってしまう
女性向け恋愛小説における、理想のヒーロー像が、自分。
スルーできない話題に副団長は身を屈め、壇上の男が話す内容に集中する。
「王立騎士団近衛部隊の副団長は、皆さんご存知の通り、『人を寄せ付けない冷徹な騎士が、平凡なヒロインを見初め、盲目的に溺愛する』……という大人気ジャンルのテンプレート元の一人となった方です」
(……知らんわ)
いつのまにか、自分は恋愛小説のヒーローの
(だいたい何だ、『人を寄せ付けない冷徹な騎士』って。人の苦労も知らないで……)
子どもの頃から、感情を出すのが苦手だった。もっと笑った方がいいと言われても、淡々と話さないで欲しいと言われても、どうにもできなかった。別にスカしてなんかいない。ただ単に気持ちを表現するのが難しかったのだ。
なぜなら、子どもの頃から一流の殺し屋となるよう育てられ、感情を殺す癖がついてしまっていたからだ。まともな感情を持ったままでは、暗殺の修行にも任務にも耐えられなかっただろう。
だが、騎士団は組織だ。周りと上手くやっていかねば、戦場で命取りとなる。対人関係が苦手なせいで、部下達を危険に晒すわけにはいかなかった。
対人能力を伸ばすための指南者を読み漁り、色々やらかしながらも
人とは違うという自覚は昔からあった。それでも、なんとか人の顔を取り繕い、懸命に大人のふりをしてきたのである。
「……読者はヒロインになりきって物語を読み進めます。感情移入をしやすいように、どこにでもいるような女性がヒロインとして好ましいですね。そんなヒロインに、冷徹だと周囲から思われている美形騎士が『ヒロインにだけ』甘い顔や弱いところを見せる……読者はこう思うことでしょう。『私にだけ本当の顔を見せてくれた』と」
壇上の男はギャップ萌えがいかに大事か、得意げに語る。
「社会的地位のある、見た目も良い男が自分にだけ別の顔を見せる……。そのことに、女性はえも言われぬ優越感に浸れるのです」
(そうだろうか……)
妻の姿を思い浮かべる。
たしかに妻にだけ見せている顔はある。何をやっても上手くいかないことがあり、弱音を吐きまくって涙を流したことだって、過去にはあった。
今でこそ精神的に落ち着いているが、若い頃の自分は不安定で、本当に酷い状態だった。
それでも妻は明るく自分を支え続けてくれていたが、優越感に浸っているとかそんな様子は無かったように思う。
(……これ以上、ここで話を聞いていても仕方がないな)
女性達を集め、何をしているのかはだいたい分かった。奴らは自分を雛形とした小説を流行らせ、それを量産しようとしているのだろう。
副団長は顔を上げると、後ろにいたムスカリに目配せした。
声を発せず、口だけ動かして用件を伝える。
「今日のところは引き上げるぞ。女性達を巻き込むわけにはいかない」
「はっ」
◆
外へ出たムスカリと副団長。
ムスカリは何とも言えない顔をして、副団長の背中を見つめる。
(副団長殿……)
自分が、女性向けの恋愛小説の設定に使われていた。これはなかなかにショッキングな出来事だろう。
なんと声をかけたら良いのか、ムスカリが考えていると、副団長の方から口を開いた。
「ムスカリよ……」
「はっ」
「俺は『人を寄せ付けない冷徹な騎士』か?」
(冷徹だとは思わないが……)
正直なところ、副団長の対人スキルには少々難があるなと思ってしまう。淡々としていて感情が読めないところは、部下として辛いところだ。
だが、特務部隊あがりにはそういった人間は別に少なくない。特に、宗西戦争を経験している人間には。
特務部隊は諜報と暗殺を担うところで、感情を押し殺さないとやれない任務も多い。
上手く笑えなくなってしまう気持ちは痛いほど分かる。
ムスカリも、特務部隊あがりだ。
彼も過酷な任務をこなしていく内に、感情を露わにするのが苦手になった。
「仕方ないと思います……。特務の任務は、まっとうな人の心があったらやっていけませんから」
ムスカリは項垂れると、絞り出すだすように声を発する。
元特務部隊団長の、ブルーノのような男は特殊なのだ。
「でも、副団長殿が冷徹だとは、私は思いません……。お子さん達に向けられる笑顔は温かいですから」
「……そうか」
「はい」
「子どもができた時に思ったんだ……。俺が主にあの子らの世話をしていたから、俺のせいで喜怒哀楽の少ない子になったら申し訳ないって」
副団長は、後ろに撫でつけた頭をかく。
「ガラじゃないなりに、精一杯笑おうと思ったな。あの子らのために」
「そうですか。私もそのような父親になりたいです。私も……上手く笑えなくなってしまった者の一人ですから」
『人を寄せ付けない冷徹な騎士』──この言葉は、ムスカリの胸にも突き刺さっていた。
二人の間にしんみりとした空気が流れた、その時だった。
「……ムスカリ、女性達が門から出てきたぞ?」
テリオール・ノベルズ社がある建屋から、ぞろぞろと女性達が出てくるのが見えた。
その中に一人、子どものような様相の者がいるのを発見する。
「まだ成人前っぽい女の子もいたのですね」
「ふむ……声をかけてみるか? あの講習のスケジュールも知りたいしな」
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