第18話 潜入調査

「ムスカリ、テリオール・ノベルズの不正の証拠は揃ったか?」

「はい、王都にある大手本屋や貸し本屋を回りましたが、やはりリモーゼ侍女長の小説は販売部数がトップクラスです。流行になっていてもおかしくはないと思うのですが……」

「ふむ……」


 副団長は手にしていた新聞に視線を走らせる。そこに掲載されていたペーパーバックの売り上げランキングは、相変わらず溺愛もので埋めつくされている。

 リモーゼの作品の名はひとつもない。

 なにかしらのランキング操作がされていると見て、間違いないだろう。


 (……リモーゼ侍女長の作品は、今作が最終巻だ)


 ムスカリが調べたところによると、『雪鈴草の約束シリーズ』は今作で打ち切りらしい。

 せめて最終巻ぐらい、まっとうな評価が紙面に載るべきだと副団長は考える。

 いくらリモーゼから冷たい態度を取られているとはいえ、不当に過小評価されている者を放ってはおけない。また、売り上げを虚偽報告した脱税が行われている可能性も高い。


 早いうちに手を打たねば。


「……よし、テリオール・ノベルズの運営元に潜入するか」

「えっ、副団長殿自らですか?」

「ああそうだ。もしも見つかっても、俺は宗王の名の元に行動している。罪にはならんさ」

「そ、そういうものですかね……?」


 通常、どの組織もトップは下に指示だけ出して、本人は動かないものだ。だが、副団長は違う。


「それに、上が動いたほうが早く片付くこともあるからな」


 ◆


 まず、ムスカリが特務部隊時代によく使っていたという貸し衣装屋を訪ねた。

 ここは表向きは中流層に訪問着を貸し出している店だが、裏では諜報員用の服を取り扱っているらしい。

 何年前から貼ってあるのか分からない、色褪せたポスターの存在がいかにも個人商店っぽい。


「編集者になりすましたいのだが」

「……了解しました」


 副団長の依頼に、老齢の男の店主は静かに頷くと、部屋の奥へと入っていった。


「爺さんは愛想は悪いんですけど、腕は確かです」

「そうか……」


 (まぁ、おしゃべりでは諜報員とは関われんだろうな)


 特務部隊は他の部隊と比べても、格段に機密任務が多い。愛想が悪いのなら、逆に信用できるだろう。

 その後、店員らしき中年女性に衣装や小物を渡され、試着室に通される。

 姿見鏡だけが置かれた小部屋で、副団長は渡された衣装を広げる。


 (ふむ……。ノーカラーシャツにスラックスか。一見すると、王都で暮らす中流層がよく着ている服に見えるが、脇や腰まわりに伸縮性を持たせている。……これは戦うための服だ)


 匠の仕事ぶりに、副団長は満足しながら着込む。

 既製品であるはずなのに、まるでオーダーしたかのように身体にフィットする。ややスラックスの丈が足りないが、変装するのは貴族でなく平民の編集者だから問題はないだろう。多少着こなしに難があるぐらいが、リアリティがある。

 最後に、小物として用意されていた度なしのメガネを掛ける。テンプルが細めでなかなか洒落たデザインだ。


「待たせたな」


 着替えを終えた副団長は、カーテンレールを引く。

 そこにはすでに着替えを終えたムスカリがいた。


「副団長殿……」

「おっ、なかなか似合っているじゃないか」


 ムスカリは平民にしては長身で、いささかガタイが良すぎる気もしたが、テリオール・ノベルズは元々退役した騎士達が興した出版社だ。編集者が多少厳つくても逆に自然かもしれない。

 顎をさすりながら、副団長がムスカリのことを見上げていると、ムスカリは何とも言えない顔をした。


「どうした? ムスカリ」

「副団長殿、差し出がましい発言かもしれませんが……」

「いいぞ、言え」

「ちょっと、いえ……カッコ良すぎませんか? 副団長殿のような一般人、まずいないと思うのですが……」


 (こいつ……。うちの奥さんみたいなことを言うな……)


 ふと、隣にあった姿見鏡で自分の姿を見る。

 そこには、文官と見間違うほどほっそりとした中年男の姿があった。自分で言うのもなんだが、勤続二十年以上の騎士にはとても見えない。


 副団長はムスカリへ向かって、親指をぐっと立てて見せる。


「大丈夫、よくいるうだつが上がらない中年男だ」

「副団長殿がうだつが上がらない男なら、この世にいるすべての男はうだつが上がりませんよ……」


 ムスカリの呆れた声が、古びた店内に落ちた。

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