第9話 えっ、おやっさんが結婚できるのに、イケメン団長が結婚できないって、そんな話あるわけないじゃないですか!
「クリスティアン団長のお見合い相手が見つからない?」
「ああ……」
「……冗談ですよね?」
「誰がこんなつまらん冗談を言うと思う? 俺は団長の見合い相手探しに奔走させられているんだぞ」
副団長は、生姜の粕が沈んだグラスの中身をぐびりと飲み干す。
(あの王子様みたいな人に、お見合い相手すら見つからないなんて)
信じられないとリットは思う。
王城へ騎士や兵士の制服を届けに行った際、何度かクリスティアンの顔を見たことがあるが、金髪碧眼のびっくりするような美形だった。しかもまったく偉そうではなく、平民のリット相手にも腰が低かった。
(おやっさんが美人女優と結婚できるのに)
背が低くて腹が出ている上に、頭が薄くなってる四十三歳が王都でも人気の女優と結婚できるのに、顔と家柄が良い騎士が、見合い相手にすら困る状況だとは。……にわかには信じがたい。
「旦那。ダリア・シェーンって知ってます?」
「王立歌劇団の女優のダリア・シェーンか? 妻の従姉妹だ」
「えっ、お嬢の?」
「シェーン家も王家の傍系だからな。そのダリアがどうした?」
「実は俺の同僚と結婚したんですよ。四十三歳のサエないおやっさんと。なーんか、おかしくないですか? クリスティアン団長みたいな男前が結婚できないのに、おやっさんが美人女優と結婚なんて」
リットが唇を尖らせると、副団長はふっと小さく笑う。副団長は瓶を持つと、空になったリットのグラスに追加の麦酒を注いだ。
「皆が皆、顔と家柄が良い男が好きなわけではないからな。……特にダリアは息の長い人気女優だ。今まで、己に自信のある男が大勢言い寄ってきたのだろうな」
「顔と家柄が良い男は飽きたってことです?」
「どうだろうな? だがリットの同僚には、言い寄ってきた男達には無い魅力があったのだろう」
「そうですかね〜。まぁ、おやっさんはすごく良いひとですけどね。歳が離れた俺にも良くしてくれますし。だから、おやっさんが幸せになって嬉しいですよ」
リットは副団長が注いでくれたおかわりの麦酒を喉へ流し込む。マスターおすすめの牡蠣料理も絶品で、酒がすすんだ。
「……リットはいい奴だな」
リットが殻付きの牡蠣をつるっと啜っていると、副団長は目を細めた。
「いやぁ、全然っすよ。さっきまで俺、落ち込んでいたんです。仲良かった同僚が全員結婚して、俺だけが独りもんになっちまったんで。おやっさんには散々世話になってきたくせに、素直に祝福できない俺ってほんと、駄目人間だなーって」
「そんなことはないさ。リットは素直で、接していて気持ちの良い人間だ。マスターもそう思うだろう?」
「はい。コミュニケーション能力が高くない閣下とここまで楽しく呑めるなんて。リット様はコミュニケーション力お化けですね」
「いやいや……褒め過ぎですって」
副団長とバーのマスターから褒められたリットは首を横に振る。だが、悪い気はしない。
「はぁ……。でも将来を思うと絶望ですよ。一緒に遊ぶ男のツレがいれば老後も楽しく過ごせると思っていたのに」
「まあ、今家庭を持っている男でも、老後は独りになる者も出てくると思うぞ? たとえば俺とかな」
副団長は自分を指さした。
リットはそのジェスチャーに、首を傾げる。
「いや……。旦那には、お嬢とかお子さん達がいるじゃないですか」
「うん、まぁなあ……。でも俺はティンエルジュ侯爵家の跡継ぎにはなれなかったからな。この一年でずいぶんと侯爵家との関わりも減ったし、追い出されてしまうのも時間の問題かもしれないな」
「えーっ、ずっとティンエルジュ侯爵家に居てくださいよ。旦那が来ないと工場のおばちゃん達が泣いちゃいますよ。あっ、もちろん、俺も寂しいです!」
「……ありがとう、リット」
悲しげな顔をして微笑む副団長に、リットは切なくなる。男前は悲しそうな顔をしても男前だ。
(お館様は、何で旦那を次期侯爵に指名しなかったんだろう?)
現ティンエルジュ侯爵は、領民達からお館様と呼ばれていた。リットもそう呼んでいる。
侯爵は商才に長けた人物で名領主だと有名だが、その一方でかなりワンマンな人物としても知られている。四年前に孫娘のテレジアを次期侯爵にと指名した時はリットも驚いた。
(……きっと、かっこよくて出来が良すぎる旦那を嫌ったんだろうな)
リットは牡蠣を摘むと、口の中へ放り込み、そのまま麦酒で流し込んだ。
侯爵はお世辞にも美男とは言えない外見をしていて、背が低くて冴えない印象だ。
(俺はどれだけ惨めでも、男前に嫉妬しないようにしよう)
今だけはそう心に決めるが、また明日になればコンプレックスは息を吹き返すだろう。
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