第28話 試合、開始!!
『試合、開始!!』
実況の宣言とともに、審判が鐘を鳴らす。
またワアアアッとけたたましい歓声が湧き起こった。
(……表の闘技大会とは雰囲気がかなり違うな)
この地下闘技場の上にある表の闘技場で行われる闘技大会は、王立騎士団の模擬試合がほとんど。賭けの対象にされることがないからか、観客も静かだ。
逆に地下闘技場は、大金を賭けている客も多いのだろう。罵声混じりの声も容赦なく飛んでくる。
地下なので骸骨や篝火を模した灯りが至るところに設置されているが、それでも地上と比べれば薄暗い。
アンダーグラウンド感がある雰囲気は、それだけで観客の気分を盛り上げるのかもしれない。
鐘が鳴らされると、それまで静かに立ち尽くしていたアスタクレスが口を開いた。
「……祖国が滅び、私だけが何故生きてのびてしまったのかと今まで自問自答しておりましたが、今日この時のためかもしれません」
アスタクレスの声は、何故か地下闘技場内に響いている。
この地下闘技場には異国の技術が至るところに使われているらしく、照明も音響設備もしっかりあった。
「『宗国の猟犬』、あなたを倒し、亡き王へのたむけとします」
アスタクレスは大剣の長い柄を握り直すと、幅の広い切先を彼の方へ向ける。
『くぅっ! 亡国の騎士の宣言……! 泣けてきますねえ! 』
実況の余計なコメントも、地下闘技場内に響き渡った。
「……試合、始めてもいいですか?」
彼のいささかげんなりした声も、地下闘技場内に響く。
(感傷的な雰囲気になるとやりづらいな……)
彼は今まで西の帝国だけでなく、ありとあらゆる国や地域を滅ぼしてきた。当然、恨みはかいまくっている。今まで復讐しにやってきた者は山程いた。そして彼は復讐者をことごとく返り討ちにしてきたのである。
今更恨みごとを言われたところで、どうとも思わない。
「負けた方がすべてを奪われる。それが戦争だ」としか思わない。こっちだって、国や大切な人間を護るために必死に戦ったのだ。
なお、戦争でやった所業に関しては、娘達には説明済みである。
『お父さんは刑務所に入っている大罪人の比にならないほど人を殺しているし、残忍なこともやってきた。戦に勝つために非道なことも平気でしてきた。だから、復讐者がやってくるかもしれないから気をつけてな』と。
それを聞いた娘達の反応は以下の通りだ。
テレジアは『父上がどれだけ非道な行いをしていたとしても、私は私。私は領民を導く存在になります』と相変わらずのカリスマ領主候補っぷりを発揮し、エリは『復讐者がやってくるぐらいでちょうど良いよ! やっぱり人生にはスリルがないとね!』と明るく笑い飛ばし、ターニャは『お父様に負けた者達が悪いのでは? たとえ逆恨みを募らせてやってきたとしても、私が返り討ちにしてやりますわ!』と宣った。
父親の復讐者におののく娘は居なかった。
◆
「では、私から参りますよ」
アスタクレスは元騎士らしくそう宣言すると、子どもの背丈以上はありそうな大剣をぐるんぐるんと頭の上で振り回し始めた。
(なるほど、見栄えがするな)
大きな業物を大胆に振るうだけでも、観客席からは歓声が湧く。だが、鎧に守られていない脇はがら空きで、足元も踏ん張る必要があるのでこちらも隙がある。実践には向かないなと彼は思う。
(あんなの、脇に暗器を投げつければ一撃で倒せるぞ)
闘技大会では飛び道具は禁止だが、実践では何でもありだ。
(とりあえず、アスタクレスの剣撃を一発受け止めてみるか)
何度もアスタクレスの剣撃を受け止めるのは腕を痛めそうだが、力を受け流すようにすれば、大した衝撃にはならないだろう。
彼は刃が横になるように剣を構えた。
いつでも来ていいぞという合図だ。
「いつでもどうぞ」
「ふふ……、大した自信ですね。では……喰らいなさい!!」
アスタクレスはぐるんぐるんと振り回していた遠心力を利用して、幅の払い大剣を彼へと思いっきり振り下ろす。
ガキンッという刃がぶつかりあう音がした。
(なるほど、こんなものか)
彼は相手に衝撃が跳ね返るよう、剣の持ち方を工夫したので、刃に刃をぶつけられてもかなり余裕があった。
彼は体格に見合った腕力しかないが、子どもの頃から南方地域の色々な道場に預けられていたので、戦いに関する造詣はとても深い。
(大剣と、並の大きさの剣がぶつかり合う……。なかなか良い見せ場になったんじゃないか?)
彼がこっそり得意げになっていると、対峙していたアスタクレスの顔色がどんどん青ざめていく。
「おい」
「あっ、ああっっ……」
見ると、アスタクレスの幅広い大剣にヒビが入っている。瞬く間にピキピキと亀裂が走っていく。
ピシッ……ピシッ……と音を立てる大剣。
一方、彼が持っているブルーノから借りた剣は、刃こぼれ一つしていなかった。
(ま、まずい……! このままでは試合が終わってしまう)
この対戦カードは今日の闘技大会の最終戦。楽しみにしている観客も多いことだろう。それがたった一回刃をぶつけあっただけで終わってしまったら。
(エリがガッカリするかもしれない)
エリだけじゃない。テレジアもターニャも、忙しい合間を縫って見に来ているのだ。
(子ども達にガッカリされたくない……!)
そう思った彼は、咄嗟に手を挙げた。
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