第3話 騎士は何故、人気なのか

「閣下、小説を買われるんですか?」

「ああ。うちの奥さんが好きなんだよ、恋愛小説。せっかく売店に寄ったんだ。何冊か買っていってやろうと思ってな」


 あの後、副団長と侍女三人は再び売店の本コーナーに戻ってきた。

 副団長がペーパーバックを一つ手に取ると、侍女の一人が驚きの声をあげた。


「ええっ、奥様は閣下がいらっしゃるのに恋愛小説を読まれるのですか? しかも騎士物の……!」

「物語と現実は違うだろ……」

「騎士物と一口に言っても、内容は色々ですよ? 奥様、苦手な設定とかないんですか?」

「うーん、そうだな」


 副団長は自分の顎に手を当てる。


「確か、妄執・執着系は苦手だと言っていたな。ヒロインが相手の男に拉致監禁される話は得意ではないと」

「それ、閣下が地雷じゃないですか」

「俺は奥さんを閉じ込めたことなんか無いぞ?」


 侍女達は日頃から恋愛小説を嗜んでいるのだろう。

 やたらと詳しかった。

 この手の恋愛小説は、タイトルだけでもある程度のシチュエーションが予想出来るものらしい。

 タイトルをよく見ると、確かに「溺愛されました」とか「愛されていました」とか、オチが書いてある。

 恋愛小説のタイトルのほとんどが、「誰が」・「誰に」・「どうされたか」という構成だ。

 「誰が」はヒロイン。

 「誰に」は相手の男。

 「どうされたか」は溺愛されるとか、甘く蕩されました、とかだ。

 ヒロインは落ちこぼれだったり、虐げられていたりするが、男の方は輝かしいほどの高スペックだ。顔よし、血統よし(実家は侯爵家以上。もちろん嫡子)、社会的地位あり(騎士団長)、歳は二十代。……正直こんな男いないと思うが、いないなんて言うと総スカンを喰らうので言えない。


「内容が想像出来たらつまらないんじゃないのか?」

「逆に想像通りじゃないと困りますよ! 私たちはお約束の展開が読みたくて買ってるんですから!」


 社会的地位のある見目の良い若い男から、平凡なヒロインが溺愛される様を見て、自分も擬似体験出来るのだと侍女は熱く語る。


「はあ……そういうものなのか?」


 侍女が言っていることの半分も理解出来ないが、わざわざ否定はしない。

 王城で働く女性達を敵に回しても、良いことは一つもないからだ。


 副団長は再び、平積みされたペーパーバックに視線を落とす。


「あんまり残酷じゃないものがいいだろうな」

「最近は残酷系少ないですよ」

「騎士物なのにか?」


 人並み以上の武功を立ててきた副団長からしてみれば、騎士物なのに残酷描写がないのはあり得ないと思ってしまう。

 やはりクリスティアンのような生まれと育ちと見た目が良いだけのお飾りの騎士団長が人気なのかと思いきや、騎士物が人気なのはまた別のところに要因があった。


「騎士が戦う描写がないのに、何で騎士物が人気なんだ?」

「そんなの単純ですよ。騎士は夜が強そうだからです」

「…………君達は騎士を何だと思っているんだ」


 あけすけすぎる侍女の言葉に、副団長は眉根を寄せる。


「家柄と体格が良くて紳士で、ヒロインに跪いてくれる最高のピーー(自主規制)役です」


 露骨な下ネタに、副団長は手で額を押さえた。


「……クリスティアン団長と君達を見合いさせなくて良かったよ」

「あっ、閣下はもしかして女に性欲がないと思ってます!?」

「肉食じゃないと侍女なんてやってられませんよ!」


 (あ、頭が痛くなってきた……)


 キャンキャンと吠える侍女達を無視して、ペーパーバックを数冊手に取った副団長は会計カウンターへ向かう。

 会計係の中年の女性は苦笑いを浮かべていた。


「……すみません、うるさくしてしまって」

「いいんですよぉ、他にお客さんもいませんし。閣下も大変ですね」


 売店で騒いでしまったせめてもの詫びにと、会計カウンターの周りに置いてあった焼き菓子も一緒に買う。

 買ったものを紙の手提げ袋に入れてもらい、帰ろうとすると、誰かが怒られている声が聞こえた。


「あなた達、何を騒いでいるの? もっと王城侍女としての自覚を持ってちょうだい」


 (あれは、……侍女長?)


 くすんだ金髪を頭の後ろで丸くまとめた女性の後ろ姿が見えた。その女性の前では、三人の侍女達が一様に頭を垂れている。


 (今のうちに逃げよう……)


 副団長は気配を消すと、売店からそそくさと立ち去った。

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