第29話 強すぎるがゆえに、バエない
「アスタクレスの剣が壊れているぞ! 整備不良じゃないのか?」
彼はそう言うと、真っ直ぐに手を挙げる。
焦りのあまり、いつもの口調に戻ってしまった。
「再戦を要求するっ!」
なお、アスタクレスの剣は整備不良などでは無かった。
(くそ、力を受け流すのに失敗したのか……?)
彼は自分の手元にある剣を見る。刃こぼれ一つしていなかった。
彼はアスタクレスの力を受け止めるのではなく、受け流し、衝撃が跳ね返るような構えを取っていた。
(アスタクレスの力が強過ぎて、衝撃が跳ね返り過ぎてしまったのか?)
今度はアスタクレスの方を見る。アスタクレスは信じられないと言った面持ちで、ヒビが入ってしまった大剣を見つめている。
「あっ……!」
やがて大剣の刃がボロボロと崩れ、係の人間が来る頃には刃はすべて砂地の地面に落ちてしまっていた。
アスタクレスは2mの長身を屈め、アイスを落としてしまった子どものような顔をしていた。
アスタクレスの剣は整備不良ということになり、何とか再戦が叶った。
彼はほっと息を吐く。
(あぶないあぶない……。危うく速攻で試合が終わってしまうところだった)
たった一回刃をぶつけ合い、アスタクレスの剣が折れてしまったので試合終了……なんて結果になったら、娘達はがっかりするだろう。観客からもブーイングの嵐が起こりそうだ。
「今度はあなたから来てください」
気持ちを切り替えたらしいアスタクレスがそう提案した。なお、二本目となるアスタクレスの剣は普通の長剣だ。
「では、遠慮なく……」
(なるべく相手の剣に衝撃を与えない、少し見栄えのいい技でもやるか)
彼はブンッと音を立て、凄い勢いで砂地のリングの上を駆け出した。
ざわっと観客がどよめく。
◆
「旦那様が……消えた……!?」
彼の試合を固唾を呑んで見つめていた彼の妻は、砂地のリングを凝視する。
その場に確かにいたはずの夫がいきなり消えたからだ。
周囲からも、「おい、アスタクレスの対戦相手が消えたぞ!」「宗国の猟犬はどこだ?」とざわめきが起こっている。
アスタクレスの周りには、何故か砂埃が舞っていた。
「ママ、パパは消えてないよ」
「えっ?」
「父上は高速で走り回っているので目に留まらないのですよ、母上」
「私達はお父様の走る姿を目で追えてますけど、普通の方だと無理でしょうね〜〜」
どうも三人の娘達には、砂地をものすごい勢いで駆け回る父親の姿が見えているらしい。
「パパは何をしようとしているの?」
「たぶん……流星剣です」
「りゅうせい……けん?」
「高速で移動することで五体の残像を呼び出して、連続攻撃するとってもカッコいい技なのですけど、お父様の場合、残像が現れている時間すら早過ぎて皆さん見えないでしょうね」
「ママはアスタクレスのおじさんの剣を見てなよ。もうすぐ折れるよ」
エリに言われた通り、アスタクレスの剣を見る。
カン、カンという甲高い音を立て、少しずつ刃が削られているようだ。
アスタクレスはかろうじて剣の柄を握っているが、その手はぶるぶると震えている。なるべく剣を身体から離そうとしていた。脚をがに股に広げて「ひぃぃっ!」と悲鳴をあげている。
やがて、アスタクレスの剣は根元からぽっきり折れた。
(す、すごい……! 凄すぎて、なんかよく分からなかったわ……!)
夫の姿が消えたと思ったら、対戦相手の剣が根元から折れた。何を言っているのか自分でもよく分からないと妻は思う。
アスタクレスの剣の刃が砂地へ落ちると、彼はまた姿を現した。
そして彼は、また手を挙げた。
「今度の剣も整備不良のようだ……、再戦を要求するっ!」
◆
(ちくしょう……。なんてモロい剣なんだ)
アスタクレスの剣は脆すぎて、ほんの少し刃が触れただけで折れてしまう。
(ブルーノから借りた、俺の剣は傷一つ付いていないというのに)
「もっと丈夫な剣はないのか?」
彼は武具の整備担当らしき男に詰め寄るが、男は戸惑ったように瞳を揺らすだけだ。粉々になった刃を前に途方にくれているらしい。
再戦を行うかどうか、砂地のリングの上で地下闘技場関係者達が審議をしていると、豪奢な格好をした中年の男が走り寄ってきた。
(あれは、ウラジミル?)
この対戦カードを組んだ張本人、地下闘技場の支配人ウラジミルだった。
ウラジミルはぜえはあと肩で息をしている。
「ええいっっ! 勿体ぶらずにあれを持ってこいっ! アスタクレスが負けるなぞ、許さんぞ!」
「し、支配人様、しかし……!」
「オリハルコンの剣を持ってこい!」
唾を飛ばしながら、ウラジミルは叫ぶ。
(オリハルコンは最高硬度を持つ金属……だが、希少ゆえに価値が高い。オリハルコンの武具を持った人間は王族しか見たことがないな)
彼は面白い、と思った。
オリハルコンの剣ならば、多少はこちらの攻撃に耐えられるだろう。
ふとアスタクレスの方を見る。
(……だいぶ精神的にやられてそうだな)
刃がすっかり無くなった柄を握りしめたまま、アスタクレスはどこか遠くを見つめていた。
◆◆◆
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