第5話 うちの奥さんは侯爵家の人間で顔が広い


「えっ、クリスティアン様のお見合い相手を見繕うことに?」

「ああ、ディートリヒ子爵に頼まれてしまってな。誰か良い相手がいれば良いのだが……」


 子ども達のことを部下のリーリエに任せ、副団長とその妻は相談室に入る。騎士団の詰所内には、簡素な机と椅子が四脚あるだけの小部屋がいくつか存在した。

 

 (……うちの奥さんは、侯爵家の人間で顔が広い)


 自力でクリスティアンの見合い相手を探すのを早々に諦めた副団長は、妻を頼ることにした。

 彼の妻は国の南半分を治める侯爵家の出身。とにかく顔が広く、何より権力がある。

 妻が勧めれば、その女性は見合い話を受け入れざるを得ないだろう。


 妻は人差し指を口元に押し当てると、困った顔をした。彼女の頭の中では、きっと色々な人間の顔が浮かんでいるはずだ。


「ご紹介は難しいですね……」


 副団長は期待したが、しばらくすると妻は首を横に振った。


「どうしてだ? 君は貴族や商人との付き合いがある。誰か一人ぐらい……」

「ディートリヒ子爵家は、爵位こそ子爵ですけど高級ワインの製造販売で莫大な財を成しています。並の伯爵家より裕福ですけど、だからこそ他家は付き合いに慎重になると思われますわ。爵位と財力が良い意味でも悪い意味でも釣り合わない家との関係は難しいですから」

「……つまり、貴族達はディートリヒ子爵家に娘を送りたがらないのか」

「ええ、それもありますが。……ディートリヒ子爵家と縁を結べそうなめぼしい家とは、すでにお見合いが済んでいるかと」

「なんてこった」


 副団長は後ろに軽く流した黒髪を掻く。

 クリスティアンは男の自分から見ても条件の良い男だ。家柄も血筋もよく、見目も良い。職業は女性に人気の騎士だ。見合い相手ぐらいすぐに見つかるだろうと考えていたが、どうやら見通しが甘かったようだ。


「今年成人したばかりの女の子ならお見合いはまだでしょうけれど、さすがに二十歳差の縁談は可哀想ですし……」

「クリスティアン団長がいくら男前だと言っても、二十歳差は酷だな……。団長は頼りないところがあるから、出来れば大人の女性が望ましいと思うのだが」


 クリスティアンにはそれなりにしっかりした大人の女性が良いだろうと思い、王城で働く侍女達に声を掛けたのだ。

 ……あっさり断られてしまったが。


「もう初婚の相手は諦めたほうが良いと思います。出戻りの方でいいのなら、何人か浮かびますわ」

「出戻りか……」


 三十代も半ばなのに、「相手は清らかな乙女がいい」などとは言わないと思うが、一応クリスティアンには確認した方がいいだろう。


「それにしても旦那様も大変ですね。上官の方のお見合いのセッティングなんて」

「……仕方がない。団長の座を譲ってもらうためだ」

「出来る限り私も力になりますから」

「ああ、頼りにさせてもらおう」


 二人はほぼ同士に椅子から立つ。

 妻は机の上に置いていた紙袋を手に持つと、「こちら、大事に読みますね」とにっこり微笑んだ。

 難しい話でも妻が協力的なのは、ペーパーバックの小説を差し入れた効果もあるかもしれない。


 ◆


 一方その頃……。


 (はああ……。また父上から『結婚はまだか』と言われてしまった)


 謁見の間の警護を終えた後、城内でうっかり自分の父親と出会でくわしてしまい、小言を言われてしまったクリスティアンがとぼとぼと一人で歩いていた。

 向かう先は王城敷地内にある売店。

 そこで果実水でも飲んで気分を変えようとしていた。


 (ん……?)


 売店へ向かっていたクリスティアンは、売店内にある本コーナーに見知った顔があるのに気がつく。

 くすんだ金髪を頭の後ろで丸く纏めた女性は、ペーパーバッグを数冊手に取ると、眉間をきゅっと窪ませた。


 (あれはリモーゼ侍女長……?)


「やあ、どうしました? 侍女長」


 クリスティアンは片手を上げると、険しい表情を浮かべている侍女長リモーゼに話しかける。

 リモーゼはハッとした顔をすると、その場にペーパーバックを起き、慌てて腰を折った。


「これは……クリスティアン団長」

「どうかしたのかい? そんな難しい顔をして」

「いえ……何でもないのです」


 リモーゼは眉根を寄せたまま、視線をそらし、首を振る。明らかに何かがあった様子だ。


「私で良ければ話を聞きましょうか?」


 (侍女長には普段お世話になっている……。何かあるのなら、力になりたい)


 お節介かもしれないと思いながらも、クリスティアンは話を聞くと申し出る。

 困っている人がいたら、手を差し伸べるのが騎士だからだ。

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