第32話 決着

ドゴォッッ!!

ドガッッ!!


 まるで地面を掘削するがごとく、次々に穴を開けるアスタクレス。人とは思えぬパワーを見せるアスタクレスに、最前列にいるウラジミルも上機嫌だ。


 (整備が大変だろうな……)


 強いドーピング剤を打たれたであろうアスタクレスも心配だが、地下闘技場の整備担当の仕事も増えそうで気がかりだ。


 (さっさと決着をつけよう)


 アスタクレスの攻撃を軽くかわしながら彼は考える。


 (アスタクレスが持っている、あのオリハルコンの剣は折れないだろう。俺があれだけ連撃を喰らわしてもビクともしなかった。……ならば、別のアプローチをしなくては)


 あと残る線は、アスタクレスに剣を落とさせることだけ。

 だが、アスタクレスはどれだけ身体が仰反っても、頑なに剣の柄を握りしめていた。


 (さすが百連勝しているだけあるな)


 何があっても剣を離さないアスタクレスに、どう剣を手放させるか、彼は考える。


 彼は娘達の姿を思い浮かべた。

 娘達は父親の自分に何が何でも勝ってやろうと、あらゆる手を使ってくる。時には大人では到底考えつかないようなことも平気でする。

 特にエリはアイデアの宝庫だ。


 (そういえば、エリが頭上からいきなり落ちてきたことがあったな……)


 床の上ではターニャが倒れており、こちらがぎょっとしている内に、天井付近に潜んでいたエリが上から落ちてきたのだ。


 (俺も似たようなことをやってみるか)


 この剣闘技戦では、剣を使う以外の手技は禁止だが、足技は使える。


 アスタクレスの攻撃は、豪快だが単調だった。

 剣を思いっきり振り下ろして地面をぼこぼこ掘削するだけだ。


 彼はアスタクレスが剣を振り下ろし、身を屈めた瞬間を見計らい、アスタクレスの肩に飛び乗った。


「!?」


 アスタクレスが驚き、立ち上がる。その瞬間、彼はアスタクレスの肩を強く蹴り上げ、さらに上へと大きく飛び上がった。


 観客席にどよめきが湧く。


 彼は空中で身をひるがえすと、アスタクレスの首の後ろから、脚だけでしがみついた。


「ぐあっっ!!」


 背面から、首を脚で蟹挟みされたアスタクレスは叫ぶ。

 両脚でアスタクレスの首を固定した彼は、そのまま後方へと大きく仰反った。

 さすがにここまでやられて剣を手放さずにいられる者はいない。

 アスタクレスは全身を震わせながら、オリハルコンの剣をとうとう床へ落としてしまった。

 アスタクレスはそのまま後ろへ倒れる。

 彼は猿のようにサッと飛び退いた。


 (……死んでないよな?)


 アスタクレスの首をへし折ってしまわないよう、細心の注意を払ってバックドロップ(首固めバージョン)を行ったが、それでも彼はヒヤッとした。

 十六年前の宗西戦争の決着はつけたいと思っていたが、アスタクレスの命までは奪おうとは考えていない。


 オリハルコンの剣を落としてしまったアスタクレスは息を絶え絶えさせながら起き上がり、膝を砂地についているが、生きてはいるようだ。


「私の……」


 アスタクレスはどうやら正気を取り戻したらしい。砂地に倒れ、乱れてしまった銀髪から、さらさら砂が溢れ落ちる。


「私の……負けだ。宗国の猟犬よ……」



 ◆



「ええいっっ! 私は認めんぞ!! 百獣王のアスタクレスが負けるなど、あってたまるか!!」


 ウラジミルは即座に砂地のリングへと降りてきた。

 

「再戦だ! さいせ……うわぁっ!!」


 しかし、アスタクレスが空けてしまった穴の一つに落っこちてしまう。


「ああっ! 支配人様っ!!」

「……このまま埋めてしまった方がいいんじゃないか?」


 どう見てもウラジミルは害悪な成金中年だ。彼が口の中に入ってしまった砂をぺっぺと吐き出しながら言うと、アスタクレスは「……それでも、この方は私を救って下さった方だ」と呟いた。


 (祖国を失った騎士ほど悲惨なものはないと聞くが……)


 十六年前、アスタクレスの祖国は滅んだ。捕虜として捕えられたアスタクレスは苦労の多い人生を歩んで来ているはずだ。捕虜は祖国に帰ることも出来ず、宗主国で過酷な労働を強いられる。


「支配人様は、鉱山で働かされていた私を見出し、地下闘技場の戦士へと仕立てて下さった方だ」


 そう呟きながら、アスタクレスはウラジミルを救い出す。


「申し訳ございません、支配人様。私の負けでございます」

「アスタクレス……っ!」


 観客席からは「負けを認めろ!!」「見苦しいぞ! 支配人っ!」との声が次々に飛ぶ。


「うぬぬぬ……っ、仕方ない……! おい、ファイトマネーを用意しろ!」

「は、はい!」


 アスタクレスだけでなく、会場全体が彼の勝利を認めていた。ウラジミルは心底悔しそうな顔をして、やってきた職員にファイトマネーを用意するよう命令した。


「ファイトマネー?」

「この地下闘技場では連勝記録のある者を破ると、その分ファイトマネーが与えられるのです」


 (ファイトマネーか、受け取れないな)


 彼の所属する近衛部隊は副業禁止だ。ファイトマネーを受け取る行為は規律違反になる。


 (だが、このファイトマネーでブルーノを解放してやれるかもしれない)


「支配人」

「な、なんだ?」

「ファイトマネーは不要だ。だが、その金でブルーノを解放してやってくれないか? ブルーノはあなたに借金があるのだろう?」


 ファイトマネーがいくらになるのかは分からない。だが、百連勝しているアスタクレスに勝ったのだ。それなりの金額になるに違いない。


「……認めよう。ブルーノを解放する」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ウラジミルはブルーノの解放を約束したのだった。

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