番外編SS 副団長とムスカリの◯◯◯支援③
立ち話もあれなので、副団長とムスカリは近くのカフェに入ることにした。中年のでっぷりとした店主は、二人の姿を見ると軽く頭を下げて目配せする。この店は特務部隊が諜報活動でも利用するところで、店主も元特務部隊所属の兵だった。副団長も店主とは顔見知りであった。
カフェの二階へ通される。そこは椅子とテーブルがあるだけの簡素な部屋だった。
別に任務の話をするわけではなく、身の上話をするだけなのだが、路上で騎士二人が話し込んでいるとどうしても目立つ。城下の人間に不安を与えないための配慮だ。
副団長とムスカリは向かいあうように、椅子に腰掛ける。
「……副団長殿のお母上は、南方十二部族の中でも力のあった部族の長だったそうですね」
南方地域出身のムスカリは、ある程度副団長の事情を知っているらしい。
「ああ、亡き父は強欲な男でな。一番強い女となら強い子が出来ると考えたらしい。実母は集落で最も強い剣士だったそうだ」
この国は王立騎士団を中心とした屈強な軍を作るため、宗国貴族達に属国である南方地域の戦闘部族との間に子を設けるよう命じた。
宗国は一夫一婦制で、宗国貴族と戦闘部族との間に生まれた子らは総じて婚外子、庶子だった。
騎士にするために生み出された彼らは父親の認知を得ていたが、それでも出自の複雑さゆえ、苦労する者が現在でも後を絶たない。結婚や出世で不利になることがあるのだ。
それだけはない。父親から家の繁栄のための駒として扱われ、母親からは疎まれる存在でもあった。
南方地域の戦闘部族出身の母親は一族から引き離され、金のため、集落に残してきた貧しい家族のために、宗国貴族の子を生む。金のために生んだ子を、愛する母親はまずいない。
母親は集落に愛する夫と子を残して宗国へ移住していた。残してきた家族のみが母親にとっての大切な存在で、宗国貴族に生んだ子は、家族が食い繋ぐための存在に過ぎなかったのだ。
副団長も例に漏れず、貴族だった父親からは新たな領地を得るための駒として扱われ、母親からは虐待紛いの目に遭わされていた。
「俺は食の細い子どもでな。痩せっぽちで性格もおとなしい方だった。それでも実母は俺を兵学校に入れる必要があった。……実母も必死だったのだろう。俺が食べ物の好き嫌いをすると容赦なく殴った。そして、文字通り暗殺術を叩き込まれたよ」
戦闘部族出身の母親の役目は、子が生まれてからも続いた。宗国貴族は家のために戦える騎士を必要としている。いくら子が生まれても、騎士になり、戦果を上げなければ家の邪魔になるだけ。
子を兵学校に入れるのも母親の役目だった。そして、それぞれの部族に伝わる暗殺術を仕込むのも。
「今、お母上は……」
「俺が兵学校へ入ったその年の冬に死んだよ。公には病死となっているが、父が不要になった実母を毒殺したんだ」
副団長は母親を殺されても、父親を恨まなかった。母親があのまま生き続けたとしても、きっと自分が愛されることは無かった。早々に死んでくれて良かったとさえ思っている。
「俺が母親というものに信頼がないのは実母のせいだろうな。今日の調査でも検診に行かなかった母親に対し、虐待を疑ってしまっていた」
「無理もないかと……」
わずかに声を震わせるムスカリ。彼は南方地域の豪農の生まれで、両親も共に南方地域の戦闘部族の人間だった。
ムスカリは自分の両親は非常に仲が良いのだと周囲に話していた。
ムスカリは十一歳の時、集落を巡回していた王立騎士団にスカウトされ、宗国に来た。兵学校に中途入学し、トップクラスの成績で士官学校へ上がった。王立騎士団入りも最初から近衛部隊へ行く道もあったそうだが、両親への恩返しのため、稼げる特務部隊の道へ進んだ。
真っ当な両親の元に生まれ、物心つく前から愛し愛される環境にいたムスカリには、刺激の強い話だったかもしれない。
「暗い話をして悪かった」
「いえ、お話いただきありがとうございます。……特務部隊にいる私の同期の中には、副団長殿と同じような生まれの者が多くおります。彼らから家族の話を聞くことは殆ど無かったのですが……」
ムスカリは言葉を詰まらせる。
「何の問題もなく生まれ育った自分の存在が、申し訳なくなりますね……」
「悪いのは国だ。強い軍を作るためとはいえ、いびつな生まれの人間を多く生み出してしまった。……だが、愛のない男女から生まれたとしても、大人になれば愛のある家庭を得られる」
副団長は愛のある家庭を手に入れるため、約十六年前に終結した宗西戦争で人並み外れすぎた戦果を上げた。
副団長が妻にと望んだのは、王家の傍流にあたる侯爵家の一人娘。子爵の庶子で、母親が属国の戦闘部族出身という複雑な出自を持つ彼が望むには無謀すぎる相手だった。
しかし副団長は百を超える敵将校の首を持参して、時の王に戦果の褒章にと、侯爵家の一人娘との結婚を強請ったのだ。
副団長の脳裏には、妻の笑顔が浮かぶ。
結婚した当初の妻は白薔薇の妖精と呼ばれるぐらい、細くて小さくて愛らしかったが、今では体重が二倍に増え、妖精は妖精でも、背中に羽の生えたピクシーから丸っこいトロールに変わり果ててしまった。だが、それでも副団長は今でも妻を愛している。
「……父親が侯爵になれなくて、テレジアには苦労をかけているがな」
自分が次期侯爵の指名を受けられなかったのは、その生まれも関係していると、副団長は考えている。
「副団長殿は良い父親だと思いますよ。私も見習いたいです」
何だか良い話風になったところで、二人とも椅子から立ち上がった。早々に詰所へ戻り、報告書をまとめなければならない。
(この国には問題が山積みだ)
王都の人口問題に子育て支援、宗国貴族と南方地域の戦闘部族との間に生まれた、通称南方ハーフと呼ばれる者達の存在。今はさすがに国主導で南方ハーフを増やそうとはしていないが、宗国貴族の中には未だに強くて死ににくい子どもを得ようと、南方女性に手を出す者が多いのが現状らしい。
(……俺の
南方ハーフ最大の成功者である副団長は、宗西戦争で著しい戦果を上げ、西の帝国の広大な土地を得ただけでなく、宗国の南半分を治める侯爵家の婿となった。
我が家にも、名誉と金と大貴族との繋がりを運んでくる息子が欲しいと思う貴族が出てくるのも無理のない話だ。
(俺は侯爵になれなくて良かったのかもしれない)
自分が成功を収めれば収めるほど、不幸な子どもが増えてしまう。
自責の念に駆られる副団長だったが、彼が近衛部隊の副団長の座に納まり続けることはなく。
十二年間、妻の実家警護をやっていたのが嘘のように、ここからめきめきと出世していくのだが、それはまた別の話だ。
<完>
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