番外編SS 良い子すぎるテレジアをなんとか甘えさせたい


一方その頃。

 天幕にいた、副団長の妻は悩んでいた。

 何故なら、長女が良い子過ぎるからだ。


 籠に山盛り積まれていた芋をすべて剥き終わったテレジアは、手の甲で額の汗を拭うとすくっと立ち上がる。


「母上、芋の皮剥きが終わりました」

「ありがとうテレジア、助かったわ。……ねえ、テレジアも遊びに行っても良かったのよ?」


 副団長の妻の言葉に、テレジアは首を横に振る。耳の上でそれぞれ括った黒髪がさらりと揺れた。


「私、虫が苦手ですから。母上と天幕にいたいです」

「そう?」


 (本当かしら?)


 テレジアは赤子の時から、親の手を煩わせない良い子だった。妹達のようにイタズラをすることもない。親に対していつも優しく、礼儀正しい。

 副団長の妻はテレジアを叱った覚えがなかった。


 (良い子なのは助かるけど、心配だわ)


 大人びてはいるが、テレジアはまだ九歳なのだ。遊びたい年頃のはず。


 テレジアが次期領主として指名を受けたのは三年前。彼女はまだ六歳だった。

 それまでもテレジアは侯爵家に生まれた長子としての意識が高く、子どもとは思えぬほどしっかりしていたが、三年前から更にその傾向が強くなったような気がする。


 副団長の妻は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。親である自分達がもう少ししっかりしていれば、十歳にも満たない子どもにここまでの重責を負わせずに済んだのではないか、と。


 副団長の妻は、侯爵家の一人娘だった。幼い頃から女主人として切り盛りしていけるよう、領主である父親から領の運営について徹底的に叩き込まれてきた。

 領主家の人間として、皆を導く存在として、恥ずかしくないよう己を律しようとするテレジアの気持ちは分かる。だからこそ、無理をしているのではないかと心配だった。


「テレジア、無理してない?」


 自分でも、無駄な質問を娘にしていると思う。

 テレジアは無理にでも笑って「平気です」と答えるに決まっているのだから。


 (もっとマシな聞き方が出来たらいいのに)


 自分は親失格だと思ったその時だった。

 テレジアは、おずおずと口を開いた。


「母上……」

「なぁに?」

「あの、私のことをぎゅっと抱きしめてもらえませんか? その……今は誰もいませんので」


 天幕の中にいるのは、自分とテレジアだけだった。

 末っ子のエミリオは侯爵家の私設兵達と共に散歩に出掛けている。エミリオは私設兵団の若い女の子達に囲まれてとても喜んでいた。まだしばらくは戻ってこないだろう。


「テレジア……」


 俯くテレジアの顔は真っ赤だった。口をまっすぐに引き結んでいる。

 思いがけない娘のお願いに、つい固まってしまった。


「申し訳ありません……やっぱりいいで、す」


 ささやかなお願いを撤回しようとするテレジアを、慌てて抱きしめた。手をそれぞれ、テレジアの頭の後ろと腰に回し、引き寄せる。

 副団長の妻は、テレジアの首筋に顔を寄せる。

 子どもらしい、甘いような匂いがした。


「母上……」

「ありがとう、テレジア。抱きしめさせてくれて」


 まだこの子は、親に甘えるという選択肢を持ってくれていた。その事実が堪らなく嬉しい。

 副団長の妻は、テレジアを抱きしめる腕に力を込めた。


「は、母上、苦しいです!」

「ごめんなさいね。嬉しくて、つい」


 慌ててテレジアの身体を離すと、副団長の妻はテレジアの頬を撫でた。


「テレジア、お手伝いをしてくれるのはすっごく助かるけど、たまには甘えてね? あなたが良い子すぎると、お母さん、寂しいわ」

「……はい、母上」


 テレジアは嬉しそうにこくんと頷く。



 (私には、母がいなかった)


 副団長の妻の母親は、彼女がまだ五歳の時に侯爵家を出奔し、後宮へ入ってしまった。

 副団長の妻には、見本となる母親像がない。未だに正しい母親像がどのようなものなのか分かっていなかった。

 下の子達は放っておいてもガツガツ向かってくるので、それを相手にしていればいいだけなのだが、テレジアは違う。両親に甘える妹と弟を横目で見ながら、じっと耐えている。それがテレジアだ。


 良い子でいるテレジアが、一番割を食っている。

 夫ともそのことについて何度となく話し合ってきているが、テレジアを自分達に甘えさせることは難しい。


 (少しでもテレジアと二人きりの時間を作って、話し合っていくしかないわね)


 テレジアは親に甘えている姿を、下の子達や領で働く人間達に見せたくないのだろう。

 その気持ちはなんとなく分かる。

 自分も、夫とベタベタしている姿を他人に見せたくないと思うからだ。


「テレジア、仕込みはだいたい終わったから少し休憩しましょうか」

「はい、母上」


 (もっと、テレジアと話す時間を作らなくては)


 加熱機器の上に水を入れたヤカンを置く。


 昨日温泉街で買ったお菓子も付けて、お茶にしよう。学校のこと、普段テレジアが思っていること、何でもいい、たくさん話させてあげたい。


「母上、カップを出します」

「ありがとう」

「……母上とお茶が出来るのは嬉しいです」


 はにかんで笑うテレジアは、胸の奥が締め付けられるほど可愛らしかった。


 <完>


 ◆◆◆


 ペンネーム、変更しました!野地マルテをよろしくお願い致します!


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