第2話 お飾りの近衛部隊団長
副団長が柱の影に潜み初めてから五分が経過した頃、さっそく最初のターゲットらがやってきた。
「やった、溺愛騎士シリーズの新刊出てるじゃん!」
「嬉しいーっ! 買ってこ!」
「皆どれ買う〜?」
紺色のクラシックスタイルの侍女服に身を包んだ女達だ。三人もいる。
王城で働く侍女達は、王城内では真面目な顔をして働いているが、ひとたび王城の居館外へ出れば若者らしい砕けた口調になる。きゃあきゃあと黄色い声をあげ、やかましくも恋愛小説を選定していた。
副団長は気配を消すと、そっと彼女達の後ろに立つ。
「君たち」
「「「ぎゃあぁぁぁぁっっっ!!」」」
声を掛けると、三人の侍女達は同時に悲鳴をあげる。
副団長は叫ばれることを分かっていたので、耳穴に指を入れていた。
「かっ、閣下!?」
「やだー、閣下じゃないですか!」
「驚かさないでくださいよう!」
自分達の背後に立った人物が誰なのか、分かった侍女達はほっと胸を撫で下ろしている。おそらく、上司に注意されると思って驚いたのだろう。
「……君たちは騎士物の恋愛小説が好きなのか?」
「そうですねー」
「王道ですからねー」
「まあ、物によりますけどねえ」
「なるほど。少し話を聞かせて貰えないだろうか? 飲み物ぐらいなら奢るぞ?」
飲み物を
「やったあ、ありがとうございます閣下!」
「閣下とお茶出来るなんて眼福ですう〜!」
「お菓子も買っていいですか? 閣下」
「いいぞ、どうせ経費で落とすからな」
「いや、そこはご自分の財布から出してくださいよ!」
ぞろぞろとジューススタンドへ移動すると、侍女達は思い思いの果実水や焼き菓子を頼んでいく。副団長は氷入りのコーヒーを注文した。
売店の隣りにはちょっとした飲食コーナーがあり、副団長と侍女三人はちょうど四人がけのテーブル席に着く。
副団長は侍女三人の顔をそれとなく観察する。皆、二十代前半から半ばと言ったところか。年齢の割に彼女達に落ち着きがないと思われるかもしれないが、王城はそれはそれはストレスが溜まる職場で、仕事の後に同僚とやかましく騒ぐぐらいの元気がないと逆にやっていけないのである。
副団長が王城勤めとなった当初は、侍女達は彼を警戒していたが、一年と二ヶ月が経った今ではすっかり仲良し……という程でもないが、気安く話せる程度には距離が縮まっていた。
「話って何ですかあ? 閣下」
「うむ。騎士物の恋愛小説を好む君たちに良い話がある」
「うわっ、イヤな予感しかしないんですけど……」
柑橘の粒が浮く果実水を
「……もしかして、クリスティアン団長のことですか?」
「お嫁さん探しが難航してるって噂で聞きましたけど……」
(……さすが王城の侍女だな)
地獄耳というか何というか。下手な諜報員より情報収集能力に長けている。
副団長はコーヒーを啜りながら考えた。
(ここは回りくどく言うより、ストレートに頼んだほうがいいかもしれないな……)
「まあ単刀直入に言おう。君たち、クリスティアン団長と見合いをしてみないか?」
コーヒーが入ったカップをテーブルに置くと、副団長は三人の顔を見ながらそう言った。
三人の侍女達は、互いに顔を見合わせている。
(この表情は……ノリ気ではなさそうだな)
クリスティアンはこの三人の侍女達よりも少なくとも十歳は上だ。この国では十歳差の夫婦は珍しくないが、二十代前半の彼女達から見ればクリスティアンは充分おじさんの類なのかもしれない。
「せっかくなんですけどぉ……」
「私では無理だと思いますう」
「他に好きな人がいるので……」
三人が三人とも瞳を揺らしている。これは本当に困っているのだろう。顔にはクリスティアンとの見合いなんてごめんだと書いてある。
「……ふむ。参考までに聞かせてくれないか? 何でクリスティアン団長と見合いをしたくないんだ? 男の俺から見てもクリスティアン団長はかなりの男前だと思うし、実家は金持ちだ。それにクリスティアン団長はもうすぐ子爵家を継ぐ。子爵夫人になれるぞ?」
金髪碧眼の美丈夫で、現役の近衛部隊団長。裕福な子爵家の嫡子でもうすぐ家を継ぐ。物腰は柔らかく、誰にでも優しく丁寧に接する。三十五という年齢が少々ネックかもしれないが、見合い市場ではそこそこ人気のある年頃とも聞く。クリスティアンは絵に描いたような優良物件だ。
そう、騎士物の恋愛小説にいかにも出てきそうな男なのだ。
「閣下、逆におたずねしますが……」
侍女の一人がおずおずと手をあげる。
「何だ?」
「今、三十代半ばから後半ぐらいの人達って、皆さん結婚が早かったですよね?」
「ああ……まあ、そうだな。昔は大きな戦争もあったしな」
「閣下も二十一歳で結婚されていますよね?」
(そう、自分らの時は皆結婚が早かった……)
十七年前に終結した宗西戦争。その前後は結婚ラッシュだった。歴史的に見ても大きな戦争の前後は結婚が早まる傾向にあったが、特に王立騎士団所属者の結婚は早かった。
だが、副団長と同年代であるクリスティアンは一度も結婚していなかった。……この歳になるまで。
「こう言っちゃなんですけど……。クリスティアン団長、あやしすぎませんか?」
「怪しいって何がだ?」
「絵に描いたような理想の男性なのに、どうして未だに結婚出来てないんですか?」
「噂だと、クリスティアン団長は色々細かいって聞いたんですけど、本当なんですか?」
「クリスティアン団長の元恋人によると、プライベートじゃあ問題ありな人だったみたいですよう?」
実は男色家なのではないか、裏の顔があるのではないか……侍女達は口々に言う。
「……まあ、確かにクリスティアン団長には何かしらの事情があるのかもしれんが、少なくとも俺のようなガチの掃除屋じゃあない。人を殺したことがないだけ、真っ当な人間だと思うぞ?」
副団長はクリスティアンを庇うつもりで言ったのだが、侍女達の反応は意外なものだった。
「何言ってるんですか、閣下」
「閣下が手を汚してくれたから、今、この国があるんですよ?」
「閣下が仕事で人殺しをしていることぐらい、私らだって理解してますって」
(……これは意外だな)
恋愛小説は、たとえヒロインの相手役が騎士のように戦う職業であっても、戦闘描写はご法度らしい。
てっきり騎士物の恋愛小説を好む侍女達も殺人を厭うていると思っていたが、彼女達は彼女達なりに騎士の役目を理解しているようだ。
侍女の一人は不満げに唇を尖らせる。
「逆に、何でクリスティアン団長は人殺ししてないんですか? 騎士なのに。そんなのお飾りの団長ではないですか」
「団長は死んだら困るから、お飾りでいいんだぞ? それにクリスティアン団長は家のことを考えて戦を避けていたかもしれん」
「そんなの、カッコ悪いですよ」
「ねえ」
皆、口々にクリスティアンへの不満を口にする。ヘタレだの家を継ぐまでの腰掛け騎士は格好悪いだの、もう散々だった。
(……騎士物の恋愛小説を好む侍女なら、クリスティアン団長と見合いをしてくれると思ったが、なかなか厳しいな)
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