第14話 実力のある人間が、不当に過小評価されていたら腹が立つ

「テリオール・ノベルズですか?」

「ああ、なんでもいい。知っていることがあれば教えて貰えないだろうか? たとえば……どんな作品が人気なのか、とか」


 夕方になり、一度詰所へと戻った副団長。

 彼はいつも通り娘達におやつを食べさせ、連絡帳をチェックし、宿題をみてやった後、詰所に来ていた妻に声をかけた。

 今、夫婦は詰所内にある相談室にいる。


 妻は顎に人差し指を当てると、天井を見上げる。


「うーん。テリオール・ノベルズの人気作品ですか……。他の女性向け恋愛小説レーベルとあまり変わりはないと思いますが、強いて言うなら……『周囲に冷酷だと思われている騎士様や将校様から、平凡な女の子が些細なことがきっかけで気にいられ、トロ甘に溺愛される』っていう設定の、女性の夢が詰まった溺愛物の小説が人気だと思います」

「……その手のタイトル、売店のペーパーバックコーナーで山ほど見たな」


 女性の夢が詰まっているのは分かるが、読者はそんな溺愛物ばかり読んでよく飽きないなと副団長は思う。


「皆が易々とは近づけない、憧れの人から盲目的に愛されたいと世の女性達は願っているのでしょうね。……努力は一切なしで」

「なるほどな……」


 (不正疑惑があるテリオール・ノベルズ……。だが、出版している作品の傾向は他の出版社とあまり違いはなさそうだな)


 テリオール・ノベルズは、五年前に退役した元王立騎士団の騎士達が中心となって興した出版社だ。

 約十七年前に宗西戦争に勝利して以来、この宗国の発展は目覚ましい。印刷技術も日々進歩しており、ペーパーバックなどの安価な書籍の大量生産も可能になった。印刷技術の向上と相まって、ここ数年出版社が激増しているのだとムスカリは言っていた。


 (女性の社会進出の機会も増えている。ペーパーバックを買う余裕のある女性が増えたのも、テリオール・ノベルズのような新興出版社が増える要因になっているのだろうな)


「そのテリオール・ノベルズがどうかしたのですね?」

「……まぁな。リモーゼ侍女長がそのテリオール・ノベルズから小説をいくつか出しているのだが、売り上げを過小報告されている可能性があるんだ」

「まぁ! それはいけませんね」


 黙っていても妻には勘付かれてしまうだろう。

 副団長は現在調査中の案件について話すことにした。


「侍女長が書いた小説を読んだことがあるのか?」

「ええ、『雪鈴草の約束シリーズ』でしょう? 他の女性向け恋愛小説とはかなり毛色が違う作品ですから、出版社的にはあまり売れたことにしたくないのかもしれませんね……」

「どうしてだ?」


 副団長は妻の言葉に首を傾げる。

 個性のある作品が売れると、何かまずいことでもあるのだろうか?


「リモーゼさんが書かれるお話って、この宗国ではない別の国を舞台としたものが多いんですけど、なんというか考証がすごいんです。ディテールが細かいのに読みやすくって……。お話の展開も、ヒロインがスペックの高いヒーローから盲目的に愛されるって感じじゃなくて、ちょっと他の作家さんには真似できないというか……」

「なるほど、出版社的には模倣がしやすいものが流行ってほしいのだな?」

「そういうことです。溺愛物はパターンがある程度決まっていますから、再現性が高いのです。新人さんでも書きやすいジャンルだと思います。どんどん新人が入ってくる状態じゃないと業界が衰退しますから」


 副団長の妻は商才のある女性だった。自領が生業としている服飾部門は彼女が担当しているが、業績がずっと右肩上がりなのはマーケティング力に長けた彼女のおかげだろう。

 副団長の妻はありとあらゆるものに空中線を張り、世の中の動向を見ている。

 女性向けの恋愛小説を読むのはただの趣味だと妻は言っていたが、専門ではない業界のことでこれだけ考察できるのはさすがとしか言いようがない。


「テリオール・ノベルズ的には、イレギュラーな売れ方をする侍女長が邪魔なのかもしれんな」

「でも、よそには行ってほしくないから続刊していたのかもしれませんね……」

「していた?」

「『雪鈴草の約束シリーズ』は、今回出た刊で最後だと噂されているのです」

「ふむ……」


 実力のある人間が、それを邪魔だと思う組織から潰されてしまうのはよくある話だ。

 だが、今回の件は見過ごせない。

 テリオール・ノベルズの運営陣は元王立騎士団の騎士や兵であること。また、売り上げの過小報告を行っている可能性が高いからだ。

 国を守る立場だった元騎士が脱税など、到底許されることではない。

 それに。


 (実力のある人間が、不当に過小評価される……いつ聞いても腹立たしい話だな)


「ありがとう、非常に参考になった」

「まぁ、私の妄想混じりの話ですけどね。実際はどうなのか……」

「いや、妄想でもありがたい」


 なんとなくだが、この妻の考察は当たっているような気がした。


「……さあ、そろそろ時間だ。エミリオのお迎えに行こうか」

「あら、いけない。すっかりお喋りに夢中になってしまいましたね」


 二人は簡素な椅子から立ち上がると、壁掛け時計の針の位置を確認しながら、慌ただしく相談室から出ていった。

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