第11話 独身平民は考える。あこがれの侍女長様からキモいと思われない方法を。
(まさか、あの侍女長のリモーゼさんとお茶できるなんて……!)
リットは浮かれていた。
彼にとって王城で働く侍女は憧れの存在だった。
かっちりとしたお仕着せを身につけ、きびきびと働くリモーゼのことは、特にかっこいいと思っている。
二人で近くのカフェに入る。今日は陽気が良いからか、木製の扉は開け放たれていた。
店員に案内されたテーブル席に、二人は座る。一人掛けのソファはふかふかしていて座り心地がいい。
ペンダントライトがいくつも吊るされた洒落た空間に、リットは落ち着きなく首を巡らせた。
(女の人と二人きりでカフェに入る……そんなイベントが俺にも起こるなんてな! ハハッ!)
リットの背景に、桃色の花がいくつも飛ぶ。
こういう場に一緒に行く相手は100%男で、最近はほとんど一人で行っていた。
それに普段はもっと、裏道にあるようなボロい店に入る。こんな表通りにある洒落たカフェになぞ入らない。
店員が水が入ったグラスを運んでくる。
リットがブランチセットを頼むと、リモーゼも同じものを頼んだ。王都のだいたいのカフェにはブランチメニューがあり、ちょっとした軽食と飲み物がついてくる。リットはコーヒー、リモーゼは紅茶を選んだ。
(……さて、何を話そう?)
リットは現在、職場である染め物工場と自宅を行き来するだけという、なんとも無味乾燥な独身平民生活を送っている。言葉を交わすのはパートタイムで働くおばちゃん達と、同僚のおっさん達のみ。週に数回民間の剣術道場へ通っているが、そこにいるのも兵士あがりの無骨なおっさんだけ。自分よりも年若い女性と口をきく機会はほぼない。
(……やばい、おっさんとしか喋ってないから、女の人と何話していいか分からんぞ?)
ちなみにリットにとって、副団長はおっさん枠ではない。あんなに綺麗でかっこいいおっさんがいてたまるか。
(うーん……。女の人にキモいと思われない話題って何だろう?)
この機会にリモーゼと仲良くなりたいだなんて、そんな大それたことは微塵も考えないが、せめてキモいと思われない程度の話題は振りたい。
リットはたまに王城へ、制服や制服のサンプルを届けにいく。侍女関連の届け物の場合はリモーゼが受け取ることも多いので、気まずくならないようにしたいのだ。
「リットさん」
「は、はい!」
リットが何を話そうかあれこれ考えていると、先にリモーゼが口を開いた。
「急に誘ってしまって申し訳ありませんでした。ご迷惑ではなかったですか?」
「いえ、ぜんぜん! 嬉しいですよ。暇でしたし!」
迷惑なわけがないと、リットはぶんぶんと首を横に振る。
「ありがとうございます……。一人でいたくなかったので、助かりました」
リモーゼは悲しげな顔をして、テーブルの隅に置いていた本に視線を落とす。
「その本がどうかしたのですか?」
「ああ、献本をもらったんです」
「けんぼん?」
「私、本を出してるんですよ」
リモーゼは侍女の仕事をしながら、執筆活動をしているという。王城で働く侍女は基本的には副業が認められていないが、唯一執筆業だけは許されているらしい。
「本を書くなんてすごいですね!」
「そんな、すごくなんかないです……。私の本はその、売れていないので……」
俯くリモーゼの瞳は潤んでいた。
「それに今朝、編集部へ行ったら、続刊はないと言われてしまいました……」
いつもはきっちり髪をまとめて、きびきび働いているリモーゼからは想像できないほど弱々しい声だった。
リットはなんと声をかけていいか分からない。彼女が本を出しているという事は、今はじめて知った。知り合い以下の存在である自分が、下手なことは言えないと思った。ここは中途半端に励ましても、逆に彼女に嫌がられてしまうかもしれない。
(励ますことができないなら、ここは……)
リットは少し考えると、ある提案をした。
「そうですか……」
「はい……」
「俺、ずっと職人をやっていて、たいした学もなくって、本もあんまり読んだことないんですけど。その、話だけなら聞くんで……ぶっちゃけてみませんか?」
(マズッたかな……)
リモーゼはじっとこちらを見ている。恥ずかしくなったリットは、テーブルの上に視線を落とした。
「い、いいんですか……?」
返答を間違えてしまったとリットが後悔した、その時だった。リモーゼは声を震わせて、頬に涙をこぼした。
泣いてはいるが、嫌がってはいなそうだ。
「どうぞ! ……話を聞くことしか、できませんけど」
(俺はウマいことなんか言えない)
女性経験がなさすぎる自分では、リモーゼを慰める台詞なんかひとつも言えないだろう。
せめて、彼女の愚痴をとことん聞いてあげようと思った。問題は何も解決できなくとも、話すだけでスカッとすることもある。
リットは頭を掻きながら、リモーゼに笑顔を向けた。
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