《第二部》三十五歳──結婚できない男達による愛をめぐる攻防戦に、副団長は巻き込まれる。

第1話 実家が太くてイケメンなクリスティアン近衛部隊団長はモテない

 副団長が王城勤務の命を受け、一年と二ヶ月が経った頃。

 彼の元に初老の男性がやってきた。


「ディートリヒ子爵、お話とは何でしょうか?」


 ディートリヒ子爵、近衛騎士団長クリスティアンの実父である。

 六十歳を過ぎ、髪と口髭はすっかり真っ白になっているが、このディートリヒ子爵も昔は近衛部隊に所属する騎士だった。立ち振る舞いには、武人らしい威風堂々としたものを感じられる。


「お時間を取らせてしまって申し訳ございません、副団長殿。クリスティアンのことで、折り入ってご相談したいことがございまして……」


 外見こそ貫禄があるが、ディートリヒ子爵は腰の低い御仁だった。口調が柔らかいところなどはクリスティアンを思わせる。


 (クリスティアン団長絡みで相談したいことだと?)


 副団長の頭にまず浮かんだのは、クリスティアンの結婚についてだ。彼は今年で三十五歳になるが、まだ一度も結婚していない。

 クリスティアンは今年で退役し、子爵家を継ぐことが決まっている。家のことを考えるならばすぐにでも結婚するべきだろう。


 (……だが、息子の結婚の世話を、息子の部下に頼む親は流石にいないか)


 副団長は心の中でこっそり苦笑いする。

 せいぜい息子の退役時期を予定よりも早くして欲しいとか、そんなところだろう。

 なにせ領主の仕事は多岐に渡る。クリスティアンには確か兄弟はいなかったはずなので、この老齢の父親がすべて切り盛りしていると思われる。領の運営は老体に堪えるに違いない。


「非常にお話しにくいことなのですが……」

「どうぞお気になさらず。ここには私しかおりませんし、他言は致しません」


 副団長は営業スマイルを浮かべる。

 クリスティアンの退役時期が早まるのは大歓迎だ。何故なら彼は家柄と外見と人柄はいいが、実践・戦闘経験皆無の所謂いわゆるお飾りの騎士団長だからだ。

 マルクの護衛にクリスティアンを付ける場合は、実践経験充分な腕の立つ部下を余計に付けなくてはならない。マルクもだが、クリスティアン自身にもなにかあったら困るからだ。


 副団長の貼り付けたような笑顔に、ディートリヒ子爵はおずおずと口を開く。


「ありがとうございます、副団長殿。実は、うちのせがれの結婚のことなのですが……。お恥ずかしい話ですが未だに婚約者すら連れてくることが困難なようで、クリスティアン自身も焦っているのです」


 (やはり、そっちだったか……)


 副団長は落胆するが、予想通りでもあった。

 クリスティアン団長が結婚出来ずに困っていることは知っている。恋人に至っては、もう三年も出来ていないらしい。


 ここでクリスティアン団長のスペックを改めて説明する。

 クリスティアン団長は、金髪碧眼の美丈夫で、身長は180cmあり、鍛錬も怠らないのでほどほどに細マッチョである。顔立ちは幅広二重瞼が印象的な可愛い系の美形で、鼻や口元も整っている。

 物腰は柔らかで誰に対しても優しく、穏やかな口調で話す。王城勤めをするために生まれてきたような男だ。

 実家のディートリヒ子爵家はワインの製造・販売を生業としており、かなり裕福である。

 ディートリヒ家は家柄的には中の上だが、貴族家は上流になるほどしがらみや古くからの慣習が多いので、嫁に行くのならそこそこのランクの裕福な家が一番だ。楽して贅沢な生活が送れる。


 (クリスティアン団長は優良物件だと思うがなぁ)


 逆にモテないほうが難しいのではないか。

 そう思いながら、副団長はディートリヒ子爵の相談を快諾する。

 ディートリヒ子爵から王立騎士団へは、毎年多額の寄付金が支払われている。王立騎士団はけして貧乏な組織ではないが、出来ればクリスティアンの退役後も払い続けて欲しいところだ。

 ここで恩を売れば、来年以降の寄付金も望めるかもしれない。


「分かりました。私の方で見合い相手を見繕いましょう」

「ありがとうございます、副団長殿。お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致します」


 ◆


 (さて、まずは見合い相手を見繕うか)


 副団長は王城敷地内にある売店に来た。

 王城から最も近い場所にあるこの売店は、侍女達の憩いの場となっている。

 副団長は侍女の中から見合い相手を選ぼうとしていた。


 (王城で働くには貴族家の推薦状がいる。侍女ならば身元が確かだし、未婚の若い女が多い。クリスティアン団長の見合い相手にはぴったりだろう)


 生成りの外套を翻しながら、副団長は売店内へ入る。彼はまず、本が売られているコーナーへ向かった。

 本と言っても売店で売られているのはペーパーバックと呼ばれる安価なもので、王城で働く女性向けの内容のものばかりだ。

 副団長は平積みされたペーパーバックを手に取ると、タイトルを一つ一つ確認する。


 (うむ……。「虐げられ令嬢でしたが、氷の騎士様に熱く蕩かされました」「ぶきっちょメイドは堅物騎士団長に溺愛される」「熱血騎士団長様の妄執執着にとろかされそうです!」「黒狼騎士は愛を乞う」「騎士団長の溺愛花嫁」……)


 副団長は「全部同じ内容じゃないのか?」と思いそうになったが、なんとか堪えた。同一カテゴリーのものをすべて一緒だと捉えてしまうのは老化現象の一つだからだ。

 まだおじさんになりたくない。


 (……この手の小説をじっくり読んだことはないが、おそらくこういう小説に出てくる男は、実家が太くて外見の良い男だろう。騎士団長と言っても女を愛でてる暇があるぐらいだ。お飾りの騎士に違いない。……少なくとも、365日人を殺している俺のような人間ではないな)


 女性が好む恋愛小説に出てくる騎士は、クリスティアンのような男に違いない。人を殺したことがない、育ちが良くて清廉な人間だ。


 副団長は本売り場が見える柱の影に隠れることにした。騎士物の恋愛小説を買った侍女ならば、クリスティアンを気に入る可能性が高いだろう。

 副団長は深緑色の瞳を光らせた。

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